三章 新時代 3—3
そして、その日は来た。
ちょうど、そのための式典を計画していたときだ。
出雲村から無線連絡が入った。子どもが走行中のトラクターに足をはさまれ切断した、という内容だった。
これまでも重傷者にかぎり、不二村へ運びオペをしていた。いや、手術というのは口実。
じっさいには、蘭や巫子の血を患部にふりかけることで治していた。手術するよりそのほうが早い。
「トラクターって時速十キロ出ますか? それで切断って……」
「小さい子だから、きっと、おもしろがって、まわりで遊んでたんだろ。とりあえず、止血はしてるらしい」
「じゃあ、すぐ、こっちへつれてくるよう指示すればいいじゃないですか」
なにやら、猛は考えこんでる。
「なあ、蘭。おまえには、あんまり痛い思いさせたくないんだが。これはいい機会だと思うんだ。わかるだろ? おれの言ってる意味」
「……わかりました。今日が、その日なんですね」
「服はそのままでいいよ。普段着のほうが、急いでかけつけた感じが出る」
というわけで、蘭は平服のまま、ワンボックスカーに乗りこんだ。蘭のほかは、猛、安藤、池野、医療班の二名だ。
山道をとばして、出雲村(今では出雲第一村とも呼ばれる)へは二時間でたどりついた。
広場に三村と十数人の男が待っていた。子どもはショールにくるまれ、父親が抱いている。
かたわらで母親が泣いている。嫁入りクローンだ。つまり、母からの遺伝で、生まれつき、蘭の血を受け入れる素地がある。
「ケガした子どもは、この子ですね」
三村たちは、てっきり、手術のための迎えが来たと思っていただろう。なのに、蘭が降りてきたのでおどろいた。
「なんや。蘭。おまえ、なんでや?」
「説明はあとです。その子をここに寝かせてください」
蘭は子どもを地面に寝かせた。
「切断された足は?」
「はい。ここに」と、父親がさしだす足は鬱血し変色していた。
「いいでしょう。鮭児くん。大至急、村の人たちをここに集めてください。僕から、みなさんに見せたいものがあります」
三村はめんくらっている。しかし、とりあえず、蘭の言うとおりにした。人を呼び集める半鐘が鳴らされる。農作業中の人たちが、次々にやってくる。
子どもの父母はわけがわからず、とまどっていた。
「御子さま。お願いですけん。はやに(早く)息子を治してごしなはい。このとおり。たのんますけん」
かつての疫神教団のように、イケニエにでもされると思ったのだろう。
近くで池野がカメラをまわしてるから、よけい怪しく見えたに違いない。
「心配ありません。すぐに治ります。全員ではないようですが、だいたい集まりましたね。みなさん、よく見ていてください」
蘭は人々を見まわした。
「これまで黙ってたこと、申しわけなく思います。この事実を明かすことで、僕自身が新たな争点になることを恐れたので。あえて隠してきました。でも、もう、その心配はないでしょう。今日、この機会に、僕は僕の秘密をみなさんと共有したいと思います」
蘭は猛をかえりみた。
猛がナイフを手渡してくる。ひじょうに鋭利な大ぶりのナイフ。ギラギラした刃のかがやきが怖いくらいだ。
「御子さま! やめてください——」
子どもの両親が半狂乱になる。
安藤がとどめた。
「しッ。黙って。御子さまを信じなさい」
蘭は再度、周囲の人々をながめた。最後に、猛を。猛は蘭を安心させるようにうなずく。
蘭は地面に片ひざをついた。左の袖口を二の腕まであげる。
異様な気配を、そこにいる全員が感じていた。かたずをのんで見守っている。
蘭は少年のちぎれた足を切断面にあわせて支えるよう、医療班に命じた。
そして、覚悟を決めて、ナイフをふりおろす。蘭の腕から鮮血がほとばしる。
人々は悲鳴をあげた。
蘭は苦痛に耐え、ささやいた。
「大丈夫。心配しないで。見ていてください」
蘭はしたたる血を少年の切断面にふりかけた。ほんの数滴。
さっきまで、もうろうとしていた少年が、急に大きく目を見ひらいた。
「足が……熱い。でも、痛くない」
紫色だった少年の足にみるみる血色が戻ってくる。骨や筋肉が見えていた皮膚も、目に見えてふさがっていく。
やがて、少年は立ちあがった。
「なおった! パパ、ママ、なおったよ」
両親にかけより、しがみつく。
どよめきが起きた。
「なんだ? 何が起こったんだ?」
「治っちょうと? そぎゃんことが……」
「でも、歩いちょうがね」
父親が急いで、少年の足にこびりついた血をぬぐった。足は、たしかに完治していた。
「骨も……つながっちょう。治っちょうみたいだ」
どよめきが深くなった。
「奇跡だ……」
「奇跡だ!」
「こぎゃんことが、ほんとに……」
蘭は痛みと貧血ですわりこんでいた。でも、もう、蘭自身の傷も治っている。
猛が蘭の肩を抱いてささえてくれた。
「みんな、御子さまのお言葉だ」と、人々の注意を喚起する。
ふたたび、注視がそそがれるなか、蘭は口をひらいた。
「これまでワクチンだと言って、みんなに渡してきたものは、僕の血だ。僕の血はヘルをよせつけない。僕の血は傷をいやす。僕は老いない。僕は死なない。僕は……不老不死だ」
人々は、しんと静まりかえった。
蘭を見つめる。
それから、誰からともなく、
「神だ……」
「このおかたは、神だ……」
声がもれる。
人々は大地にひざまずいた。
一人、また一人。
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