二章 海と星、金魚 2—3
「さあ、食おう。刺身に潮汁。塩焼き。唐揚げもいいな」
多くは生かしたまま、ポリバケツに入れられた。村に持ち帰るためだ。
そのうえ、国中たちのとりぶんを残しても、まだ魚肉パーティーをするのに、じゅうぶんな量があった。大釜で米も炊かれ、村の地酒もふるまわれた。
みんな、我を忘れるほど飲み食いした。
宴は日が暮れる直前まで続いた。
「今日は楽しかったよ。一生、忘れないだろうな。いい思い出をありがとう」
手をふる国中たちに見送られて、村に帰った。村でも、ナベやバケツを手にならぶ村民に魚がくばられた。ここでもお祭りさわぎだ。
楽しい気分を満喫して、蘭は幸福な気持ちで眠りについた。
だから、夢にも思わなかった。まさか、あんなことになるなんて……。
次の交換日、蘭はムリを言って、また、ついていった。
いつもなら、猛たちの車が来ると、国中たちは、とびだしてきて出迎える。以前の公民館が、国中たちの住処だ。
なのに、その日は誰も出てこない。
「どうしたのかな。今日は静かですね。この前と違いすぎる」
蘭はワンボックスカーのドアをあけようとした。猛がとどめる。
「待て。ようすがおかしい。安藤、池野。おまえたちは、ここで待機。蘭の護衛だ。もしものときには、おれのことはいいから、すぐ逃げろよ」
「えっ、ちょっと、猛さん——」
蘭が抗議したときには、猛はもう車外に出ていた。日本刀片手に歩いていく。
ようやく、公民館から人が出てきた。
だが、国中たちではない。蘭の知らない男たちだ。腰に思い思い、刃物をさげている。なかには、大きな斧やボーガンを持つ者も。
総勢三十名あまり。こっちのメンバーより多い。
三列横隊で、こっちを迎えるようすは、統制のとれたコミューンだということを示していた。
猛が第一声をはなつ。
「あんたたちは?」
「初めまして。おれは、こいつらを束ねてるヘッドの渋沢だ。そっちのヘッドと話したい」
「おれが隊長だ」と、猛は答える。
まあ、ウソじゃない。蘭は戦闘員じゃないから。
「では、取引しよう。あんたたちが、以前、ここに住んでたやつらと交わしてた取引を、今度はおれたちとやらないか? おれたちは魚や塩を提供し、あんたたちが米や野菜で買う。レートは以前どおりでいい」
そう言って、渋沢は国中が作ったレート表をとりだした。
それは公民館に貼られていた古いポスターだ。裏にインクのかすれたマジックで、表が書かれている。国中が書いたレート表……。
しばし無言で、猛はそれをながめた。
猛の無言を、渋沢は思案中ととらえたようだ。
「おれたちは、あんたたちがしてることをウワサに聞いてやってきた。争う気はない。以前のやつらより、おれたちのほうが人数も多い。あんたたちにとっても効率的だろ? なんなら、信用を得るまで人質をだしてもいい。人質はおれの息子だ」
渋沢の合図で、一人の少年が前に出てきた。まだ十二、三だ。彼らがせいいっぱい誠意を見せようとしてることは伝わった。
でも、さっきから蘭は、腹の底に重い鉛を飲んだような気分だ。ずっと気になってることがある。
すると、猛が口をひらいた。
「国中のおっさんたちは?」
そう。国中たちはどうしたんだろう?
いっしょに漁をして、笑いあった仲間は?
古い友人のように、酔っぱらって肩をくんだ男たちは?
渋沢は言った。
「やつらはキャリアだった。全員、処分した。死体は砂浜で焼いた」
蘭はショックのあまり、シートのなかにくずれおちた。
(ウソだ……この前、別れたときは、あんなに元気に笑ってたのに)
国中たちの声が耳元で聞こえるような気さえする。
——蘭さん。わあにもチューしてごしなはい。国さんばっか、ズルイがね。
——そげだ。そげだ。口とは言わんけん。ほっぺでいいけん。
(こんなことなら、もったいぶらなきゃよかった。キスくらい。あきるほどしてやれば……)
でも、もう遅い。
彼らは帰ってこない。
シートのなかで、蘭は泣いた。
渋沢の声がした。
「勘違いしないでくれ。おれたちは自警のために武装はしてる。が、ならず者じゃない。最初は話しあいで合流させてもらうつもりだった。だが、やつらがキャリアだとわかった以上、ああするよりなかった。あんたもキャリアのようだが、取引が成立するなら何もしない。あんたたちも過去のことより、これからを考えたほうが特だろ? おれたちと手を組もう。冷静に考えてくれ」
冷静に損得だけ考えるなら、断然、渋沢たちと組んだほうがいい。
メンバーが変わっただけだ。内容は変わらないと割りきればいい。
猛は合理的だ。なんて答えるだろう。
渋沢を許すのだろうか?
いや、それ以前に、こっちは人数で負けてる。物別れになって争うのは危険だ。
しかし、猛は言った。
「やつらは、仲間だった」
静かな声。
でも、蘭にはわかる。
その声に秘められた、猛の強い怒りが。
蘭はワンボックスカーからとびだした。
「猛さん! ダメだ」
そのときには、すでに猛は刀をぬいていた。白刃一閃。血がしぶき、渋沢が倒れる。向こうの男たちが叫び、いっせいに猛に襲いかかる。
「猛さんッ!」
ムチャだ。いくら猛が強くたって、一対三十。分が悪いなんてもんじゃない。
「蘭さん、さがっちょって!」
池野が蘭の手をとり、車内に引き戻そうとする。
「いやだッ——猛さん! 猛さん!」
ひとかたまりになって、争う男たち。
群衆のまんなかに、かろうじて、猛の姿が見え隠れする。
かけよろうとするが、蘭は両側から池野と安藤に押さえられた。
トラックの荷台から青年団がとびおりる。猛の援護に向かう。
はたして、猛はどうなった?
「いやだ……猛さん。猛さんがいないと、おれ、生きてられないよ。おれの家族、猛さんだけなんだよッ?」
押さえる安藤たちの手を、ようやく、ふりきった。蘭が現場にかけつけたときには、もう戦闘は終わっていた。
たくさんの死体のなかに、猛は血まみれで立っていた。敵の血だけじゃない。猛自身もかなりの手傷を負っている。
「猛さん——」
蘭はしがみついた。
猛が刀をとりおとした。
「おれは……仲間が傷つけられることは、絶対……ゆるさない」
声をあげて泣く猛を初めて見た。
ふだん泣かないから、その慟哭(どうこく)は、いっそう胸に刺さる。
「猛さん。あなたのせいじゃない」
「違う。おれのせいだ。ウワサになれば、こんな連中が現れることも想定してなきゃいけなかった。いや……考えなかったわけじゃない。でも、武器をあずけるには、まだ早いと……。だから、おれのせいなんだ。おれが信用して、武器を渡してやってたら……」
こんなとき、薫なら、なんて言ったろう?
『兄ちゃんは、できるかぎりのことをやったよ』か?
それとも、『猛のおかげで、あの人たちは笑ってたよ。誰も猛を恨んでなんかない』か?
あんがい、乱暴に背中をたたき、『めそめそするなよ、猛。男だろ』とでも?
蘭にはかける言葉が見つからなかった。
ただ、だまって、猛の背中を抱きしめた。
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