三章 新時代 1—2
《夢 近未来6》
夜中になって、遠方から仲間が帰ってきた。その知らせを蘭が聞いたのは、朝になってからのことだ。
「森田が帰ってきた」
土間の洗面台。
パジャマのまま顔を洗っていた蘭は、同じくパジャマのままの猛に声をかけられた。いっぺんに目がさめる。
「森田って、薬屋にスパイに行ってた、あの森田ですか?」
パンデミック前、村の研究所に潜入してた研究員の森田だ。
同じ研究員でも菊子は女だから、潜入には不向き。感染しない女は、それだけで奇異だから。蘭の主治医として村に残った。
だが、あのときの潜入者たちの多くは、薬屋の研究所にもぐりこんでいる。森田はそのリーダーである。
森田が帰ってきたとなると、いよいよ薬屋に何かあったらしい。
「夜通し、森田の話、聞いてたんだ。おまえも来いよ。朝飯、食いながら、続きを聞こう」
わかってる。
死地におもむき特殊任務をはたした諜報員には、特別なねぎらいが必要だ。
蘭が、そっと手をにぎり、「よくやってくれましたね」と微笑みかけると、誰も彼も、危険な任務の労苦を忘れ、むくわれたと感じるらしい。
これは蘭にしかできない特殊任務だ。
食事のための八畳間へ行くと、森田が待っていた。二十年前より少し老けて、少しやつれてる。
蘭は室内に入ってすぐ、みずからの務めをはたした。
すなわち、森田の手をとり、「よく無事で帰ってきてくれましたね」と、彼の目を見つめる。
森田の任務はほんとに命がけだったので、さらに出血大サービスだ。蘭のパジャマの胸に、森田の頭を抱いてやった。
森田は感激のあまり涙を浮かべた。
ちょっと、やりすぎだと、猛の目が語ってる。
「まあまあ、蘭。森田は疲れてるんだ。早く報告を聞いて、休ませてやろう」
助かった。自分からやりだしたものの、やめどきを失うところだった。
それで、水魚の運んできた朝食をとりつつ、森田の話を聞いた。
「薬屋の創始者は、王子武雄という男です。もと自衛隊員だということです。だが、王子は老齢のため、昨今は表舞台には出ていませんでした。実権を持ってたのは、養子の王子信博です。信博は自身、研究者で、右腕の御手洗真也とヘルの研究をかさねていました。
彼らの研究成果は、ひじょうに有用です。彼らの発見したヘルに耐性を持つ遺伝子を転用すれば、今後は御子さまの血を受けられない者にも予防が可能です。
しかし、もっとも重要なのは、この点です。先月の疫神掃討作戦で、信博と御手洗が死亡しました。疫神も第一級戦闘能力を持つ、氷河、紅蓮、魔鏡などが一掃されました。両者、相討ちです」
「予言どおりですね」
「はい。御子さま。そのさい、薬屋サイドのコマンダーも相当数、死亡しました。薬屋は現在、指導者がいません。多くの者が浮き足立っています。彼らを叩く好機かと」
「疫神教団はどう出るつもりなんだろう?」
「教団は疫神以外は農民です。今のところ総攻撃をしかけてくるようすはありません。おそらく、ほっといても害はないでしょう」
「疫神は残ってないの?」
「なにしろ、疫神が集結する年に一度の祭の日を狙っての掃討作戦だったので」
「全滅ってわけ。それなら、教団はもう脅威ではないか。ねえ、猛さん?」
「ああ。教団は科学兵器を持ってるわけじゃないからな。疫神の驚異的な戦闘力だけが頼みの綱だった」
蘭は、この機会に聞いてみた。
「そもそも、なんで疫神は、あんなに強かったんです? 熊を素手で引き裂いたそうじゃないですか。全身をおおうウロコは、銃弾もよせつけなかったって言うし。ただのキャリアにあんな力はない」
「まあな。おれのはカッコだけ。多少、筋力は増強されたかなってていど? 戦闘力は毎日の鍛錬のおかげだ」と、猛。
森田が答える。
「今回の潜入でそのこともわかりました。もともと疫神は薬屋が戦闘用に作った実験体だったのです。ヘルウィルスの変異を利用し、奇形化を人工的に強化していった結果、あんな化け物ができあがったわけです」
「そんなことができるのか。マッドサイエンティストの集まりだな」
蘭がゾクゾクしたのは、その手の話がストライクだからにすぎない。
が、森田は自分の話が蘭の心を痛めたと感じたらしい。
「ご不快にさせましたか。申しわけありません」
蘭の本性を知ってる猛はニヤニヤしている。
「かまわないよ。なあ、蘭?」
「ええ……」
かまわないも何も、その実験データをあらいざらい見たい。しかし、そこは神聖な御子として、ガマンした。あとで、こっそり水魚にねだろう。
猛が話を切りかえる。
「今すぐ、薬屋を叩こう。やつらの武力はまだ脅威になりうる。これ以上、自由にヘリを飛ばさせとくわけにはいかない。おれは龍吾や田村たちと作戦を立てるよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます