「亜人族の抗戦」(後編)

「理不尽と暴虐に抗う雷と炎」




 遠く離れた地帯で壮絶な最期を遂げた排斥派たちだったが、パルケ王国もまた、建国史上かつてない大規模な争いが起きていた。

 魔物とモンストールの大軍とそれらを率いる魔人族一人...。パルケ王国は持てる戦力全てを動員してそれらを迎え撃つ。武力は半年前に滅んだ獣人族にも引けをとらない大国の亜人族は、魔物の大群にもモンストールの大群にも屈することはなく悉く返り討ちに成功した。

 だがそんな彼らの軍は、たった一人の魔人によって理不尽に蹂躙されてしまった...。


 「くそぉ!?これが魔人族...?ふざけてる!こんな化け物勝て―――ぺげッ」

 「あらァん?ごめんね~?これでもすぐ死んでしまうのね?亜人族も大したことないわね~☆」


 戦意を挫かれ弱音を吐く亜人戦士を軽い気持ちで殴り潰した巨漢の魔人...魔人族序列5位ネルギガルドは、声を大にして亜人族を侮辱してみせる。序列5位とはいっても実質序列3位の実力を持つ彼は、連れてきた魔物とモンストールの大軍が半分以下になるまで狩られたところで戦いに参加して、亜人族たちにとって理不尽といえる程の圧倒的な力を振るい、蹂躙していった。

 彼が拳を振るう度に数十の戦士が破裂して消えて、蹴りを放つ度に数十の戦士が胴体や首を両断されて屍と化していく。

 ある者は隙を見せた魔人に全力の一撃を入れるも、


 「!?馬鹿な......刃が通らな―――ぁげらッ」

 「そぉんなちんけな斬撃じゃあアタシに傷を入れるのは無理よ~!ヴェルド様並みの剣の腕じゃないとアタシは斬れないわ~」


 どんな斬撃も、砲撃も、武術も、ネルギガルドの肉体に傷を入れることは叶わなかった。彼の無尽蔵の体力と鋼を凌駕する物理面の防御力は、どんな攻撃をも拒絶してみせる。亜人族たちにとって理不尽と言える耐久力を誇っている。

 ある者はならば魔術でどうだと、最大火力で魔術を放つも、


 「“魔人拳”」

 「が.........っ!!」

 「そ、んな......拳圧で魔術を吹き飛ばした...!?あいつの魔術の腕は国内上位なのに...っ!!」


 ネルギガルドの拳は、魔術をもかき消していく。確かに彼は魔防は魔人族の中では低い方ではあるが、それを十分に補えるほどの物理面でチャラにしている。さらに彼は魔人族の古参でもあり、戦闘経験が豊富だ。理不尽レベルで高いステータスと膨大な戦闘経験と知識を持つネルギガルドに、彼の年の半分も無い亜人戦士たちが敵う道理など無に等しいものだった。


 「下がれ勇敢な戦士たちよ!!この魔人相手に何人も戦力を寄越しても意味はない。“限定進化”を発動できる者たちだけ私に続け!!この魔人族は私が討つ!!」

 

 ネルギガルドが参戦して数分後、彼の尋常じゃない強さを悟った亜人族の王...ディウルは早々に一般兵士たちを下がらせて、金髪碧眼の亜人の王子...アンスリールをはじめとする歴戦の戦士たちを率いてネルギガルドに立ちはだかる。


 「あらぁ?アナタは亜人族の今の王のようね?へえ~後ろにも中々楽しめそうな亜人が何人も~」

 「この国の主戦力の猛者を全てここへ来させた。魔人族!お前はここで葬らせてもらうぞ!!」


 白髪交じりの黒髪を逆立たせているディウルは怒気を孕んだ声を上げて剣を向ける。そして彼の怒声と同時にアンスリールたち全員の戦士が「限定進化」を発動。それぞれ異形の容姿へ進化を遂げた戦士たちの集団は、ネルギガルドをも驚嘆させる。

