89話「どこか似ている」

 雨が降りはじめて、髪や服が濡れていくが俺とアレンは気にすることなく、カミラのもとへ歩み寄る。彼女の前に止まったところで、カミラが口を開く。


 「まさか、あの災害レベルのモンストールたちをあんな風に圧倒するとは...あなたたちには心底驚かされました...」


 どこか敬うような眼差しでこちらを見つめる。とりあえず悪意の類は感じられない。


 「俺の本気はまだまだこんなものじゃねぇ…と、俺のことはどうでもいい。今は、テメーをどうするかって話になるが...」


 俺の言葉にカミラはビクッとさせる。自分の置かれている状況をすぐに理解したようだ。俺たちと彼女とは元々敵関係にある。そこを有耶無耶にして済まそうなんて、都合良い話はあるまい。


 「聡いテメーなら俺が言いたいこと分かるな?戦いに参加していなかったとは言え、聖水なんていう対俺アイテム使うことを提案したのもテメーだったな?固有技能使って俺の行動を逐一兵士に報せて遠隔的に兵士を動かしていた...。

 少し前、この戦争の責任は戦いに出た中でのトップの人間にある、とテメーは言ってたな?けど俺は、死んだ国王どもが言ってたことも正しいって思っている」

 「そ、それは...!」

 「確かに戦争に出た奴の中でいちばん偉い奴...司令塔なんかが責任負う者とされる、それは正しい解釈だ。けど戦場に出ずとも、遠隔的に兵を動かし、状況に応じて離れたところから指示を飛ばす軍略家も関係無いことないだろ?

 戦場にいる偉い奴にも、安全な場所で策を伝えて指示を出して遠隔的に動かしているテメーら軍略家にも、等しく責任がつくべきだ。敗けた時には戦犯者として扱われるべきだと、俺は思うけど」

 「...!!」


 そう。自分は戦場にいない、だから自分は悪くない...っていやいや、それは通らないでしょ。なら戦争しようと決めた国王や総理、大統領にはお咎め無しか?

 俺の通っている学校では、そういう人間が戦犯者として挙げられたと歴史の授業でそう習った。戦争すると決めた奴がいちばん悪いと、世間はそう決められる。


 今回だってそうだ。兵を集めて俺を討伐しようと提案したのはこの女って話だったじゃないか。ならこいつにも責任がつくのは道理だ。


 「あの国王の言ったことは間違ってはいなかった。全て正論だった。もちろんテメーの言ったことも正しいと思ったがな。ま、今回は戦犯者が2人いたってだけの話だ。そのうち一人はもう死んだが」


 モンストールどもと戦った場所を振り返りながらそう言ってやる。カミラから反論の言葉は出てこなかった。国王や俺の言ったことが本当は正しいのだと分かっていたのだろう。否定しなければ死ぬのは自分だったから、それっぽいことを言い募って死から逃れようとしてのあの言い分だったのだろう。

 

 「では、私を殺すのですか...?」


 その目は、殺さないでと縋っているように見えた。実際そう念じているのだろう。対し俺は淡々と答える。


 「そうだな。道理に従うなら、このあとテメーを殺してこの件は終いだ。一部予想外の展開があったが、テメーを殺すことに変わりはねー。」

 「う、あぁ.........」


 俺の感情が一切こもっていない返答を聞いたカミラは声にならない呻き声を上げる。けど俺の話はまだ終わりじゃない。


 「――って、あの国王どもがテメーを責めて、見捨てるところを見るまでは、そうすることに抵抗はなかったんだよなぁ...」

 「......え?」


 突如として態度を変えた俺にカミラは戸惑いの反応。少し俯いてから続きを言う。


 「戦犯者として俺にテメーの首を差し出そうとした時も、モンストールどもから逃げる際テメーだけ魔法かけずに捨てた時も、あいつら全員どこかテメーを憎み蔑む気持ちが強く感じられた。命惜しさに逃げるだけならせめて魔法くらいかけりゃいいのに、まるで死ねと言う感じだった。

 どいつもこいつも、テメーを良く思っていない感じだった。今日会ったばかりの俺でさえそう見えたんだ。テメーでも気づいてたんだろ?

 自分が、あいつらにずっと前から忌み嫌われていたことを」


 「......」


 「テメーみたいに最後は裏切られて捨てられた奴のことを、俺は最近見たことがあるし、よく知っている。そいつのとあまりにも似た状況をさっき見せられたんで、俺は少し気になってしまったんだ。テメーが今までどういう人生を歩んできたのかを。

 ...話してみろよ?テメーの過去を聞いたうえで、この後どうするか改めて決める」


 単純に興味が湧いた。このカミラ・グレッドという女の過去に。あんな……俺の時と似すぎた状況見させられて、気にならないわけがない。

 俺も生前の最後は、あのゴミクズどもに嗤われながら捨てられたのだから。何も知らないままカミラを殺すのは、何だか後味が悪くなりそうだと思ったので、彼女の過去を聞いてみたい、そう思った。

