四章 変容の月 3—2
月からは、ひんぱんに偵察機が飛ばされてくる。月の連中が『ボート』と呼ぶ、五、六人乗りの小さな宇宙船だ。地球の衛星軌道上のコロニーからさしむけてくる。なかに乗ってるのが人なのか、ロボットなのかまではわからない。
「このまま好きに飛ばさせとくわけにはいかない。やつらに思い知らせてやらないと。地球はおれたちのものなんだって」
猛はあくまで強気。
蘭はたずねる。
「撃ち落とすんですか? 対空追尾ミサイル、まだ開発中ですよね?」
「落とすより、あいつら、なんとかして捕まえられないかな」
「反重力でふわふわ飛んでるやつをですか? どうやって?」
「どうやってかは考え中。けど、あのボートがあれば、海外の調査が楽になる。船じゃ往復に時間がかかりすぎる。それじゃ、まにあわない。ロシアのやつらがあわててたろ。他の国でも状況は変わらないはず。生き残ってる女はそうとう少ない。これ以上、人口が減るのはヤバイよ。一刻も早く手を打たないと」
「そうですね。現状のままじゃ、月のやつらに僕らの村をつかれれば、おしまい。あっちは無線電波の位置から村の場所は特定してるはず。衛星写真とかね。大統領がどう出るか、本心のところが知りたいですよね」
「そこらへんをさぐるためにも、ボートごと拘束したいよな」
「ちょっと思いついたんですけど」
蘭は自分の意見をのべた。
武将になれないぶん、せめて知将くらいにはなりたい。
蘭の案はこうだ。
これまで、さんざん月政府をじらして情報を小出しにしてきた。大統領はしびれをきらしてるだろう。
そこで、こっちの研究施設内を案内すると偽り、月の使者を薬屋の研究所に呼びだす。薬屋のおこなっていた疫神の研究室など、そのまま残してあるから、使者の気をひくことはできる。
その間にボートをいただく。
もちろん、それではこっちが一方的に協定をやぶったことになるので……。
「使者が僕を襲ったことにすればいい。向こうから攻撃をしかけてきたことに。それなら、僕らが使者を拘束したって、協定をやぶったことにはならない」
「襲われたらって……どうする気だ?」
「使者が武器を非携行で来るとは思えないんですよね。彼らの武器で僕を傷つければいい。僕は心臓を撃たれても、死なない」
水魚はもちろん、猛も同意してくれなかった。猛反対だ。この場合、たける反対ではない。もう反対だ。
「そんな作戦、絶対、おれは承認しない!」
「私もですよ。蘭。あなたにだけはそんなことはさせない」
蘭は両側から、ステレオ放送の反論をくらった。
「僕って、なんだか箱入り娘みたい。猛さんがパパで、水魚がママ」
蘭がすねたと思ったのか、二人は黙った。
「いい作戦だと思ったんですけどね。そりゃ月の大統領が、僕らの策略だと考えないわけはないけど。そこは機嫌をとるために、それなりのものをあとで渡せば、うまくいくと思うんですけど」
「そんなぐらいなら、最初から『ボートくれ』って言ったほうがマシ。かわりに、こっちからはクローンベイビー渡すって言えば、向こうも応じるだろ。なんたって、ヘルに感染しない子どもなんだからな」と、猛が気をとりなおして反論する。
「クローンベイビーは早すぎませんか? クローンベイビーの子孫はヘル耐性を遺伝する。当然、大統領はクローンのクローンを大量に作り、月の人間とかけあわせる。それこそ、宇宙船の大群が襲ってくるかも?」
「月に引き渡すクローンベイビーは、先天的な病気を持つ子どもにしよう。そうすれば、クローンのクローンで攻めてくることはできない。
でも、やっぱり、まだ早い気はするな。蘭の言うとおり。無難なのは疫神の研究データかな。ヘルで強化された人間には、やつらも興味を持つだろう。そういえば、疫神って、血液感染をかさねるとESP能力を持つことがあるんだよな。これって将来的に、月でエスパーが増えることと関係してるのかもな」
「ああ。予言でも、やつらが薬屋の研究所を偵察することにはなってましたよね。無関係ではないでしょう」
というわけで、交渉が始まった。
このころには月から送ってきた衛星チューナー内蔵のテレビ電話で、たがいの顔を見ながら話すことができるようになっていた。
これが送られてきた最初の日、自傷行為をしてみせた。
蘭の手の傷がみるみる、ふさがるのをまのあたりにした大統領は、モニターの向こうで腰をぬかした。
「ねえ、大統領。そろそろ、たがいの信頼を、次のステージに移行させませんか? ボートをください。整備のための設計図もほしい。しかし、われわれがボートを得たからといって、それで地球のまわりを飛びまわってるコロニーを訪問することはありません。われわれが航空に使用する領域は、高度三百五十キロ圏内で手を打ちましょう。あなたがただって、それ以上、地球に近づけばヘルに犯される。妥当な線でしょう? そのかわり、こちらからも、あなたがたにプレゼントをさしあげます」
初め、大統領はムッツリしてた。が、プレゼントの内容を聞いて機嫌をなおした。
約束の日、二せきのボートが種子島に降りたった。薬屋の本拠地だった場所のすぐ近くだ。
ボートから降りてきたのはロボットではなかった。完全気密の宇宙服をまとった四人の男だ。みんな白人だ。
「初めまして。キング・オブ・イズモ。私がリーダーのオーガス・グレンフィールドです」
リーダーは金髪碧眼。ヘルメットのせいで顔全体は見えない。目元はきれいだ。身長は百八十五センチの猛より、さらに十センチは高い。
「ようこそ。使者のみなさん。出雲の王です」
蘭たちの出迎えは総勢三十名。
蘭と猛。その部下。研究者から、森田と菊子。ボートの回収のためにエンジニアも数名いる。
「これがボートの設計図です。しかし、その前に大気の調査をさせてください」
「どうぞ。お好きなだけ調べてください。大気も水も、動植物も。きっと、あなたがたのおどろく結果になりますから」
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