エピローグ
エピローグ
《現在5》
長い夢を見たあと、ようやく、蘭は帰ってきた。京都五条の町家。いつもの三人での夕食。
「蘭さん、まだ、あの夢、見てるの?」
「ええ。でも、もう見ないと思いますよ。なんか解決したみたいだから」
「それならいいけどね」
夕食のあと、薫が言いだした。
「ねえねえ、花火しようよ。もう夏も終わりでしょ。来年まで置いとくと、しけっちゃうからさ」
「いいですけど。ちょっと肌寒いですね。もう秋ですよ」
「だから、今のうちにさ。ね?」
というわけで、夕食の片づけも、うっちゃって、薫は庭にバケツやロウソクを用意する。猛は歯みがきしながら、気のないようすで、それをながめてる。
「かーくんも物好きだな。安売りだからって大量に買うからだよ」
そんなこと言っといて、いざ始めると、一番、熱中するのは猛だが。花火とかキャンプファイヤーとか、火を見る遊びが大好きなのだ。
蘭は笑った。
「じゃあ、僕、上に一枚、着てきますね。勝手に始めないでくださいよ? 猛さんも」
「わかってるよ。そんな、子どもじゃあるまいし」
そんな子どもみたいなマネを、毎度やらかすのは誰だというのか。
蘭は急いで二階の自室へ行った。薄手のサマーセーターをかぶる。
大急ぎでおりていったのに、庭へ出ると、やっぱり、猛はさきに始めていた。キラキラと金色の火花が夕闇に散っている。
「遅いぞ。蘭」
「蘭さーん。早くしないと、猛に全部、とられちゃうよ」
「だから待ってって言ったのに」
庭ばきのサンダルをつっかけようとして、ふと、蘭は違和感をおぼえる。
静かすぎる。
周囲の家から、人の声も、テレビの音も、何も聞こえてこない。
それに、ミャーコはどこへ行ったんだろうと考えていると、その思考を読んだように、床下からミャーコが現れた。
「あ、ミャーコ。また、そんなバッチィとこに入って。あーあ、毛が泥だらけ。洗うのイヤがるくせに、よごさないの」
「かーくん。そんなのミャーコが聞いてくれるわけないだろ」
「そんなことないよ。ミャーコは僕の言うことならわかってくれるよ」
「はいはい。猫語、しゃべれるんだよな」
「兄ちゃん。そんなだから、ミャーコに嫌われるんだからね」
「おれが嫌われるのは静電気のせいだよ。念写でバチッだから——蘭。なに、ボサッとしてるんだ? 早く来いよ」
「そうだよ。蘭さん。早くおいでよ」
左右から手を伸ばして、蘭を呼ぶ兄弟。
夏のなごりの夕暮れどき。
はかなく散っては消える火の粉。
透きとおるように美しい、この一瞬。
(そうか……そういうことか)
蘭には、もうわかっていた。
(これは、夢だ。過去の夢)
はるか遠い未来から、なつかしい記憶を夢に見ている。
(あっちの僕のほうが、現実。御子として幼い蛭子を守りながら、永遠の生を生き続ける……)
でも、きっと、今だけは許される。
なつかしい夢に、しばし遊ぶことを。
それが幼形成熟ボックスと定められた蘭に与えられた、ひとときの休息。
夜ごとの至福の眠りのなかで、見る夢だけが……。
「いま、行きます。僕のぶんも、ちゃんと、とっといてくださいね」
つっかけをはいて庭におりた。
ことさら、はずんだ調子で口笛をふいて。
心のかたすみには、わずかに疼く切なさを抱きながら……。
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