 

 「...それで、私の命が助かるかもしれないのなら、喜んでお話しましょう。私の過去を」

 

 カミラは雨に濡れた髪を整えて、静かに語りだす...。




 


 「私は武家の子として産まれました。父も母もこの王国で位が高い武家出身でしたから、当然その子どもも武に優れているだろうと期待されていました。


 「そんな多くの期待を、私は全て裏切ってしまいました。

 女として、剣や拳闘といった武の素質が絶望的に無いという子として産まれたのです。ステータスプレートには私の職業は“軍略家”と武家の者でありながら全く逆の職業を授かってしまったのです。


 「期待していた武家の者たちは、私をいない者のような扱いをして無視されてきました。けれど両親はそんな私でも失望することなく愛してくれました。産まれてくる子に罪は無い。物心ついたばかりの私にかけてくれたその言葉が、深く心に浸透したのを、今でも思い出します。


 「そんな両親を喜ばせようと、私は自分に出来ることを模索しました。

 そして見つけたのが、軍略家として生きること。武家の者とはいえ職業がそれに関与するものでなければ、いくら努力して修練に励んでも成果は得られない。ならば残す道は、自分の職業の通りに生きていくこと。私はこの王国の軍略家として生きていこう、と決心しました。それは大体、3歳だった時でしょうか。


 「そこからは勉学漬けの日々でした。当時の私と同じくらいの武家の子たちは木刀を振るったり格闘技を習っていたのに対し、私だけ毎日大量の歴史本と軍略家としての勉学本が積まれた机で勉学に勤しんでました。本は、両親が私の為にと王国の蔵書庫から取り出してくれました。

 武の才能が無い私は他の子どもや大人たちに見下されるのが日常で、辛いことばかりでしたが、両親だけは私の頑張り努力を褒めて応援してくれました。


 「10歳になったある時、王国近辺に上位レベルの魔物が住み着いたとのことで、討伐任務が出されました。

 しかし魔物の群れに苦戦して戦いが長引いていると知った私は、任務に出ようとする両親に初めて自分が考えた軍略を伝えてみました。二人とも兵団の中では位が高い人たちだったので私の策を兵士たちに伝えて動かしてくれました。

 その結果、策が上手くいって魔物は討伐、兵士の被害も少なく済みました。


 「あの策は誰が出したものだったのかという国王...ニッズの問いに両親は私の名を出しました。それにより、私は王国直属の軍略家に就任することになりました。

 その後も、強力な魔物の討伐任務や大規模な賊の討伐依頼が出る度に、私は軍略家の才能を発揮して兵を遠くから動かして勝利に導いてきました。国王も民もそして両親も、私の活躍を認めてくれて褒めてくれました。あの時の両親の笑顔は、忘れられません。


 「ただ、他の武家の者たち、特に同世代の者たちは、私の活躍を快くは思っていなかったようでした。武の才能が皆無な私が王国の軍事に大きく貢献出来ていることが妬ましかったのでしょう。勉学に勤しんでいた頃と変わらず、冷たく敵を見るような目で見られてばかりでした。

 貴族にも嫌われていました。幼い年にして王国中から期待と栄誉を受けている私をこれまた妬ましく不快に思っていたようです。


 「この頃から私は何となくですが、 “普通”ではない人間は、下にいても上にいても、認めてはくれない、妬まれて蔑まされるだけなんだと、思うようになりました。

 世間からズレた者は忌み嫌われる。その者がどれだけ善人でも。そう理解してしまいました」



 「......」

 


 「そこから歳月は流れ...今から約5年前。モンストールによる侵攻でこの王国は甚大な被害に遭いました。この時に、固有技能『未来完全予測』が発現されて、それを使った私の策略でどうにか被害を抑えて侵攻から逃れられました。


 「ただ...先陣切って出た両親は、奴らに殺され帰らぬ人となりました。戦場に出る前に私に残した最期の言葉は...行ってきます、それだけだった。必ず帰ってくる、そういう想いを込めてのあの言葉だったのでしょう…


 「軍の勝利、人を死なせない、その為に軍略家になったというのに、最愛の父と母は死んでしまった。悲嘆に暮れていることが許されなかった私は、王国の存続の為に必死に頭を働かせてより優れた軍略を展開してきました。


 「両親がいなくなった後、私を身近で支えてくれる人は誰一人いなくなりました。武家の者たちも相変わらずで、いつしか国王も民も私の優れた策を期待するだけで私を労わることはしてくれませんでした。

 孤立感に苛まれていましたが、王国の為に命を燃やした父と母の遺志を継いで、それでもと王国に尽くし続けました。誰一人、心を許せる人が傍にいないままずっと…」




 話している時のカミラは、感情豊かだった。両親の話になると懐かしむような表情で、武家の話になると暗い表情で、そして両親の死のところは悲痛そうな顔で話していた。



 「才能が無くて見下されてきたから出来ることを探して、見つけたそれを磨き上げて成り上がったら、今度は妬まれてしまう...。あの家から異端者として産まれた私は、下でも上でも負の感情湛えた目で睨まれる運命だったのでしょうか...?

