「現代へ帰還した直後の彼ら」(後編)


 しばらくしてから、解散する流れになり、校庭から玄関に移動している途中で、



 「小夜、か......!?」



 米田の名を呼ぶ男の声がした。声がした方を見ると、この学校とは違う制服を着ている同学年っぽい黒髪短髪の男子が、やはり衝撃を受けた表情で米田を凝視していた。



 「え......!?

 瑞人みずと、君!?」



 男子の顔を見た米田も彼と同じくらい衝撃を受けたといった様子で彼の名を言う。


 「え、もしかして......関谷せきや君!?」

 「ん?知り合いか?」

 

 米田の反応を見て縁佳が彼の苗字を当てる。

 縁佳の話からすると、彼は米田の幼馴染らしい。中学まで同じだった三人はたまに会って遊ぶ仲だったそうだ。


 「この学校や警察に小夜のことを捜してくれと頼んでたけど、最近になって両方ともお手上げだと言って、それでも捜して欲しいと頼み続けてたけど.........そうか、帰ってたんだな...。良かった、本当に良かった...!」


 肩を震わせながら何か色々言ってるが、とにかく米田の無事が確認出来て彼女の顔が見れたことを喜んでいるようだ。

 

 「瑞人君、もしかして私のことをずっと捜してたの?」

 「ああ、毎日毎日...国一周はもちろん世界中を回って小夜のことを尋ねて捜し回ってた。7か月以上も行方不明で、小夜のご家族さえも諦めかけてたけど......俺はそれでも小夜がどこかにいるって諦め切れなくて...!小夜、小夜...!」

 「わっ!?瑞人君...!?」


 関谷とやらは目に涙を溜めてゆっくり米田に近づき、そして声を上げながら彼女を抱きしめた。米田は慌てているものの拒絶しようとはしていなかった。それなりに信頼関係を築いている仲らしい。

 事情を知らない奴らからすれば事案に見える光景だが、実際は長い間行方不明だった想い人と再会したことに歓喜して感涙して衝動的に抱きしめているだけだから、まぁセーフだな。



 「小夜......好きだ!!」

 「ぇええっ!?!?」



 そして衝動的に告白までしていた。


 「関谷君、小夜ちゃんのこと好きだってことずっと言えないでいたの。たぶん衝動的に思わず今告白しちゃったんだと思うなー」


 無関係の俺と縁佳は少し離れたところで二人の様子を眺めていた。米田を名前呼びする男子がいたと思ったらそういう関係性だったのか。まさかのラブコメ展開がきたか。


 「小夜がいない世界なんて......!良かった、本当に良かった!好きだ小夜。もう俺が知らないところに行かないでくれ...!」

 「う、うん!心配してくれて、そう言ってくれるのは嬉しいけど、私も好きだけど......、落ち着いてったら。あ、あう......」


 さらっと同意の言葉を混ぜながらも関谷とやらを宥める米田の顔は、炎のように赤くなっていた。珍しいものを見たなぁ。


 「.........とりあえず解散するか。じゃあな、また明日」

 「小夜ちゃん。あなたたちのこと、今度聞かせてね。じゃあまた明日ね!」

 「えぇーーー!?う、うん......また明日」


 まだ抱き合っている二人を残して俺たちは校門...に行こうとしたが、少し寄り道することに。

 場所はさっきいたグラウンド。縁佳も俺の寄り道に付き合ってきた。



 「この地を踏むのは、今日を入れてあと二回なんだよな...」

 「そうだね...まさか今日が、

 “卒業式の前日”だっただなんて」



 職員室で浜田先生から今日が3月の10日で、その翌日がこの学校の卒業式だということをさっき聞いた。

 学校の...というか浜田先生の特許で、俺たちは卒業が認められ、明日は式に出席できるということを知らされた。

 急な決定だがとりあえずそういう流れになった。ありがたいかどうかは別として。そのことを聞いた後の俺は、何だかグラウンドに行きたくなってまたここに来たのだ。


 「ここで俺は、部活の仲間たちと練習に励んでたっけ。当時の俺の学校での唯一の居場所だった。あの時の俺には部員たちしか仲間と思ってなかった」

 

 グラウンドを見つめながらそんなことを口にする。事実、部活の時間しかこの学校で楽しいことは無かった。クラスの同級生が部員たちだったなら、あの異世界での日々はだいぶ違うものに変わっていたかもな。


 「皇雅君にとって、陸上部の生徒たちがかけがえない仲間たちなんだね。この世界にでも、皇雅君には仲間がいる。信頼できる仲間が」

 「信頼か...。まぁあいつらならできるなぁ信頼。同期とは2年半、後輩とは半年から1年半程度の付き合いだが、それでもあいつらとは良い関係を築けたと言えるな。

 信頼関係において時間なんてさして関係無いということは、異世界で学んだしな」

 「そうよね。短い時間でも強い絆を結ぶことだってある。私もそう学んだ」


 アレンやカミラ、しばらくは不和・敵対関係だったがクィンやミーシャとも強い絆を結んだ。鬼族や竜人族の連中とも友達関係になれた。こんな俺でも、僅か半年でそれなりに絆を結ぶことだって出来た。まぁそいつらとは偶々馬が合ったというか、修羅場をともにくぐり抜けてきたからだとかがあるんだろうけど。



