二章 海と星、金魚 2—1

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《夢 近未来4》



「つまり、あんたたちは農作物は足りてる。でも、海産物が足りない。それを両者のあいだで定期的に物々交換しよう——そういうことか」


 一時間後。

 猛、蘭、安藤、池野は、海辺の原始人みたいな男たちと対談していた。


 かたわらでは青年団のメンバーが、大忙しで塩を作っている。大鍋に海水を入れ、煮詰めては足し、煮詰めては足しのくりかえし。かなり重労働だ。

 たしかに、こういう作業をかわりにしてくれる相手がいれば、とても、ありがたい。


 とはいえ、海辺の男たちは、全員でも十数人だ。男たちは涙をながして、白米の握り飯をほおばる。サツマイモとタマネギのみそ汁を何杯もおかわりした。


 おかげで、蘭たちは昼食ぬきだが、誰も文句は言わない。こっちは村に帰れば、あたたかい夕餉ゆうげが待っている。


(この人たちは、次に、ともな食事とれるの、いつか、わからないんだな。僕も御子なんかになってなきゃ、今ごろは……。いや、それ以前に、パンデミックのとき、あっけなく死んでるか。なんか、猛さんはたくましく生きのびてる気がするけど)


 話は、猛とラグビー証券男を中心に、おこなわれた。本名は、国中友靖くになかともやすだ。


「そりゃ、おれたちは魚をとる。そうしなきゃ生きてけないからな。でも、自分が食うのだって、ままならない。あんたたちにまわすほどは、とても……」


「あんたら、魚、どうやって、とってる?」


「まあ、手づかみか、木の枝なんかをモリにして。あと、満潮のときに、ひっかかるように、ちょっとした罠なんか作ったり。昔は釣竿もあったんだが、みんな壊れたり奪われたりしたんだ。いろんなコミューンが来て、そのへんの民家のなかは、洗いざらい、持ってったからなあ。なんにも残っちゃいないよ」


「それじゃダメなはずだよな。釣り道具は、こっちで提供してもいい。ただし、ちゃんとしたリール付きのやつは、全員ぶんはない。竹製の手作りになるかな。釣り針とテグスは、かなり予備がある。今度、来るときには持ってこれるようにしとく。そのうちには、そのへんの漁港から、網とか探してきてやるよ。網漁の経験者は?」


 おどろいたことに半数以上が、そうだった。よく考えてみれば、海辺の町だから、もと漁師が多いのだろう。


「ここも昔は漁師町だったんですね」


 蘭が言うと、やたらに男たちがデレデレする。

 気に食わないが、ここはガマンだ。魚は食べたい。


 老人が言う。


「網はそのへんで拾ええじゃないか。いいとこだけ、よって(選んで)つぎあわせれば、なんとか使ええだないか。だども、船がないことには漁に行かれんが」


「なるほどね。船じたいは修理できると思う。こっちには船大工もいるし、エンジンや機器類の整備士もいる。問題は動力だろ? 燃料がないんだ」


 こっくりと、老人はうなずいた。老人のように見えるが、栄養失調で老けて見えるだけかもしれない。


 蘭は猛にたずねた。


「どうするんですか? うちだって、ガソリンや重油は無限にあるわけじゃないですよ?」


 そういうヤリクリをしてるのは、水魚と龍吾の息子だ。くわしくは蘭も知らない。

 だが、燃料を保管してるシェルターの地下貯蔵庫の広さを考えれば、よそへ、わけ与える余裕はないはずだ。


 猛はニヤっと悪魔っぽく笑った。考えこむときに、口元に、にぎりこぶしをあてるクセは、今も昔も変わらない。


「ガソリンね。そういうのは、薬屋が占有してるはずだよな。その点は、もうちょい熟考してみるとして。とりあえず、一本釣りで、なんとかしてくれ。天日干しにしといてくれれば、おれたちのほうから、とりに来る。

 あとは塩田だよな。おれたちも塩田があれば、じかに海水から塩作るより、ずっと楽になる。最後の精製は、おれたちがしてもいい。とれた塩は、あんたたちと折半しよう。あんたたちも塩があれば便利だろ? 魚の保存にも使えるし」


「……あんたたち、なんで、そこまでしてくれるんだ? うまいこと言って、おれたちをこき使ったあと、皆殺しにする気じゃないか? どうも、こっちに条件がよすぎる」と、国中。


「最初は先行投資だよ。そのうち、ギブアンドテイクでバランスをとりたい。それでも信用できないか?」


「あんた、疫神だろ? バックに疫神教団がついてるんじゃないか?」

「おれはキャリアだが、疫神じゃない。イケニエをさしだせなんて言わないよ」

「どうだかな。あんだけ仲間、殺されてるからなあ」


 蘭は立ちあがった。


「言っとくけど、さっき犯されてたら、今ごろ、おまえら全員、ぶっ殺してるから」


 その瞬間、塩作りの青年たちが手をとめて国中たちをにらんだ。おれたちの御子さまになんてことしやがると、その目が言っている。

 険悪なムード。

 猛が手をあげて制する。


「そっちが先に手をだしてきたんだ。痛みわけってことにしてくれよ。おれは仲間が傷つけられることは絶対に許さない。だが、意味のない殺生はしない。あんたたちと争う理由は、もうない。だから、取引を持ちかけた。そうだろ?」


 国中たちは、仲間内で顔を見あわせる。


「まあ、あんたたちがイヤなら、おれたちは、ほかの漁村で生存者をさがすよ。そして同じ話を持ちかける。それだけのことさ」と言って、猛は背後をふりかえる。


「そろそろ、できたか?」

「はい。隊長。バケツ二杯です」

「じゃあ、帰るか。片づけてくれ」


 国中たちは、あわてた。

 しょせん、彼らは、その日暮らしだ。今日死ぬか、明日死ぬかもわからない。はなから断れるはずがない。ましてや、数年ぶりの米のあとでは。


「わかった。わかった。とりあえず、信用する。なあ、みんな、いいよな?」


 あとは細かいレートや交換日を決める。

 国中が元証券マンだから、レートの話は得意だ。

 パンデミック前の品物の平均的価値基準をグラム算出して、等価で交換することになった。


 話が決まると、男たちは去っていった。国中だけが残る。

 青年団が後片付けしてるあいだ、よもやま話が続いた。


「最近、このあたりで疫神か薬屋を見たか?」


 猛の問いに、国中は首をふる。


「ここは搾取できるもん残ってない弱小コミューンだからな。というか、今日までコミューンですらなかった。近場にいる弱い連中が、なんとなく、つかず離れず暮らしてただけさ」

「どっか、よそのコミューンに入ろうとはしなかったのか?」

「いや、その……」


 国中は言葉をにごす。


 猛は言った。

「あんたたちが、キャリアだから?」


 国中は驚がくする。


「なんで、わかった? おれたち、外から見えるとこに変形はないのに」

「カンタンなことさ。おれがキャリアだと言っても、誰も逃げだそうとしなかった。あんたたちがノンキャリなら、あの瞬間に狂ったように逃げまどってるよ」

「たしかに」


 国中は苦く笑う。


「イヤじゃないのか? あんたはともかく、あんたの仲間や、この人は? おれたちが獲った魚だぞ。ヘルって空気感染や飛沫感染もするんだろ? あと、男女の交渉でも、うつるって」


 蘭は皮肉った。


「へえ。じゃあ、さっき、あんた、僕を殺すつもりだったんだ。ヘルに感染させて。まあ、死なないけどね。僕は」

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