 みなと同じ“普通”じゃなかった私だから、認めてもらえず、むしろ排他的な扱いを受けることになってしまったのでしょうか...?」


 カミラは空を見上げて掠れるようにそう言った。俺はそれに答えられずにいる。答えを聞こうとはしていないからか、彼女はさらに続ける。


 「私に期待していた国王や民、他の王族だってそうです。勝手に期待して私の心労など考慮しないで、かける言葉は優れた策を出せだの国を存続させる為の策略を展開しろだのばかり。私の頑張りや貢献に対する感謝や労いなどあって無いようなもの。皆、空っぽの言葉を投げかけるだけ。時には私の固有技能を気味悪く言う人もいました。

 「そして終いには、こうして捨てられている。父と母のように王国の為に尽くしてきた結果が、コレです。

 本当に、何だったのでしょうか私は...?

 「才能が無いから努力して上りつめただけなのに認めてくれず排斥される。

 勝手に期待しておいて勝手に切って捨てる。

 私は...ただ、出来ることを全力で励んで、尽くしてきただけなのに...!」


 途中から愚痴というか何か...俺たちに向けて言ってるものじゃなくなった。

 自分を排斥した奴らと期待するだけして最後は捨てた奴らに対しての恨み言を、空を見上げながらこぼしていた。その目には雨水なのか涙なのか、水が溜まっていた。


 「どうして、私がこんな目に遭わなければならなかったのでしょうか...?ただ“普通”に生きていたいだけなのに...嫌われてばかり。父さま...母さま...」


 カミラの言葉を...俺は嗤うことも蔑むこともしなかった。というかさっきから心が揺れっぱなしだ。ここにきて確信した。



――彼女は俺と似ている。



 具体的にはその境遇が、どこか似ているのだ。

 幼少期から敵が多く、常に諍いを起こして敵をつくってきた俺と、才が無く見下されてそのくせ成り上がったら妬まれて疎まれてきたカミラ。


 将来国にとって使えないものと分かると蔑み虐げて、最後は嗤われながら捨てられた俺と、それとよく似たことをさっきされたカミラ。


 中身は少し違えど、俺たちは似た仕打ちを受けてきた...。

 

 と、カミラが突然こちらに向き直り、話の終わりを告げた。


 「私の過去は以上です。それで、私が言うのもなんですが...それでも言わずにはいられないのです。私の命がかかってますから...!」


 そう言いながら、濡れているにも関わらず、その場で地に手をついて、土下座の体勢で、懇願した。



 「カイダさん、私を殺さないで下さい...!!見逃して下さい!!赦して下さい!!こんなところで惨めに死ぬのは、厭なんです!こんなところで最期を迎えるなんて、あんまりです...!こんな人生のまま終わりたくない、です...」


 涙を流しながらも俺から視線をそらさずに命乞いをする。


 (“普通”ではない人間は、下にいても上にいても、認めてはくれない、妬まれて蔑まされるだけなんだと、思うようになりました)


 “敵”と認識されたら最後。そいつがどんなに成り上がってもどいつもこいつもそいつを決して認めようとはしない。かつての俺のように。


 (みなと同じ“普通”じゃなかった私だから、認めてもらえず、むしろ排他的な扱いを受けることになってしまったのでしょうか...?)


 普通じゃない・理解できない奴は、距離をとられ、やがて虐げられて排斥される。それは悪人に限らず、人畜無害な奴さえも対象になる時もある。

 こういうのがリアル...くそったれな社会現実の全貌だ。

 

 (どうして、私がこんな目に遭わなければならなかったのでしょうか...?ただ“普通”に生きていたいだけなのに...嫌われてばかり)


 ...本当になんでだろうな?普通にいたいだけだというのに、邪魔するゴミクズばかり。それらを排除すれば俺が糾弾され排斥される。悪いのは全て俺?


 違うだろ!邪魔するあいつらが悪い!普通でいようとする俺にちょっかいかけるゴミカスどもこそが、悪だ!排除されるべき害虫だ!! 

 努力している姿を嗤い邪魔をして害する、そんなクズ野郎を潰して何が悪い?


 カミラの言ったことが、頭の中で反響していく。同時に元いた世界での糞な出来事も思い出される。

 ああ、そうか。俺は...彼女の言葉・想いに、共感しているんだ。

 そんな奴を、俺はこれから殺すのか?


 「コウガ」


 アレンに呼ばれて振り向く。アレンは優しく微笑んで俺の頭を撫でる。

 「コウガのしたいようにすれば良い。コウガが正しいと思った方を選べば良い。コウガなら、もう分かってるんでしょ?自分はどうするのか」


 ...そうだな。決まっている。俺は――




 「殺さない。殺す気はもう失せた」


 カミラを殺さないことを、選択した。

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