猛の誓い 3

京都では、よく猛の家で友人たちが集まった。猛の友人は全員、蘭も知りあいだ。


死んだと聞かされれば、それはショックだろう。


なにしろ、猛たち戦闘員が命をかけているのは、『御子』を守るためだ。


「今からでも、御子の血を輸血すれば……骨髄移植でもいい」


「ムリだよ。いくら御子の力でも、死人は生き返らない」


クローン再生の技術が確立されたのは、もっと後のことだった。パンデミック直後のこのころは、死ねば、本当に一巻の終わりだった。


顔をあげた蘭の目を見て、マズイと思った。思いつめた目をしてる。


おかしなことを口走るかもーー猛が、そう考えたときには、


「僕、もう耐えられないよ。これ以上、僕のために人が……友達が死ぬのはイヤだ!」


「蘭ーー」


とにかく、蘭を地下へつれていき、落ちつかせよう。


猛は蘭の肩をつかんで、エレベーターに押しこもうとした。が、蘭は抵抗する。


「いいじゃないですか。なんで隠すんです? だって、彼らは僕のために戦ってくれてるんですよ? 僕だけ正体をかくして安全な位置にいるなんて、フェアじゃない」


「やめろ。蘭ーー」


「なんで? 友達でしょ? いいじゃないですか。僕が御子なんだって言えば」


柴崎たちが、驚がくの目で、蘭を見る。


「蘭さんが……御子?」


「でも、村人やないし……」


「前に村に来たとき、御子にされてしまったんです」


「そう言われれば、おれらと同い年には見えへんもんな。二十代のころのまんま」


「美形のせいで若く見えるやと思うとった」


猛は嘆息した。こうなると、もう隠しようがない。


「たのむ。このことは、ほかの誰にも言わないでくれ。家族にもだ」


深々と頭をさげる猛に、真島は無言で肩をたたいてきた。柴崎は何も言わず、研究所から出ていった。


その夜、猛は戦闘員の兵舎になっている元小学校の校舎をたずねた。


梅雨入り前の、ぼんやり花曇りの空。


カエルの合唱。


柴崎も猛が来ることを予期していたのかもしれない。一人、講堂の外に立ち、月を見ながらタバコを吸っていた。


「柴崎」


猛が声をかけると、かるく手をあげる。


「まだ怒ってるか?」と問うと、柴崎は長くケムリを吐きだした。


「おまえが必死になっとったん、蘭さんやったからなんやな」


「あいつをあんなふうにしてしまったの、おれだからな」


「なんで言っといてくれへんかったんや?」


「すまん」


「もっと信用してくれても、よさそうなもんやろ」


「悪かったよ。いろんな意味で。梶原のことも……ただ、おれは、ほかの誰より、蘭に対して責任がある。おれの命は、あいつにかける」


「おまえ、昔っから、思いつめるとこあったもんなあ。ちょい重いで。もうちょいラクにかまえても、ええんちゃうか」


「べつに。気楽だよ。これは、おれ自身の望みでもあるから」


「ふうん」と言ったあと、柴崎は苦い笑みを見せた。


「よかったなあ。昔は。みんなで集まって、朝まで飲んで、バカ話ばっかしとった。あのころが、いっちゃん、楽しかったなあ」


「そうだな」


「若かったし、なんしろ、世界が平和やったもんな」


「おれは、もう一度、造るつもりだよ。平和な世界」


「おまえなら、できるかもしれへんな」


「手伝ってくれよ」


「せやなあ。できれば、ええなあ」


そのしばらくあとだった。


柴崎の妻が死んだのは。


自殺だった。


少し前から、精神的に不安定だったらしい。一生、無菌室のなかから出られない生活に、ガマンできなくなったのだ。


みずから無菌室をとびだし、そして発病した。変わり果てた彼女の遺体を前に、柴崎は泣いて訴えた。


「猛。おれはもう、あかん。この人のために、がんばれる人、亡くしてもうた。もう……ムリや」


村を出たいと柴崎が言いだしたのは、数日後だ。すでに決心は硬いようだった。


「どうしても行くのか?」


「すまん。ここにおると、恨んでしまう。なんで、ほかのやつらは御子の血で助かっとるのに、おれの女だけ助けてくれへんかったのか。


おまえや蘭さんが悪いわけやないのに。


だから、行くしかないんや。


安心しいや。村の秘密は守りとおすからな」


そのときは納得したふりをして、猛は柴崎を送りだした。


しかし、五分とたたないうちに、あとを追った。その手にマグナムをにぎって。


山のなかを蛇行するアスファルトの道。


歩いていく柴崎の後ろ姿に、猛は銃口をつきつけた。


柴崎は猛の足音を聞きつけ、立ち止まった。最初から、こうなることは、わかっていたようだ。


「……来るんやないかと思うとった」


「もどれ。柴崎。今、もどれば、殺さない」


「おれのこと、そない信用でけへんのか? 誰にも言わん、言うたやろ?」


「拷問を受ければ、そんなこと言ってられないよ。ましてや薬屋は自白剤だって持ってる。


おまえは蘭の秘密を知ってる。行かせるわけにはいかないんだ。たのむ。もどってくれ。おれを恨んでもいい。憎んでもいいから」


柴崎は、ふりかえり、笑った。


「おまえには友達を殺せへんよ。猛」


「だから、たのんでるんだ。帰ってこい」


柴崎は笑って手をふった。


そのまま、歩きだす。


猛は歯をくいしばり、引き金をひいた。


乾いた銃声。


柴崎は倒れた。


「……おれは、撃つよ。柴崎。蘭のためなら。たとえ、それが、おまえだって」


遺体のそばにすわり、猛はタバコを吸った。飲んでバカ話をした昔を思いだしながら。


涙まじりの、苦い一服だった。

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