 「まぁとにかく、そんな仲間たちと過ごしてきた場所だったここと、もう離れるってなるとなぁ。やっぱりさみしいもんだなぁ」

 「そうだよね......」


 俺の言葉に縁佳は同意してくれる。そうしてしばらく誰もいないグラウンドを眺めていると、





 「皇雅...先輩?」




 後ろから俺の名を呼ぶ女子の声がした。というかこの声、聞き覚えがあるぞ?まさか...!?


 「.........小羽磨こはま、か?」

 「やっぱり......皇雅先輩!帰ってらっしゃったのですね!!」


 俺が彼女の名を呼ぶと、小羽磨...黒髪おかっぱ風のセミショートの少女が、タタタと駆けて一瞬で俺に詰め寄って、勢いそのままに抱き着いてきた。

 ......あれ?こいつこんなことする奴だったっけ?


 「皇雅先輩...!今までどこへ行ってたんですか!?ずっと行方不明になってて、私もう...先輩に会えないかもと......!」 


 頭を俺の胸にこすり付け、両手は俺の腕をがっちり掴んで離さない。唐突過ぎる展開に縁佳はもちろん、当の俺ですらも思考が止まってしまった。



 この女子は小羽磨友恵ともえ。俺と同じ陸上部員で一年生だ。同期女子からは「ユエ」と呼ばれている。

 同じ短距離ブロックで一緒に練習しているとはいえ三年生と一年生。ましてや異性だ、絡む機会など普通ほとんど無いはずなのだが何でか、この子は入部してからひと月経たないうちに俺に懐いてきて、よく練習の相談しに来たりしていた。向上心ある子で同じ専門種目だということもあって、彼女とはよく会話してたっけ。


 そんな彼女が今、凄い力で俺をホールドしながら泣いて俺の名を呼んでいる。



 「小羽磨...事情はまた今度話す。とりあえず、今まで心配させてしまって悪かった。この通り俺は無事に帰って来たぞ(実際は一度死んだが)。俺のこと心ぱ――」

 「好きです皇雅先輩!!」


 「「!?」」



 突然の衝動に身を任せた的な告白に、俺も縁佳も激しく動揺した。というか、なんかデジャヴ感...。


 「恥ずかしくてずっと告白出来ずにいました。あの日皇雅先輩が消えたままだったら、こうして告白しなかったことを後悔するところでした!こうしてちゃんと想いを告げることが出来て良かったです...!」

 「そ、そうか...。ありがとな」


 小羽磨の苦悩を知らずにいた俺は彼女を宥めるように頭に手を置いてあやすように撫でる。


 「えーと...。皇雅君の後輩、で良いんだよね?今日は学校休みみたいだけど、どうしてここに?」

 「え...?あなたは高園先輩!?ごめんなさい、皇雅先輩しか見てなくて気付いてませんでした...。

 ここにいる理由は、先生方に皇雅先輩たちについて何か知らないかを訊こうとしてのことです。部活が無い完全休日でもこうしていつも学校に来ていたんです...」


 小羽磨もさっきの関谷と同じ理由で来てたのか。それだけ俺のことを心配に思ってくれてたとは、いやはや...。

 

 それから少し、俺たちが卒業できるとか、異世界以外のことを軽く説明してから別れる形となった。


 「皇雅先輩。告白の返事はまた後日で良いです。いつでも待ってますから。あと、ご卒業おめでとうございます」


 今さらになって先程の行動が恥ずかしく思ったのか、照れた様子で早口にそう告げて俺たちから去って行った。


 「......皇雅君って、けっこうモテるよね」

 「そっかぁ?クラスのほぼ全女子から嫌われるような男の俺だぞ?」

 「そういうことを言ってるんじゃないんだけど...。とにかくあの子、手強そうだね...」



 などと、よく分からないことを言う縁佳と途中まで帰り、解散して家に帰った。

 学校から連絡を受けていたのか、既に親が帰宅していた。俺を見るや駆けつけて無事を喜んでくれた。


 そんな家族の顔を見た俺は改めて...現代世界に、日本に、地元に、実家に...元のところへ帰って来られたのだなと実感した。




 その翌日、俺と縁佳と米田は晴れて高校を卒業した。三人とも大学進学を考えている俺たちのこれからは浪人生から現代での生活が再開されることになるのだが、さして苦にはなるまい。皆、異世界で得た知識と力があるのだからそれらを存分に役立てたら良いからな。


 異世界生活は幕を閉じる。

 再び元の世界に帰ってきた俺は、色々凄いことが起こることになる人生を始めるのだった―――



帰還エピソード 完

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