 

 「へぇ~やるじゃない。大した戦気ねぇ。じゃあアタシもちょっとギアを...上げようかしら――」

 「「「「「―――っ!!」」」」」


 ネルギガルドがそう呟いて戦気を上げる、それだけで亜人全員がその濃密で危険な戦気に戦慄する。


 「これが...魔人族か。世界を滅ぼし得る存在、人族連合国軍の要人が言っていたことはこういうことだったか...!」


 アンスリールもネルギガルドの増幅した戦気にあてられてやや怯む。がすぐに立ち直って両手を突き出して雷の魔術を放つ。それを合図に亜人の精鋭が一斉に攻撃を始めた。

 

 “雷散拳らいさんけん


 全身に雷を纏ったアンスリールの拳がネルギガルドを捉え撃ち抜く。攻撃範囲はネルギガルドだけに終わらず、彼の後ろや周りにいる敵群にも雷閃が被弾した。

 アンスリールは亜人の中では超人種に分類されている。超人種だけ唯一、人族と変わらない容姿をしていて、それは進化した状態でも変わらない。アンスリールは常に雷を体内に宿すことができる超人であり、進化すると常に雷を身に纏わせることができる。それは災害レベルの敵を屠る武器にもなり猛撃を防ぐ鎧にもなる。

 そして物理攻撃でありながら魔術攻撃にもなる雷拳が、ネルギガルドの要塞を思わせる肉体に傷を与えることに成功する。


 「ごぉ?魔術でアタシを殴るなんて、考えたわねー?うっかりくらっちゃったけど......もうアナタの攻撃は、くらわないわ~」

 「言ってろ......“雷爆らいばく”」


 余裕を見せるネルギガルドに、両手から発生させた光球を投げつける。しかし光球が当たる寸前ネルギガルドはそれらを回避して姿を消す。

 回避された光球はその場で大爆発を起こす。雷を孕んだ爆撃はネルギガルドにダメージを与えることは叶わなかったが、周囲にいた魔物やモンストールたちを殲滅させることに貢献した。


 「至近距離で放ったあの光球を躱しただと...!?」

 

 多くの敵を屠ることに成功したアンスリールだが、魔人族にかすりもしなかった事実によってその顔を暗くさせる。それだけ今の魔術に自信があったものと言える。


 「クロック程の速さはないけど~あの程度の速度の攻撃なら躱すのは簡単よ。まぁ今のはくらったらけっこう痛かったかもねー」

 「――っ、ぐぉ......っ!!」


 アンスリールの真上から声がしたと認識した直後、彼は理不尽な力をモロにくらった。


 「あ”......がっ」

 「ちょおっと本気で殴ったけど、その辺の雑魚よりは頑丈ね?まぁ意識がとんでるみたいだけど」


 拳を突き出した状態のままネルギガルドは、吹っ飛ばされて痙攣を起こしているアンスリールを嗤いながらそう言う。


 「“炎鎚ほむらづち”」


 そのネルギガルドの頭上から炎の巨大な鎚が降ってくる。ネルギガルドは咄嗟に振り向いてそれを受け止める。


 「っ、あづううううううう―――」

 

 受け止めた直後、鎚に纏っている炎が膨張してネルギガルドの全身を包む。その炎は苛烈にネルギガルドを燃やし尽くそうとする。


 「“炎鎚”からの“煉獄れんごく”。これをくらって残った敵は今まではいなかった。災害レベルも同様にな...」

 「ディウル様...!」


 ネルギガルドから少し離れたところで息を荒げながら呟くように言ったのは、アンスリールと違って赤い魔力を全身に纏った姿となったディウル国王だ。彼もアンスリールと同じく超人種であり、炎を魔力消費無しに身に宿し続けることが出来て、その攻撃の高さと精度も世界トップクラスだ。


