五章 月と花、品種改良 3—3


《近未来 猛1》



「僕のクローンって、なんで、みんな、死に急ぎたがるんでしょうね」


 夕刻になって、猛が研究所から帰ると、案の定だ。蘭はすねていた。


 それでなくても、このごろ、猛は忙しい。月の攻略や、手に入れたボートで世界へこぎだすために。

 そのうえに、春蘭はくりかえし自殺さわぎを起こすし、カトレアは行方不明だ。

 猛といられる時間をさかれて、蘭は怒ってる。


「だから、僕はクローンを三体も造ることには反対だったんだ。見てくださいよ。問題ばっかり起こすじゃないですか」

「春蘭はもう大丈夫だよ。さっき話して、なぜ死にたがるのかわかった」

「そんなの胡蝶が死んだからに決まってるでしょ?」

「いや。原因は、おまえに嫌われたからだよ」


 蘭はだまりこんだ。しばらくして、


「……僕、そんな直接話法、使いました?」


「間接話法だったけど、パンチはきいてた。三人ならぶと無気味だって」

「そりゃ……言いましたけど。何年前の話ですか? そんな前のことが今になって?」


「根っこのとこに、それがあって。そこに胡蝶の死とか、対人関係とか、自己存在理由とか。いろいろ、からんで、ああなった。根っこをとりのぞいたから問題解決だよ」


 蘭は薄暮のせまる廊下で唇をかんだ。


「……そうやって、僕を悪者にするんですね。僕を責めるんだ」


 ほらほら、すねたぞ。

 まったく手のかかる弟だ。

 前は、こんなに、ひどくなかった気がするけどな。おれや水魚がさんざん甘やかしたせいかもしれない。


「責めないよ。蘭。おれは、おまえがまちがってても責めない。おれには、おまえが一番、大切だから」


 蘭の白いおもてに、ぱっと朱が散る。

 蘭は何か言いかけて、そのまま、廊下の奥へ走っていった。きっと、てれくさかったのだ。

 手がかかる。でも、手がかかれば、かかるだけいい。

 蘭には自分が必要なんだと実感されて。


(あと何年、おまえといてやれるんだろうな)


 ずっと、いっしょにいてやりたいけど、それはかなわない。

 早く月の連中にエスパーを作らせて、『あの人』を地球につれてこさせなければ。

 それまでは、どんなことがあっても、死ねない。

 たとえ、今のおれが死んでも、おまえを一人にはさせない。


 猛は誓っていた。


 それが、蘭を死ねない体にしてしまった、自分の負うべき責だから……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る