六章 限りあるもの 3—3

《古代~現代 蛭子4》



木こりたちに神と崇められ、時は流れた。


あれほど傷ついていた蛭子の心も、いつか癒えた。親切な木こりたちに恩返しをしたいと思うようになった。


貧しい者たちだから、病やケガで伏せっても、薬草が手に入らず、死にいたることも多い。


そこで蛭子は、感謝の印に、ある贈り物を渡すことにした。


「これよりのち、年に一度、わを祭りし日に、われより肉をさずける。みなで食むべし。されば、なんじら、病に苦しむことなし。不老長寿の妙薬とならん」


木こりたちは、おおいに喜んだ。


彼らは、それが、なんの肉なのか知らなかった。が、その肉を食べてからというもの、病もケガもたちどころに治る身になった。ますます、蛭子をあがめた。


年月が流れた。


初めは、二、三の木こりと、その家族しかいなかった集落も、いつしか村になった。畑や田が作られ、村は豊かになった。

小さいが、争いのない村を、蛭子は愛した。


そのころ、蛭子は村の娘と恋におちた。

乳母に似た優しげな面差しの娘。

二人のあいだに、子ももうけた。

蛭子の生涯で、唯一、幸福と言える時期だった。


だが、幸福は長く続かなかった。

山中に不死の村があると、人の口にのぼるようになった。


村は何度もおそわれた。

最初は野蛮な山賊が押しよせた。

のちには、はるばる都の権力者まで来るようになった。


蛭子の子どもたちもつれさられた。村人は殺された。村は焼かれた。蛭子をつれて逃げた、わずかの者だけが生き残った。


しかも、それは一度や二度ではなかった。

百年のうちに、何度、くりかえされたことだろう? 二百年では?

そのたびに、蛭子は胸がつぶれるような思いに苦しんだ。

蛭子の愛する者たちが傷つけられ、うばわれ、だが、それに抗うすべのない、みずからの非力を恨んだ。


やがて、愛する妃に先立たれると、蛭子の孤独は絶望に変わった。


(どれほど愛そうと、最後に、われは一人。みな、死ぬ。みな、われを残し、死ぬなり)


それでも、蛭子を敬い守ろうとする人々のために、蛭子は生きた。何度、りゃくだつと、ろうぜきが、くりかえされようと。


けれど、そのころから、蛭子の身に変化が表れた。


生きていくのは、つらい。もう見たくないと、蛭子が思うたびに、蛭子の体は若返った。


一人前の成人だった蛭子が、元服前の少年のように。さらに若く、幼く……。


やがて、五つ六つの幼子のようになった。


「わは、もうイヤなり。痛いのも、つらいのも、怖いのもイヤなり。わが、みにくい蛭子なれば、みな、わをきらうよし。わは、あの山の精にならん。今度、生まれしときは、かの人に。みなのひとめで愛する、かの人にならん」


泣く泣く、巫子たちに訴えた。


巫子たちの案ずるうちに、蛭子は、どんどん幼くなった。やがては赤子となり、さらに小さくなり、人の形をとどめなくなった。


蛭子は、もう何も感じなくてよい姿に、自分を変えてしまったのだ。


「哀れなる、われらが御子。われらが御身をお守りいたします」


巫子の一人が、蛭子を体内に宿した。


蛭子は眠った。

長い長い眠り……。


幾人もの巫子や村人のなかを移り住んだ。

それでも、悲しい過去の記憶が夢となり、蛭子をおそうことがあった。

そんなときは、眠りのなかで泣いた。


あの人は、いつ来るのだろう。

すべての人が、ひとめ見ただけで恋してしまう、あの人は?


蛭子は待つ。

あの人の訪れを。

いつか、あの人と一つになれる、そのときまで……。

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