五章 月と花、品種改良 2—3
《近未来 春蘭1》
春蘭は出遅れたのだと思う。
一年の育成期間を終え、人工子宮から出されたとき、最初は三人とも個体差はなかった。
まず、レクチャーを受けた。
あなたがたは、この世に二人とない御子さまの遺伝子から造られたクローンですと。
それから別々の名前をあたえられ、そこで少し異なる反応があらわれた。それぞれの名前に、ふさわしい反応。
胡蝶は激しさを秘めた、はかなさを。
カトレアは陽気で気まま。
春蘭には優しさと気品を、その名はあたえた。
でも、まだ違いはわずか。
三人は、それぞれ手首に違う色のタグをとりつけられた。それを見て、たがいを認識しなければならないほどに、よく似ていた。
周囲もそうだが、自分たちどうしでも、タグがないと見わけがつかなかった。
このころは三人とも学習意欲に富んでいた。なんにでも興味を示した。
いつも三人、いっしょに学んだ。学問の吸収力は、ひじょうに高かった。スポーツも、たいがい、なんなく、こなした。そこで三人、競いあううちに、なんとなく個体差が出始めた。
カトレアは活発で、負けん気が強かった。とくにスポーツの勝負で負けると、泣いて悔しがった。
春蘭は自分と同じ顔の二人が大好きだった。カトレアが泣くのがかわいそうに思えた。
それで、カトレアとスポーツするとき、ほんの少し手をぬくようになった。勝負に勝つことより、カトレアが笑うことのほうが、ずっと嬉しかったから。
胡蝶は早期に、スポーツではカトレアに、かなわないと思ったようだ。そのぶん、勉強に力をそそいだ。
クローンの三人には、御子の学歴と同じ知的レベルを要求された。三人とも、三年で、かつての東大入試問題で合格できる知識を身につけた。
だが、胡蝶はそのうえに、もっと専門的な分野も進んで学んだ。医学や心理学だ。研究員たちの実験内容を確認して、自分に対して何がおこなわれるかを理解しようとした。
春蘭は二人のあいだで、まだ自分の立ち位置を決めかねていた。
三人の性格に決定的な相違をもたらしたのは、あのときだと思う。
初めて、オリジナルに会ったときだ。
「へえ。これが僕のクローンか。ほんと、そっくりなんだな。一体で充分だったんじゃないの?」
それが春蘭たちを見たオリジナルが、最初に発した言葉だった。
ショックを受けてる春蘭たちを見て、菊子や森田は、少しあわてた。
「御子さま。それはちょっと、あんまりではないかと……」
「だって、こんなにそっくりなら、何体造ったって同じでしょ? 自分と同じ顔が、こんなに並んでるのって、ちょっと無気味」
無気味……ますます、春蘭は動揺した。
えんりょがちに、菊子が言う。
「御子さま。この子たちは精神的には、まだ未成熟なんです。身体的には成人に近いですが。感情面は五さい児ていどです。もう少し、表現をやわらげてくださいますか?」
御子は不快げに顔をしかめた。
「ああ、そう」と言って、興味をなくしたように去っていった。
春蘭はわけもなく怖かった。ふるえが止まらない。
カトレアが言った。
「どうして、御子は、あんなこと言うんですか? 僕たちは、あの人のために生まれてきたんじゃないんですか?」
そう聞いていた。
御子さまのための、ある重要な意義があって誕生したのだと。けれど、その意義とはなんなのか、まだ一度も聞かされていない。
菊子たちの戸惑う顔を見て、胡蝶が詰問する。とても厳しい顔をしていた。
「僕たちは、なんのために生まれてきたんですか? 教えてください」
菊子たちは言葉をにごした。が、胡蝶に問いつめられ、しかたなさそうに打ちあけた。
「御子さまの不死性が、クローンにも再現されるかどうかを確認するためです。結果は……ノーでした」
これが、その後の三人の個性と行動を左右する決定的な一打だった。
不死性の再現。答えはノー。
つまり、自分たちの存在意義は、とっくに終わっていた。答えはノーとわかった時点で、廃棄していい存在だったのだ。
生かされてるのは、御子の遺伝子に対する敬意からの配慮にすぎないと、春蘭たちは理解した。
泣きだす三人を見て、菊子たちはあわててなだめた。
「待って。でも、わたしたちは、みんな、ほんとに、あなたたちを愛してるのよ。御子さまが、あんなふうにおっしゃったのは……きっと、ビックリされたからよ。あなたたちをごらんになるのは初めてだったんだもの。人間にとって、自分のパーソナリティをおびやかす存在は、あまりいい気持ちがするものじゃないわ」
そんなこと言われても、もう遅い。
いらない存在。できそこないのクローンという烙印は、すでに消しがたく、三人の心に、くっきり焼きつけられてしまった。
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