97話「そして静かに宣言する」


 森林っぽい地帯の中で俺たちはまたも足止めをくらってしまう。

 相手は全員、兵士レベルの強さを持っている。どうやらここは獣人兵士どもの住民地区のようだ。

 見回すと、どれも強者のオーラを出している獣人たちが勢ぞろいしている。

 

 「獣人族は種によって能力値の素質・固有技能のレア度・強さが上下するようです。私が知っているうちでは、猫種・猿種・牛種・豚種・犬種と続くそうです。猫種...特に獅子が国のトップの武力を持っていて、虎や豹がそれに続きます」


 ライオンが最強...百獣の王ってところか。この世界でもライオンってそういう認識なのね。

 で、カミラの言ったことが正しいなら、この状況は中々厳しいだろうな。何せ、俺らを囲んでいる獣どもは、大半が猫種の獣人だからな。


 虎、豹、チーターあたりがかなり高い戦闘力を持ち、ゴリラや闘牛、オークや猪などもさっきの熊どもよりも強い。この国の最大戦力が今ここに集結、ってところか。


 これだけの軍勢ならば災害レベルのモンストール群にも引けを取らないだろう。

 対するこちら側は、俺を除けば鬼族4人だけ。だいぶ分が悪い。スーロンたちもそれが分かっているらしく、険しい顔をしている。


 「同胞たちを仕留めてここまで侵攻してきたようだな、鬼族ども、そして...人族かお前ら二人は?まぁいい、いずれにしろここまでだ。鬼族が我らの領地に踏み入れただけでなく殺しもしたこと、後悔させてやる!!」


 リーダーっぽい虎種の戦士がアレンたちを射殺さんとばかりに睨みながら叫ぶ。俺とカミラには若干訝し気な視線を寄越したが特に糾弾することはなかった。


 「ダンクの言った通りだな何もかも。ここに来てからずっと鬼族に対する憎悪の視線と言葉がとんできてる。かなり根深いな」

 「それだけ獣人族にとって鬼族は天敵であり、辛酸を舐めさせられてきた憎むべき仇である、ということですね...」


 俺の言葉にカミラが同意してそう言う。亜人族は自分を害した個人の鬼のみを憎むだけ(排斥派はそうではなかったが)に止まっていたが、獣人族は鬼族そのものを嫌い憎み恨んでいる。差別意識が出ている。そんなところだ。

 今にも両者とも飛び出そうといったところで、奥から格段に強い気配がした。アレンたちも気付いたらしく思わず虎戦士から目を後方に向けた。


 「!?...ボ、ボス...!」


 気配を察知した虎戦士たちもやや驚いた様子で後ろを見て、そいつを“ボス”と呼んだ。ってことはそいつこそが...


 「“国王”と呼べと言ってるだろうが……まあいい。

 よぉ鬼族の生き残りどもぉ。ようこそカイドウ王国へ。俺がこの国の王で獣人族のトップである、ガンツだ!」


 見た目が完全に人型のライオンといった、厳つい男の獣人…ガンツは、自分をそう名乗った。


 「やっと会えた...獣人族の族長。私は金角鬼のアレン。仲間たちに会いに来た。それだけ。早く会わせて」


 アレンは自分の用件を手短に伝えて威嚇するように仲間を会わせろと促す。


 「なるほど、やっぱりそれが目的だったか。わざわざ鬼族どもがここに来るということは、この国にいるあいつらに用があるってことだろうなぁ...。

 はっ良いだろう、会わせてやるよ。付いて来いよ」


 ガンツはあっさりアレンの要求を受け入れ、振り返って案内をし始めた。良いのかと疑問を呈する部下たちを宥めながら王宮方面へ歩き出す。


 「...コウガ、行ってもいい?」

 「んー。やけにあっさり案内してくれるよな。けど嘘は言ってない、本当に鬼族たちのところに連れてくつもりだぞ?ここはとりあえず付いて行こうか」


 俺が同行を提案したことで全員、武器を収めてガンツの後を付いて行くことに。その間獣戦士どもがこちらを睨んできたが無視した。

 アレンは今にも殺そうといった様子だったがどうにか耐えてくれた。


 王宮の地下に移動したところで、俺たちは嫌な予感がした。

 予め覚悟していた予想が的中してしまってると。ここに来るということは、そういうことだろうから...。


 「教えてやるよ生き残りの搾りかすども!これが、お前らのお仲間どもの今の有様だよ!」


 地下にある一室の部屋...モニターがいくつもあり奥に何か貯蔵庫っぽい物がいっぱいある場に招き入れたガンツは、両腕を広げて嘲笑いながら全てを晒した。同時にモニターが映り、貯蔵庫の扉が開く。それぞれに映っていたものは―


 「う...そ......」

 「こんな、こと、に...なって...!」

 「な、にこれ...!嘘だよ、ね...?」


 スーロンたちは信じられないといった様子で呆然とそれらに映った光景を、絶望しきった顔で見て、掠れた声を出した。無理もない。

 俺も若干、「これはないわー」って思ったくらいだ。


 まず貯蔵庫の中にあるものについてだが、貯蔵庫にあるってことは、そういうこと。

 つまりは保存されていたんだ……「食糧」として。

 何が?無論、彼らのなれの果てがだ。質が悪いことに、その肉の形なのだが、カットされておらず鬼の形を留めておいたままなのだ。

 だからそれらが鬼族たちのなれの果てだとすぐ気づいた。保存の仕方が雑、衛生面がどうのとか言う以前の問題だ。

 完全に死者というか、鬼族を冒涜してやがる。ただ食肉としてだけじゃなく、“鬼を食い物にしている”ということを主張するためにそうしているように見える。


 食肉に加工された鬼の肉は、数十は下らないほどにあり、それらはいくつもの貯蔵庫に分けられて保管されていた。


 次にモニターに映っているものだが、録画用とリアルタイム用のが左右に分かれている。

 まずリアルタイム用には、ボロ衣装で傷だらけの鬼族たちが労働を強いられていた。作物の収穫および田植え、土地開拓、採掘、そして...獣人たちのサンドバッグなど...今もああやってボロく傷ついた格好で強制労働をさせられ、虐げられているのだ。


