119話「そして勝者は静かに笑む」


 「がふっ!ごあァっ...!!」


 俺の全身から血が噴き出た。血反吐をまき散らしながらその場で倒れかけた。視界が真っ赤だ......頭からも大量に血が出ている。


 (血を流し過ぎた...意識が朦朧としてきた......これはマズい。早く、回復、を...)


 さっきまでのあの打ち合いの中でも、俺は高速回復を発動し続けていた。でなければ激痛のあまりに集中が途切れて、打撃の受け流しに失敗して相手のカウンターで吹っ飛ぶか、負荷で自壊するかのどちらかになってたからな。

 そのお陰でどうにかカイダの奴にくらわせて終えたが、全てはね返すことは出来なかったようだ。今も全身が千切れそうな激痛に襲われて意識もとびそうだ。ダメージが大きい部位から回復していくが、治りが遅い。全身がかなり破損しているものだから再生が間に合わない。


 「早く、奴を無力化しなければ...細切れにしたまま力が入らないよう拘束して封じ込めて、深い海底か地底のどこかに埋めて永遠に封印してやらねば、な」


 体を動かす度に全身が軋む。その原因はさっきのダメージ以外にもある。


  ( “限定進化”の負荷も大きい...)


 少しはしゃぎ過ぎたな......徐々に体が動かせるようになってはいるが、安心できない。

 カイダは...どこだ?さっきから気配がしない。もしかしてさっきの一撃で、再生できないまま消滅したのか?それならば僥倖だが、楽観し過ぎだろうな...。





 「打ち合いに勝ったというのに、えらく苦しんでるじゃねーかよ。ラスボス野郎」



 ......やっぱりな?アレで終わらせてはくれない。まったく、ふざけたイレギュラーゾンビめ。まぁいい......次で確実に終わらせる...!!


 魔人族の中で...俺にしか発動できない「最後の切り札」を使って、

 奴を仕留める...!!

 



 (あっっっっっぶねえええええええええ!!どうにかセーフッ!!)


 何秒...いや何分経ったのか、どうにか戻ってこられた。不死のゾンビとはいえ、細胞1つ残らず消えるようなダメージを負えばさすがに消えるのではと思っていた。

 だがしかし、あのふざけた超絶倍返しにも、俺はなんとか首の皮一枚で耐え切れたみたいだ。塵サイズになるくらいバラバラになったのか知らないが、細胞が1つでも消えないで残ってさえいたなら、俺は再生できる!


 こうして生き残れたのも、あの獣人王から奪った固有技能「超生命体力」のお陰だ。自身の防御力に加えて、獣人族特有の固有技能が合わさって、超頑丈で規格外の生命力を宿した身体になれていた。結果、あのクソヤバい威力になった打撃で消えることなくこうして元に戻れた...!

 視界が戻りすぐ敵の方を確認すれば、打ち合いを制した方のあいつもタダでは済まなかったらしく、かなりボロボロになって消耗もしていた。今すぐに殺しにいきたいが、こっちもまだ不完全だ。


 「悪いな消えてなくて...。あのカウンター合戦がテメーの勝ちに終わったのは癪だったぜ。何せ自分の技で打ち負かされたんだからな」

 「そこは能力値の差の問題だ。俺とお前とじゃ格が違う。所詮人族が魔人族相手に身体能力で勝てるかよ。とはいえあの超絶な負荷にはさすがに参ってはいるが」


 全身が再生したとはいえ、筋肉や内臓などの中身はまだ再生途中だ。時間をもう少し稼ぐべくまた軽口を叩き合う。不敵な笑みを見せ合い、殺気をぶつけ合う。戦いは中断されていない、こうして今も続いている。


 睨み合ったまま一分経過後、中身もようやく全快して完全復活を遂げる。それはザイートも同じのようで奴の体に傷は無くなっていた。

 これ以上睨み合うのは無意味だ。こっちから仕掛ける...。


 「さっきのカウンター技、使うなら使えばいい。ただし俺はもう使わねーぞ。またあんなやり合いをするのはもうしたくない。神経を使い過ぎるからな」

 「はっ、所詮付け焼き刃では長続きしねーものなんだよ。といっても俺もアレはあまり使わない。ここからは俺も攻めに出まくるからな...!」

 「そうか...。ならばやはり俺もここからは切り札……本当の力を解放するとしよう。

 “限定進化”をさらに超越する次元―――“限定超進化”だ」


 (超...進化?)


  ザイートにはまだ隠している真の力があるらしい。直後、ザイートの体から闇色の光が噴き出てきた。今までのとは比べ物にならない程の、超濃密なオーラ・魔力が出てきて、ヤバいと思わずにはいられなかった。

 

 「教えてやろう。今存在する魔人族の中で唯一俺だけが発動できる切り札――“限定超進化” 

 更なる力…最強を求めて研究し己を高め続けたことで俺だけが辿り着けた境地の果て、全ての頂点。全てを超越した力を今、発揮する……!!」



 “限定超進化”


 ザイートが「それ」を発動した瞬間、魔力とオーラ、プレッシャーがさらに強くどす黒く溢れ出す。同時にザイートの形も変わっていく。背丈はそのまま、肥大化していた筋肉は凝縮していき体はむしろ細くなっていく。そして奴の体からはさらに濃くなった瘴気が出てきた。


 「……………!」

 「これが俺の隠された真の力… “限定超進化” だ。 “成体”になった者だけが辿り着ける進化の極致、究極の力そのものだ。

 今やこの俺こそが、この世で最も強い」


 その隠しきれていない力は、空間を歪ませる錯覚を見せてくる。「鑑定」してみると能力値は「限定進化」状態の倍以上になっていた。ほぼ全てが十億越えの能力値だ……。


 今のザイートを言葉で表すのなら、まさに「究極」。奴は言った通り究極を手に入れた存在なのだろう。この世界の誰よりも強いと冗談抜きでそう言える。

 けどな……

 

 「終盤になってさらにパワーアップするってのはテンプレ…お約束だ。だけどパワーアップできるのがテメーだけと思うな?

 俺もまだまだ強くなれるんだよここからなぁ!」


 (脳のリミッター 100000%解除!!)


 リミッターをさらに解除すると俺から攻めに出る。顔面をねらった光の速さ並みのジャブを放つ。が、容易く拳を掴まれる。更なる力のリミッター解除が必要だ!

 修行期間では到達したことがなかった大台の十万越えのリミッター解除。対する俺の体は……ちっとも壊れていない。まだ余裕だ!さらに10000%解除。

 途端、拳を掴むザイートの手が震え、俺が押し始めた。そのままへし折ってやるぜ!


 「そうか……お前は俺と違って何度もパワーアップできるのか。なら、ば…すぐに決着を、つけなければ、な…………。」


 「――!あ……?」

 

 ゴッッッ!!


 ザイートが何か呟いた瞬間、俺は数百m吹っ飛ばされていた。あ、腹に穴空いてる。

 直後、背中に蹴りの衝撃が。脊髄が破壊されていた。


 「ごへぇ……!」


 何が起きたのか、考える間もなく俺は地面に叩きつけられて、周りの地盤も崩壊した。おそらく腹を思い切り殴られて吹っ飛ばされ、その俺に瞬時に追いついた直後に背中目がけて垂直蹴りをかましたのだろう。

 たった二撃で胴体の骨・内臓がぐちゃぐちゃになってしまっていた。リミッター解除で数段強くなったはずのこの身体が、だ。攻撃力二十億台の火力はここまで規格外らしい。次元が違う。

 そうであればこいつの攻撃は絶対モロに当たらないようにしなければならない。その為には耐久力を上げる?無理だ。俺にそんな技能は存在しない。だがそれ以外の能力値を上げられる...速さだ。

 脳の限界を解除することで火力・速度を俺は無限に高められる。今の解除率でまだ敵わないっていうなら、さらに上げるまでだ!


 「120000%...!」

 「.........」


 再生した体を強引に動かして無理やり速く走らせる。生ある人間だったら痛みがくるもしくは心が壊れているだろう。けど俺にそれらは無い、ゾンビだから!

 さっきよりも速くなった今なら奴の動きを躱せ――


 ブシャアァ...!!


 ――なかった。横腹に黒い雷を纏った鉤爪の爪撃をくらう。体が千切れかけて腸がとび出す。直撃は避けられたものの完全な回避にはまだ速さが足りないらしい。


 「まだ、だ!150000%!!」

 「…………」


 一気にリミッターをさらに解除して、感じたことない力を解放させる……って、鼻血が出てきた。あと目も充血してきた。いけると思ったけどやっぱり十万を超えるリミッター解除の負荷はデカ過ぎたか。しかもあまりにも自身の速さに少しバランスを崩しかけた。強過ぎる力の扱いは本当に困難だな。力を有するこの器が先に壊れようとしている。

 けどこの程度なら体の崩壊の懸念はまだ大丈夫だ。それにここまでのリミッター解除のお陰で今のザイートの動きも見切れるようになった。攻撃を躱せるようにもなった。

 何より――――


 「―――ハァッッッ( “絶拳”)」


 ――ズドォン!「ゴ、ア”...!」


 火力がめちゃくちゃ上がっている。奴の超凝縮された強靭な肉体にダメージを与えた。怯んだ隙をみてさらに畳みかけに出る。

 胃、肝、腎臓、股間と人体の急所を正確に殴り、蹴りまくる。予想通り有効だったらしく、ザイートにやや苦悶の表情が見られた。

 が、殺すまでには至らず、最後の急所を突いた直後、奴から闇色の「極大魔力光線」が飛んでくる。

 奴の魔力はそんなに高くないとはいえその威力は凄まじく、くらうと体が炭みたいになって崩れていく。すぐに真横に跳んで脱出。体の欠損が大きいせいですぐには動かせず、その隙を突かれて全身を鉤爪の爪撃で滅多刺し・引き裂かれる。


 「………」


 攻撃している最中のザイートの顔がちらと映ったのだが、奴の目には光がなかった。というか、奴から人の感情自体が消えたようにも見える。最後に何か呟いて以降何も言わなくなってるし、雰囲気が完全に変わっていた。

 「限定超進化」とやらを発動したことで、感情とか何かが欠落したのだろうか。強大な力は身を滅ぼす…そのことを身を以て知っている俺には他人事に思えなかった。

 今のあいつは、ただの殺戮人形と同じか……そうなってでも俺を消したかったのか、この世でいちばん強くなりたかったのか。本物の化け物になってでも、この世界全てが欲しいというのか。


 「上等だ…!片や力のリミッター解除と引き換えに体を壊すリスクを持つ者。片や究極の力を得る代わりに感情を失う者。

 何かを犠牲に大きな力を得てパワーアップする者同士、とことん潰し合おうぜ!!」


 さらに10000%解除。行くぜ...!!


 拳と鉤爪、蹴りと蹴り、時には魔法が出てきてそれを障壁や相性の良い魔法で相殺してまた接近して素手で殺し合う。腕が、内臓が、脚・足が、たくさん吹っ飛び、血が大量に流れ出る。二人しかいない戦場だが、辺りには夥しい血と肉片が飛び散り転がっていて(しばらくすれば消えるが)、血みどろの戦場を思わせる。


 奴があの姿になって、俺はいったい何度死んだのだろう?致死量を余裕で超えて風呂桶が満杯になる程の血を流し、心臓や脳をいくつも破壊され、体を何回も真っ二つにされて、首も刎ねられて...。意識がとぶ直前、咄嗟に魔法で目をくらまして、奴の体の一部を消し飛ばした隙に避難して回復してまた立ち向かっていく。


 俺は既に数度、数十度も奴に殺されて敗北していると言っていい。普通ならとっくに戦いは奴の勝ちで終わっているはずだ。

 だが...俺は死ぬことはない。とっくに死んでいるのだから。こうして何度も何度も回復して戦える。それこそ、相手が死ぬまで続けられる。はるか格上で滅茶苦茶強かろうが、奴の命は一度きり。残機∞の俺に、負けは存在しない!!

 しかも、俺はまだ強くなれる!脳をスパークさせてでもさらなる強さを引き出して、常に強化し続けられる。相手が格上?上位互換クラス?ならばそれを上回るまで自身を強化すれば良いだけ!!体が壊れようと関係ない、苦しくもなんともない!


 何せ俺は――




 「200000%!!」

 



 ――痛みを感じないゾンビだから!!!




 「ああああああ!! “廻烈”!“絶脚”!“絶槍”!!」


 カウンター技・「連繋稼働」を使った武撃。


 「 “五月雨”!“羅刹撃”!“修羅突き”ぃ!!」

 「......!!」


 オリジナルだけじゃない、鬼族直伝の拳闘武術も使った、激しくも正確な連撃。


 自分が持つ全ての武技を、目の前の格上敵にぶつけまくる、無我夢中で。奴にダメージを与えられているかどうかは分からないし考えてもいない。奴が壊れて完全に動かなくなるまでひたすら殴り蹴るって決めたから。そうすればこの戦いが終わるって思ったから...。





 知らないうちにどこかの大陸に着いていた。あれから何分経ったのか、意外にもあっさり、 “その時”がやって来た。



 俺が最後に放った攻撃は、今まででいちばん細かく力と速度を体内でパスさせた、超絶大なエネルギーがこもった拳の一撃だった。

 踏み込み足からパスを始めて、その足と同じ方の腕からも力・速度を送る。反対の方の足は、親指から始めて足首へ。

 腱→大腿→股関節→腰→体幹...細かく繋いで、手首まで行けば、あとは全てをそこへ!

 繋ぎを細かくすればするほど、精度・威力が上がる。その分隙が大きくなるからあまり使えない。


 だが今は、奴に隙がある!

 鉤爪で斬り裂きにくる直前、奴は突然吐血して攻撃を止めた。超進化とやらによる負荷でそうなったようだが、どうでもいい。戦場で隙を見せた奴が悪いのだから!!

 「絶拳」を放つ為のパスをさらに細かくして強くした、言わば上位互換。技は、そうだな―!?




  “超絶拳”


 うん......相変わらず安直だ!

 が、威力は名に違わず超絶だった。


 ――ボ、ゴォ...ン!


 ザイートの胴体がほぼ消し飛んだ。上半身は肩・腕、脇腹・横腹しか残っていない。


 「ア”、ア”ガ、ァ...!!」


 掠れた声を漏らしながら、ザイートは自分の血の水溜まりに倒れた。けど俺の腕も、無事じゃなかった。


 「中身が丸見えだ...あーあ、ぐしゃぐしゃになってる」

 もはや皮だけで繋がっている左腕をぶらつかせながら、俺はまだ攻撃を続けた。


 「 “超絶脚”!!」


 さっきの細かいパスの要領を、今度は脚主体で放ち、ザイートの下半身を破壊した。同時にこっちの右脚がボロ切れに......まだ攻撃は止めない。


 「らあああああ”あ”あ”あ”あ”あ”ァ!!!」


 マウントを取り、右腕だけでザイートの顔面を殴り続ける。飽きることなくずっと...。その拳には、恨みや怒りもこめられている。


 そうだ、これは復讐だ。殺す予定だった元クラスメイトの一部を横取りした分、半年前のズタボロにやられて手抜きもされた借り、こいつら魔人族が存在したせいでお姫さんらが俺を召喚しようと考えるようになったんだろうがっていう婉曲的な恨み。殺す動機はそんなところか!

 復讐なら、相手をとことん痛めつけて苦しめるのが当たり前だ。胴体を消滅させようが、下半身を破壊しようが関係無い。攻撃の手を止めてはいけない。憎い敵をどこまでも攻撃し続ける、完全に死ぬまで。それが復讐だ。


 「テメーが憎い...!だから、その体に地獄の苦痛を与えて、ぶっ殺す!もっと、苦しめええええええ!!」


 直後――


 「――カァッ...!!」


 50発目くらいの拳を入れようかとのところで、刮目したザイートが口から超濃密の魔力光線を放ってきて、俺は数十m吹っ飛ばされた。

 

 「くそ、不意突かれたか...」

 「......ハァ.........ゲホッ!......意識が戻ったかと思えば、随分なやられようだ......お互いに」

 「!テメー言葉が...」


 久々に奴が人の言葉を発したことに、思わず驚嘆した。自嘲気味に笑みを浮かべて、フラフラと起き上がって俺の方へ近づいて来る。


 「ったく......どれだけ殴れば気が済むんだお前、は...。そんなに俺が、に、くいのか...。随分、恨み、を......買ってしまって、いたようだな...!」


 かなり弱っているらしく、途切れ途切れに言葉を吐きかける。その目にはまだ戦意があった。高速回復で体を修復させ、鉤爪武装して駆け出した、が―




 「っ!?がはっ...!!ごほぉ!!」

 「!?」


 走り出してすぐに、奴の体から滝のような量の血が出て、膝をつける。立とうとするも、足に力が入らないようで、その場に倒れ伏した。


 「......どうやら、魔力が完全に尽きて、活動...生命の限界が訪れたようだ...。この最後の進化形態も、もうじき解け、る......」

 

 忌々しそうにそう言った直後、ザイートの体からが出て行き、蒸発するように溶けて消えた。同時に、奴の形が最初の頃に戻っていた。それだけじゃない。


 「テメーの能力値が、低下しているな......今の俺より大きく下回っている」


 どういう理由か、体力の減少とともに全ての能力値が低下し続けている。少し前に遭った魔人族どもよりも、弱くなっている。


 「それが、あの力を使った者の、代償という、ものだ...」

 仰向けになったザイートが、焦点合わない目をさまよわせながら呟いた。誰が見ても、そいつの命がもう長くないということが分かる様だった。そしてその張本人は――





 「お前の......勝ちだ」


 ――そう、宣言した。


 はじめは実感がなかった。こういうのは、こちら側の最後の一撃が決め手で終了するものが、お約束なのだろうから。


 「.........なんか、こんな決着になるとは予想してなかったけど......とりあえず、あれだ――」


 数秒間、その言葉を受け止めて理解して、やがて勝利と復讐の達成を実感できた俺は、静かにほくそ笑んで小さく呟いた...







 「――ざまぁ」

 

 

 そして俺は、自分の意思とは関係無しに、どさりと前のめりに倒れてしまった。





  血反吐を吐いて肉片もまき散らして、血みどろになりながら足掻いてもがいて身を削りながら繰り広げた死闘が、終わった瞬間だった。


 それは、実際は短い出来事だったのだろう。だが俺にとっては、とても長く感じられた時間死闘だった...。











*途中区切れなかった。

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