 「一部の戦士たちはアンスリールを庇いつつ彼を癒せ!!残りは私とともに魔人を一気に討伐するぞ!!」


 ディウルの声に戦士たちは迅速に行動する。意識が混濁しているアンスリールに治療する者と、炎の渦に囚われ燃やされ続けているネルギガルドへ追撃をかける者とに分かれ、後者陣は足踏み揃えて一斉に攻撃を仕掛ける。


 「悪辣な魔人族に慈悲は無し!滅ぼせえええええ!!!」


 “焔殲槍フレアランス


 異形の姿となった亜人戦士たちが様々な全力魔術を放つ中、ディウルも己の最強魔術を放つ。右腕を後ろへ大きく弓のように引いて、亜音速で前方へ放つ。

 最大級の魔力と炎が混じったその槍は、一撃でSランクモンストールをも屠るとされる。迷わず真っすぐに、標的を射殺さんとばかりに、確かな殺意を込めて向かっていく槍はやがてネルギガルドを捉えて――



 「あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 調子に乗ってんじゃねぇぞおおおおおおおおおおお!!!」



 槍に込められた殺意を上回る濃密で極悪な殺意が込められたどす黒い拳に滅ぼされた...!


 「な......っ!?」

 

 自分の最強攻撃を破られたことに呆然とするディウルと他の戦士たち。次いで炎の渦をも何かでかき消されて中から先程よりも大きく禍々しくなった魔人が現れた。


 「“激昂”するつもりはなかったんだが、ここまでやるもんだから、つい切れちまった...。お前らが悪いんだからなァ!?大人しく殺されねぇお前らがあああ!!!」


 大地を震わせる程の怒声を上げながら、巨漢魔人は両腕を構えて亜人たちを睨む。


 「サービス時間はここまでだ...。テメェらはただ俺にぶち殺されれば良いンだよ...!」


 人格と口調が激変した巨漢魔人は...理不尽と暴虐の限りを尽くす。

 

 「“魔連拳”オラオラオラオラ死ねェ!!」

 「ヒッ......ぐかぺッ」

 「“絶牢”......ぐぎゃあああ.........っ!!」

 「この......魔力光―――ごげェ!!」

 「......!!......!!!」


 ―――!

 ――――!!

 ―――――!!!


 世界を滅ぼし得る巨漢の大魔人は、亜人戦士たちの攻撃など全く意に介することなく、ただただ己の闇を纏った拳と蹴りを繰り出して、放って、飛ばして......まるでゴミのように亜人たちを殺して殺し尽くしていく...。


 「ぎゃっはっはっはっはっは!!テメェら下等な魔族如きが、世界の頂点に君臨する魔人族に敵う道理なんかねェんだよバァカが!!潰れろ!全部ぐっちゃぐちゃになって這いつくばって無惨に死ねえええ!!」


 大地が割け、血の量が増し、肉片が飛び散っていき、そしてその被害は戦場のみに止まらず、やがてパルケ王国にも及んだ。そこで避難していた国民もまた、ネルギガルドの理不尽と暴虐の犠牲となった...。


 「や、めろ...!国民に、手を出すな.........っ」

 「ああ?雑魚に治してもらった死に損ないが何俺に立ちはだかろうとしてンだ?さっさと死にやがれ!!」

 

 ヒュゴ......!

 何百もの戦士を屠った血塗られた拳がアンスリールに当たる......その直前、


 「お前の死に場所はここじゃない。アンスリール、亜人族を頼む...!」

 「な―――」


 そんな一言が聞こえたと同時に、何か熱い突風に吹き飛ばされて遠く離れた瓦礫の山に激突して、アンスリールは意識を失った。

 そして―――


 ゴッッッ「―――か、は......!」


 ディウルはネルギガルドの進化した拳をモロにくらって、地に倒れた...。


 「あン?国王が割って入りやがったか。ケッ!一撃でダメになりやがった。亜人族最強の王もこの程度かつまらん...。

 この状態続ける必要も無いか...。そろそろ切れるのを止めよう.........かしら、ね☆」



 全身血まみれで体のあちこちが潰れて、死の淵に落ちてしまったディウルを見下しながら、肥大化した体を縮めていき元の姿と口調へネルギガルドは戻っていく。


 「あ~あ。ちょこっと本気を出したら魔族の国でも簡単に滅んじゃうわね。まぁこれもアタシに課された仕事だし、仕方ないわね?」


 全滅した亜人戦士たちに目を向けてその様をネルギガルドは可笑しそうに嗤う。彼の残酷性はそのままのようだ。


 「ぐ......民には、手を出す、な......!俺、が許さん......っ」

 

 どうにか意識を繋いでいたディウルは、声を絞り出して嘆願に近い警告を出す。


 「あらまだ生きてたの?馬鹿ねぇ......自分の国を守れない弱い王が、そんな言葉聞くと思ってるの?ザイ―ト様の命で、この国は滅ぼすわ」

 

 ネルギガルドの無慈悲な返事にディウルはただ止めろとしか言えないでいた。


 「うふふふ、誰から潰そうかしら。残りの民たちか、さっき吹っ飛んだ王子にするか」

 「止めろ、止めてくれ......!息子にも、力の無い民にも誰も......!」

 「嫌なら守ってみなさいよ!その様じゃあできないでしょうけどぉ、あははははははははは...っ!!」

 「くそ、くそおおお!!」


 “煉獄”

 

 「っと...。まだ攻撃はできるのね...。だったらまずは――」


 ドスッ「―――ぎあ”......っ」

 「アナタから死になさい国王さん」


 最後の力を振り絞って放った魔術も虚しく通用せず、ネルギガルドは止めに爪先蹴りをディウルの胴体に突き刺した...!


 「んふふ。あとは放っといても死にそうね............ん?」



 ディウルの血で濡れた足を振るって血を落としたところに、ネルギガルドの頭の中に何かが語りかけてきた。相手は序列3位のベロニカだ。

 彼女の報告を聞いたネルギガルドは驚愕する。


 「ザイート様が...!?戦気が感知できなくなっておかしいとは思ってたけど...まさかあの人がねぇ...!?」


 魔人族の長であるザイートの死。それを実現したのは彼が言っていたイレギュラーの人族、甲斐田皇雅。


 「......一旦本拠地へ戻りましょうか。ここを潰すのはまた後で良いわ」


 ザイートの死を聞いて心中穏やかではなくなったネルギガルドは、風前の灯火となっているディウルに目を向けることなくパルケ王国を発った...。





 「ぐ......無念。ダンク、すまな、い......この国を守れなかった」


 ネルギガルドが去った後、ディウルは掠れた声で、数年前から離別した義弟ダンクに謝罪をする。


 (ダンクよ......お前は今はどこにいる?モンストールの大群に襲われてはいないか?鬼族を赦すことは、もうできたのか...?)


 死を目前にしてなお、彼は和解出来ていない義弟の身を案じている。次いで涙を零して何度も詫びを思う。


 (すまない...。民はおろか、私の家族や...お前の姉さえも、守ることが出来なかった...。あの悪辣な魔人族からこの国を護ることが、出来なかった...!)


 「こ、んな......弱い、王の俺を.........どうか、許してほしい...。

 できれば、最後に......お前の顔が見たかった.........っ」


 ディウルの嘆きから数分後、重傷を負ったアンスリールが彼のもとへ駆けつけ最期を看取られる。

 そしてディウルはアンスリールに亜人族の未来を託したのであった...。


 (ダンクよ。もしお前がこの地へ戻ることがあるなら...我が息子と協力して、亜人族に再び光を―――――)




 ディウルも、ダンクも、彼らの願いは結局叶えることはなかった...。

 この日 亜人族はほぼ滅亡した。

 しかし彼らが再び繁栄するのは、この戦争から数十年後となっている。


 希望を捨てず諦めずに奮闘したアンスリール王子の活躍によって―――。

 

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