 そして何よりも酷いのが、録画用のモニターに映っていた内容だ。リアルタイムに映っていたものは勿論、鬼たちが貯蔵庫にある物になるまでの終始過程や、泣き叫ぶ彼らを嗜虐的な笑みを浮かべながら暴力を振るう様、女に至っては戦士どもの性処理扱いを受けている様だったりなど、文字通り目を覆いたくなるような、不快極まりない映像が流れていた。


 血と悲鳴と涙ど怒号しかない残酷な光景がそこにはあった...。


 「.........」


 傍にいるカミラは青ざめた様子でモニターと貯蔵庫を見て震えていた。落ち着かせるように組んだ両手に手を乗せると俺の手をギュッと握ってきた。


 「いかがかな?これが真実だ!お前らが知りたがっていたもの全てがこれだ!弱ってこの大陸に着いたあいつらを捕らえるのは容易だった。

 以前から鬼族を恨んでいた俺たちにとってこれほどのチャンスは無かった。復讐する絶好のチャンスがな!!思う存分虐げさせてもらったぞ!労働やサンドバッグに性処理、さらには食糧扱いも何でもした!

 ああ、こいつらの肉だが、意外にも美味かったぞ?実に噛み応えある美味な肉だった!特別に高値で同胞たちに期間限定で売り捌いてやったっけな?

 あと雌鬼どもの体の具合も悪くなかったそうだぞ?俺はしなかったが同胞の何人かはあいつらを気に入ったそうだぞ?

 良かったなぁ!?俺たちを悦ばせることに貢献できたのだからな、あいつらはよぉ!

 クク...ハハハハハハハハハハハァ!!」


 ガンツはこれ見よがしに見せつけて聞くに堪えない鬼族の虐待内容をベラベラ話した。その顔が下衆いのなんの。とても国王とは思えない下衆野郎の顔をしていた。


 これらを見て分かったことは、獣人族は完全に黒だ。しかも、国家絡みで鬼族どもを虐げていた。非人道的行為を強いて、剰え食い物にもしていた。

 何人も何人も鬼族を殺し続けていたのだこいつらは。亜人族と違い憎しみに加えて愉悦の為に殺し続けてきたのだ。


 無関係の俺やカミラでさえ不快に思ったくらいだ。当の本人たちなんか比べ物にならないほど激情に駆られているのだろう。

 事実、ソーンは涙を流して崩れ落ち、スーロンとキシリトは悔しさと怒りで歯を食いしばって涙を流している。二人の目には殺意でぎらついている。今にもあのライオン野郎を殺しにかかりそうでいる。


 そして、アレンは――



 「―――――」



 さっきから、感情の無い目でずっとモニターを眺め続けている。その顔に怒り悲しみ憎しみの一片も見られなかった。


 これは...ヤバい。完全に切れている。彼女はもう極致に達している。

 俺ですら到達したこともないくらいの深くどす黒い真っ暗な底までたどり着いている。

 そんな気がした。


 「はっ、なんだよ金角鬼の女。お前だけ随分リアクションが薄いなぁ?他の3人みたいに泣いたり怒りの形相を浮かべたりしないのか?まったくつまらん、何も感じていないのかぁ?これを目にしてぇ!」


 ガンツはアレンを嘲笑いながら煽りにくる。分かってないなぁコイツ。逆だ。何もかも感じまくってるからこそ、一周回って無表情になってるだけだと。殺人鬼の顔になっていることを。


 「いいものを見させてもらったよ。でだ。お前ら生き残りも、あいつらと同じ末路を歩んでもらう。あいつらを救いにきたのか知らんがわざわざ死にに来るなど愚か――」



――ドゴオォン!!



 ガンツがさらに煽り文句を言おうとしたところに、奴の顔面に憤怒と殺意がこもった拳がモロに入り、奴はモニターの方へ思い切り吹っ飛ばされていった。

 途中、牙らしきものがぽとりと落ちて、今しがたガンツを殴り飛ばした張本人―アレンはその牙を踏み砕いてみせた。


 そして、もの凄い殺気を撒く。獣どもはもちろん、俺やカミラまで怯んでしまった。

 不意にアレンが俺の名を呼んだので振り向くと、アレンは静かな口調でその言葉を口にした。



 「コウガ、みんな。私...この国滅ぼすって決めた。全部壊して殺して、滅ぼす」


 その言葉には、たくさんの激情が込められていた。憤怒・強い殺意・憎悪がこれでもかってくらい伝わってきた。

 これがアレンの抱いている復讐心なのだと、理解した。

 だからこそ、彼女のその言葉に俺は、俺たちは同意し肯定した。


 「わかった。やりたいようにやれ。何もかも、潰せ、壊せ、滅ぼせ!」

 「アレンだけじゃないよ!私も一緒にやらせて!絶対に殺す...!あのクソ国王も、獣ども全て!!」


 俺に続きスーロンもアレンとともに復讐すると言った。キシリトもソーンもやる気みたいだ。俺は彼らの背中を押す。彼女らの復讐劇が開幕した...!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る