六章 限りあるもの 3—1
3
《近未来 蓮(カトレア)3》
雷牙との旅暮らしは、毎日、新しいことの発見だった。
隊を組んで渡る雁を見た。
昔の線路を埋めるように、咲き乱れるコスモス畑を。
くずれた廃墟の町並みが、とりこわされ、次々に新しい町へ変わっていくさまを。
そこでの人々の日々のいとなみを。
雲の流れが山脈をこえるさまを。
雲を追って、風になれることを知った。
暮らしには、こまらなかった。
雷牙は狩りが、とても上手だ。野ウサギや魚を器用に、とってきてくれる。
蓮に必要な衣服などは、町から失敬してきてくれた。
ふだんは人目をさけて、山中で、すごした。
雷牙は、あまり、おしゃべりではない。
いつも、蓮が一人でベラベラしゃべっていた。
それでも、雷牙が牙のある口を裂けるように、つりあげて笑うと、うれしくなった。
旅は楽しかった。
このまま、ずっと、この生活が続くと信じていた。
だが、数十年もたつと、雷牙は年をとった。御子の骨髄を受けて巫子になった蓮とは、寿命の長さが根本から違う。
疫神は戦闘的には強化されてたが、寿命に関しては、それほど特化されてない。常人より多少、長いくらい。
蓮とはケタが一つ違う。
蓮や春蘭は、蘭と遺伝子が同じせいだろう。御子の血との結合がよかったらしい。他の巫子より、さらに寿命が長い。
検査の結果、千年くらいは生きるだろうと言われている。
「テロメア薬を飲んだら、どうだろう」と、雷牙は言った。
このころ、ふたたび、テロメア修復薬が市販されていた。
ヘルに耐性を持つ人は、とうぜん、テロメア薬のもたらす変異酵素が効かない。服用に、なんの害もないからだ。
ただし、回数をかさねるごとに、延命効果が薄れることが、最新の研究でわかった。
やはり効きめが高いのは、二度か、せいぜい三度まで。
「ダメなんだよ。疫神や巫子には、テロメア薬は効かないんだ。
疫神は強化の過程で、テロメア薬を使用されてる。
おれたちみたいな巫子は、テロメア薬の大元になった御子から、ちょくせつ変異を受けてるから。
すでにテロメア薬と同じ効果を、そのとき受けてるんだ」
「そうか……」
雷牙が、だまりこむ。
蓮は言ってみた。
「御子なら……御子を宿せば、寿命をのばせる。ほんの一時、借りるだけでも」
「御子って、いったい……」
「御子は御子じたいが……って、ややこしいな。つまり、蘭じたいが不老不死なわけじゃないんだ。
蘭のなかに、ほんとの御子がいて、蘭を不老不死にしてる。
御子は最後の器として蘭をえらんだけど、以前は人から人へ移すことができた。
だから、蘭のなかから、御子をとりだせば……」
雷牙は少し怒ったようだった。
「そんなもの、どうやって、とりだすんだ?」
「それは……」
蘭を引き裂いて、むりやり、えぐりだすしかない。
蓮がだまりこんでると、雷牙は、その方法を察した。
「そんなことはするな。蓮。もういいんだ。おれは楽しかったよ。おまえといられて。だから、もういいんだ」
そりゃ、雷牙はいいだろう。でも、雷牙が死んだあと、一人になった蓮は、どうしたらいい?
「でも……」
「それより、故郷を見てみたい。長いこと、帰ってないから」
雷牙が望んだので、これまで、さけていた東北へ向かった。
かつて疫神教団と呼ばれていたコミューンのあった場所。
そこは今、高層ビルの立ち並ぶ、りっぱな町並みになっていた。
教団が母体になって早くに復興したので、そこを目ざし、多くの人が集まった。
そのため、東日本でも指折りの大都市になっている。
「……ずいぶん、変わったな」
「あんたがいたころは、どんなだったの?」
「山にかこまれた平野に、教団の田畑や牧場が、ぽつぽつ。人間は囲いのなかで、ほとんどはテント暮らしだった。
疫神は、ふだん、山中に離れて隠れ住んでた。
年に一度、子どもをイケニエにとるんだ。おれは最後の祭があった日にイケニエにされた。手首を切られて、血をうつされた。
そのあとすぐに、薬屋の襲撃があった。疫神は殺され、変異前だったおれは見すごされた。
一度は教団の両親のもとへ帰ろうとした。その途中、変異が始まった。変わりはてた自分の姿を見たときは、絶望したよ」
「雷牙……」
「ああ、もういいんだ。昔のことだ」
雷牙の思い出話を聞くのは初めてではない。が、彼が疫神になった経緯を聞くのは初耳だ。
雷牙の話に薬屋との戦闘や、各地のコミューンを襲撃した話が一度も出ないので、ふしぎに思っていた。
それは、雷牙に、その経験がなかったからなのだ。
(どおりで、こいつ、疫神にしちゃ生ぬるいヤツだと思った。妙にピュアでさ)
蓮をさらったのが雷牙でなければ、最初の夜に犯されて殺されていただろう。
「じゃあ、それ以来なのか? ここへ帰ってくるのは?」
「いや、しばらくは行くあてもなかったし、教団のまわりをウロウロして山にいたよ。
そしたら何年も経って、また薬屋のヘリが来た。でも、なかから出てきたのは、薬屋じゃなかった」
「ああ……御子ね。で、ヘリを追って、不二村まで行ったと」
もっさりと、雷牙は、うなずく。
「蘭のやつ、知ったら、おどろくだろうな。自分が三十年ものあいだ、疫神にストーカーされてたなんてさ」
雷牙はカギ爪のある手で顔をおおった。恥ずかしがりやなのだ。
「あ、ごめん。ごめん。からかいすぎた。じゃあさ、どうするんだ? ここまで来たんだから、両親の家、さがしてみる?
テロメア薬、飲んでれば、まだ生きてるかもしれないだろ」
雷牙は首をふる。
「こんな姿で帰っても……おれだと、わからない」
まあ、たしかに、この姿では、親だって自分の息子とは思わないだろう。
「ふうん。遠くから見るだけでも、見とけば?」
雷牙は、だまっていた。が、未練があるのは明らかだ。
それから数週間、雷牙は教団跡地の近辺を動こうとしなかった。
蓮にはナイショで夜間に町へおり、ようすを見に行ってるらしいことにも気づいた。
それが、あまり、ひんぱんなので、心配してたら、案の定だ。
ある夜、町で、わッと、さわぎが起きた。
夜中だというのに、いっせいに家々に明かりがついた。警戒警報も鳴り渡る。
蓮のとなりに、雷牙の姿はなかった。
蓮が寝てるすきに、また町へおりていったのだ。
もしや、あのさわぎは……と思い、ふもとへ向かった。蓮の足でも二時間ほどで、ふもとについた。
町は大さわぎだった。
パジャマのまま包丁やバールなど、思い思いの武器を手に、男たちが走りまわってる。
「疫神だ。疫神が帰ってきた」と、口々に、わめいている。「殺せ。殺せ」と。
かつては疫神の力にすがり、疫神に守られて安全に暮らしていたくせに、手の平をかえしたような、この態度。もっと安全な暮らしが提供されたというだけで。
薬屋と死に物狂いで戦った疫神たちがいたからこそ、今、こうして彼らは、新時代を迎えることができたのではないのか?
「雷牙ーー雷牙ッ? どこ?」
蓮は人々の流れに逆らって、必死に雷牙をさがした。
向こうにいたらしい、いや、あっちの路地で見たらしい。そんな会話を聞けば、まっさきに、かけていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます