134話「彼女は回顧し、終わりが始まる」



 (甲斐田ってなんか...イイなぁって思うんだよね~)

 (えっ......甲斐田君が?美紀ちゃんもしかして...つ、付き合いたいって考えてるの!?)

 (うーんそれはまだ早いかなー?でもアリかもしれないっていうか?)



 高校1年生の春。私は友達の美紀と、彼女が気になっているという甲斐田皇雅君と同じクラスになった。中学では陸上競技で全国大会入賞した実績があるらしく、格闘技にも精通しているらしい。美紀が積極的に話すものだから、私も自然と甲斐田君と話す機会が度々あった。


 甲斐田君は、協調性があまり...というか全然無い性格の男の子だった。



 (甲斐田君!球技大会の練習そろそろ出て来てくれない?甲斐田君だけ一度も来ていないじゃない。こういう時くらいはみんなと親交深めた方が良いよ!)

 (あー?いいって俺は。なんか俺が来たら気まずい雰囲気になるじゃん?俺、わりとボッチ野郎だから馴染めないんだよね。当日は隅っこでディフェンスでもやっとくから、今日も欠席でよろしく)

 (ダメだよ!甲斐田君そういう態度でい続けていると本当に孤立しちゃうよ?美紀とだって、以前はけっこう会話していたのに、最近は美紀とも疎遠になって...)

 (......あいつのことはもうどうでもいいだろ?それに、たかがクラスで孤立するくらいどうってことないって。俺には部活あるし。そこで仲良くできてるから問題無いって)

 (だ、だから!球技大会の練習全てサボるのは良くないって!―)



 2学期が始まった頃には、甲斐田君は少々正確に難があるせいで、教室ではやや孤立していた。美紀ともいつの間にか話さなくなっていたし、誰とも親しくする気が無い状態だった。私はそんな彼のことを何故か放っておけなく思い、一人でいるタイミングを狙って会話することに挑んでいたことがあった。

 クラスの誰とも仲良くする気がない甲斐田君だったが、こちらから話せば一応会話に乗ってくれる人だったから、それなりに色々話せた。勉強のこと、部活のこと、休日のこと、そして……どんな異性がタイプかってことも…。

 ちなみに美紀が甲斐田君に告白したという事実を知ったのはこのタイミングだった。


 ある時、私が弓道において体の筋肉をどう使えば良いのかと何気なく聞いてみると、そのトレーニング法について詳しく教えてもらったり、期末テストの分からないところも教えてくれるなど、甲斐田君は意外にも親切に色々話してくれた。



 (高園は...お前には悪意が無いから。だからこうして話に付き合ってやってるだけだ。お前みたいな奴ばかりの世の中だったらどれだけ良かったか...)


 などとよく分からないことを言っていたけど、私にとってはこれで彼を孤立させないでいることに成功しているという達成感に喜んでいたりもした。今になって思えば、私たちの関係はどこかおかしかったのだなぁと気付かされる。


 ...私は甲斐田君のことを理解しきれていなかった。


 だから――2年生になって少しした頃にが起きて、彼は完全に孤立してしまった。あの時私がもっと上手くやれていたら、あんなに拗れることにならないで済んだかもしれない。甲斐田君を傷つけないで済ませられたかもしれない。

 彼との溝を深めずに済んだのかもしれない...。


 あの事件以降の甲斐田君は、クラスとの誰とも関わることを拒み、文化祭も修学旅行も全て欠席して、教室にいる時間は授業時間のみになっていた。



 (私が甲斐田君を責めるようなことを言ってしまったから。大西君たちを庇う形をとってしまったから。私が、彼をフォローしてあげれば...)


 独りでいる甲斐田君を見る度に、私はあの時の後悔に苛まれていた。周りに誰もいないタイミングで、彼に話しかけようとした時の、あの敵意に満ちた眼は軽くトラウマを抱える程だった。

 でも退いてはいられなかった。私たちが今の甲斐田君にしてしまったのだから、せめて一声でもかけようと、勇気出して話しかけた。



 (甲斐田君。部活頑張ってね...。来年は、体育祭とか出て来てね...!)

 (.........)


 冷たい眼で私を一瞥して返事しないで行っちゃったけど、私は嬉しかった。こっちを見すらせず無視されなかったただけでもまだ彼と和解できる可能性があると確信していた。


 3年の夏前、甲斐田君の3年連続全国大会出場がかかった試合に、私は1人お忍びで観に行っていた。一昨年美紀と一緒に行ったっきりで、彼のレースはほとんど見たことがなかった。だからその走りを見た時、私は感動していた。


 (す、凄い...!一昨年観た時よりすごく速い!!まるで別人みたい...)


 成長期なので当たり前なのだが、走るのがそんなに得意じゃない私にとっては度肝を抜かれる程だった。そしてその後で見た彼の笑顔にも衝撃を受けた。


 (教室では一度も見せなかった笑顔が...しかも部員たちの前で...!あんな顔も、するんだ...)


 初めて笑顔を見れたと嬉しい気持ちと、クラスでは見せてくれなかったのに部の前ではあっさり見せるんだという何とも言えない悔しさが同時にこみあげてきた。

 そして私はここでも勇気を出して、1人になった甲斐田君に声をかけた。



 (!......来てたのか。テメーも試合か?)

 

 総合体育館が敷地内にあるから私も部活で来たのだと思ったらしい。


 (ううん、今日は甲斐田君のレースを観に来たんだよ)

 (俺の...?何で?友達の付き添いか?どうでもいいけど)

 (う、ううん...。1人で来たよ。甲斐田君のレース、感動したよ。全国大会出場おめでとう。それだけ言いに来たから...じゃあ、ね)

 (あっそ...)


 甲斐田君は終始冷たい反応だったけど、無視されないだけマシだった。だけどこのまま終われない。振り返ってあの!と呼びかける。



 (私!今度の夏休み...7月の初めに地区予選大会に出るから、よかったら甲斐田君...見に来てくれない、かな...?ひ、暇だったらで良いから!)

 途中恥ずかしくなって、言い終えると同時に私が去って行ってしまった。返事は聞けなかったが、走りだす直前に―



 (...ふん)


 甲斐田君の、そんな声が聞こえた、気がした――。





 「―――結局、甲斐田君には私の試合、観てもらえなかったね?試合を目前にこの世界に召喚されちゃったから...」

 「.........」



 俺の前に現れた高園は、唐突に過去の出来事を振り返って話し始めた。どこか丁寧に、主に俺と彼女とのやり取りを振り返っていた。意味が分からないでいる俺は黙って、だがほぼ聞き流していた。


 「あの時...知らずにあなたを傷つけてしまうようなこと言ってごめんなさい。私の価値観を押し付けるようなことしてしまってごめんなさい。独りでいることはダメだってことを勘違いしてしまってごめんなさい!...でも、あなたがこの世界で犯してきた罪は赦されない!」


 「......」


 あれはあれ、これはこれって言いたいそうだな。まぁ正論だが。そんなことよりやっと振り返りが終わったところで、気になっていたことを訊くことに。


 「最後の狙撃...矢が見えなかった。とんでくる気配も音も、何も感知できなかった...。矢が瞬間移動して俺の心臓を射抜いたような一撃だった。アレは、テメーのオリジナル技か...?」

 「......そうだよ。甲斐田君にも絶対感知できない、避けられない狙撃。

 “見えざる矢” これが私が編み出したオリジナル狙撃技だよ」


 弓を構えてみせるが肝心の矢が無い。そのまま弓を放つ動作をすると、1秒もしないうちに瓦礫を破壊する音が聞こえた。


 「今のは、テメーの狙撃で...?」

 「うん。矢に“隠密”と“気配遮断”を付与させて、矢の存在を完全に隠蔽させることを可能にしたの。私は、武器に無数の技能と魔法を同時に付与できるようになった。そういう素質があるって、鍛錬の中で気付いたの。狙撃が主戦法の私にとって、矢や弾を強化させることが私の戦力を大幅に上げられるって確信した私は、付与技術を磨いてきた」

 「......ふうん?」

 「そしてこの戦争では、美羽先生の回帰魔法と私の狙撃で甲斐田君を無力化させるっていうミーシャ様の戦略に従い、この戦いの勝利に貢献できたわ...。

 けど、流石は甲斐田君だね。あれだけ離れていた私に全く隙を見せなかった。確実な隙をもっと早く見せてくれれば、すぐに美羽先生の魔法付きの狙撃で終わらせたのだけど、それを中々許しては、くれなかったね。甲斐田君、頭と心臓を庇いながら戦っていたから、見えない狙撃をしてもその2つのどちらかに当たらなければ意味無いから...。最後に倭さんが来てくれたお陰で、そして美羽先生のお陰で、あなたの無力化に成功できた…」


 などと、俺が気になっていたこと全て話してくれた。


 「随分ご丁寧に全部明かしてくれたな?自分の切り札をあっさり話しやがって、次はテメーの狙撃は絶対に効かねーぞ?」

 「“次”なんてもう無いよ?あなたにはもうあんな力は戻させない...絶対に。皆を殺したあんな恐ろしい力なんて、絶対に返させない!!」

 「......くそっ」



 こいつの言う通り、もう完全に詰んだ。アレンとカミラが来たとしても高園と八俣、さらにクィンと戦わせるのはキツい、分が悪過ぎる。スーロンたち鬼族、ドリュウは?

 いや...あいつらは魔族。これは俺と連合国軍との戦争だ。部外者の彼らを巻き込むのはダメだ。俺自身で解決しなければならない。

 だからこそ詰んでいるのだが...。


 そうして悩ませていると、ミーシャ・ドラグニア本人がやって来た。半年前より少し伸びた青髪を後ろに束ねて白い軍帽を被り、白主体のローブを着ている。背も少し伸びたか?

 それにしても敗戦男の面でも拝みに来たのか?このお姫さん...こいつも随分化けたな...。あの時殺しておくべきだっただろうか。奴の境遇に、自分のと重ねたせいで殺す気...復讐する気が失せてしまった。

 だがそんなの知るかと、心を殺して奴を消しておけば、俺はこうしてお縄についてなどいなかっただろうな...。俺のミスだ。


 「こうして直接お会いするのは、半年振りですね...コウガさん」

 「ああ。身も心も随分成長したようだな?まさかカミラの軍略を上回るなんて、想像以上に強くなったな」

 「身も...?そ、そうでしょうか?あ、いえ......コウガさん、あなたをどうするかは、ガビル国王様やフミル国王様に打診し、ここにいる全員の総意で決めます」


 ここにいる、ねぇ?米田は今も気を抜かずに魔術を継続。あれは俺の死を確実に望んでいる様子だ。

 八俣は無表情でいるまま。あいつは上の意思に従うって感じだ。奴本人の意思は知らないが。

 高園・藤原は殺すことは考えていない様子だ。だが無罪放免させる気も絶対ないだろう。日本でいう無期懲役あるいは終身刑に処する方針を唱えるか。

 ここにいないクィンはほぼ確実に俺の死を望むだろうな。正義のままに、俺を断罪すると考えられる。


 どちらにしろ俺に未来が無いのは確実だ。不死性MAXの俺の処刑法なんて、封印か拘束し続けるかぐらいか。あとは聖水に漬けて溶かすとかか。とりあえず目の前のお姫さんに聞いてみる。


 「で?テメー個人としてはどうしたい?大規模殺戮をやらかしたこの俺をやっぱり消すべきだと考えているのか?」

 「私は......コウガさんを私の管理下に置いて収監しようかと、考えております。不死性質の貴方を殺すことが出来ない以上、貴方の力で破れない結界に閉じ込める...今はそれくらいのことしか思いついてません。貴方が更生してくれるのなら、刑が軽くなる可能性はあります。いえ、私がそうさせます!」


 要するにお姫さんが俺を引き取って監禁し続ける、っていう解釈でオーケー?それもそれで嫌だなぁ...。つーか何照れながら答えてんだよ?止めろマジで。

 一度殺したいと思った女と、しかもそいつの軍略にやられたっていうのに、そいつの下で監禁とか辛いわマジ。


 「...こいつについての沙汰は、一旦保留にしろ。今は負傷者の手当が優先だ。藤原美羽、彼女がいちばん深刻だ」

 「そうですね。では、ミワさんの介抱を先に...」

 「私の治療は、自分で出来ます。他の生きている兵士さんたちの介抱を先に...」 

 「美羽先生、無理しないで下さい!魔力がほとんど残っていない状態で回復魔法を使ったら...!」


 俺の処分については後回しにして、負傷者・生き残りを集めて王国へ帰還するという流れか...。あーあ...ここまでか。

 俺の敗北という結末でこの戦争は終わ――







 「――何やら派手に揉めていたようだが、もう終わったようだな...?」



 「っ!!何...!?」


 突如として冷たい声音が割って入り、八俣が血相を変えて刀を抜いた。彼が睨む視線の方に目を向けると......そこには異質な集団が現れていた。


 というかあれは......魔人族、だ...!



 「お前の戦気が突然弱くなって捜し出すのに手間がかかったが、ようやく見つけたぞ...。

 カイダコウガ...!!」



 その集団の中で、一際異彩を放つ黒髪の男は、俺に強い殺気を向けて睨みつけながら、そう言い放ってきた。




 この戦争はまだ終わらない。むしろ、荒れるぞ...!

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