第41話

 短い時間の面会からの帰路、エントランスが見える位置まで来たところで、ようやく他の使用人たちの張り付くような視線がなくなった。

「少しいいかしら」

 こちらの歩く速度などお構いなしに歩を進める大柄なメイドに声を掛け、引き留める。

 忌々し気な目をして振り返ったのは、行き道も案内に立っていた栗色の髪のメイド。おそらくは第二皇妃の傍付きで筆頭だ。

 頬骨が高く猛禽を思わせる顔つきで、お世辞にも愛想がいいとは言えず、振り返った眼差しも親の仇でも見るかのように憎々し気だった。

 メイラからすれば感じが悪いメイドだが、彼女からすれば、具合の悪い主人のところに強引に押しかけてきた慮外者なのだろう。

 気持ちはわかるが、いただけない。

 仮にもメイラは妾妃であり、彼女は一介のメイドだ。

 たとえ将来皇后になるかもしれないミッシェル皇妃の傍付きとはいえ、使用人にすぎないのだから、相応の態度というものがある。

「本来なら皇妃さまにお話しするべき事なのだけれど、お具合が悪そうなので貴女に言っておくわ」

 メイラは見るのも嫌そうに振り返ったメイドを見上げた。この、あからさまに感情が面に漏れ出ているのはわざとだろうか。まさか気づいていないわけではないだろうから、こちらを舐めているととるべきだろう。

「憲兵師団の尋問を拒否しているそうね?」

 態度の悪さを諫めるのはミッシェル皇妃の仕事なので、口出しするつもりはないが、主人の不調の合間にメイドが勝手にその領分を差配するのは褒められたことではない。

「あなたには関わり合いのない事です」

「そういう訳にもいかないのよ」

 ツンケンとした態度のメイドに、ため息をつく。

「陛下がお決めになったことなの。妃を含め後宮内のすべての者が調査対象よ」

「無礼な! ミッシェルさまのお腹の中には帝国の後継者たる……」

「もう一度言うわよ。勅命なの」

 メイラは高い位置にあるメイドの顔を見上げ、首を傾けた。

「貴女は何の権限があって拒否するの?」

「わたくしは!」

「ミッシェル皇妃殿下はともかくとして、この宮の者たちだけでも協力することをお勧めするわ。知っているとは思うけれども、妃の半数が暇を出され、使用人の多くが罷免されているの。直参だろうが陪臣だろうが関係なくね。……他人事ではないわよ」

 メイドの声が大きかったので、出入り口の扉を警護している近衛騎士が不審そうな顔をしてこちらを見ている。

 言い争っていたなど余計な噂をばら撒かれたくないので、さも立ち話をしている風を装って声を潜めた。

「ミッシェル皇妃殿下のご実家はわが父の派閥。憲兵師団と対立などするつもりはないので、事を大きくして欲しくないの。身にやましい事がないと証明するためにも、尋問に協力しなさい」

「卑しい養女ごときが!」

「わたくしが父の養女だという事と、今回の件は全く関係ないでしょう」

 メイラは再度ため息をつき、じっとこちらを見ている女性近衛に頷きかけた。

「明日から午前中と午後とに分けて憲兵士官を尋問に来させます。あなたの指定した部屋で、指定した順でかまわないわ」

「……ッ」

 そう言い背中を向けたメイラの腕を、筆頭メイドが掴む。

 喧嘩口調で何か言おうとしたようだが、開ききった扉の向こう側を見て憮然と口を閉ざした。

「……?」

 腕の痛みに顔をしかめながら、その視線を追ってメイラも扉の方を見る。

「おかえりなさいませ、メルシェイラさま」

 筆頭メイドのユリの隣にはシェリーメイ。普段は夜番をしてくれているフラン。一等女官のルシエラ。二等女官のマロニア。そして十数名もの後宮近衛隊。

 計算され尽くしたかのような立ち位置で並び、一斉に深い礼をする。

 あまりにも物々しい出迎えに、一瞬にして痛みがどこかへ行った。

「お迎えに上がりました」

 その場にいた全員の視線がメイラの腕に向けられている。

「何か問題でも?」

 冷ややかなルシエラの視線が栗毛のメイドを射抜く。

 離すつもりがなくとも、レイピアで貫くような凝視に耐えきれる女性は少ないだろう。

 いつのまにか手の力が緩んでいて、メイラは無事に己の腕を回収することができた。

「御用はお済みでしょうか?」

「そうね」

「もうすぐ雨が降りそうです。急ぎ戻りましょう」

 メイラは頷き、足早に白薔薇宮のエントランスを横切った。

 本来なら先触れの女官と共に訪問する予定だったので、ルシエラと後宮近衞隊か待っていたのはわかる。

 しかし二等女官のマロニアとユリたちまでどうしてここにいるのだろうか。

「何かあったの?」

「はい。陛下よりお手紙が」

「……っ! お待ちください!!」

 丁寧に礼をしていたユリが顔を上げ、見たこともない晴れ晴れとした笑顔でそう言うと、背後から栗毛のメイドが慌てたように声を上げた。

「ま、待って」

「……何かしら?」

「わかりました。憲兵士官の訪問を許可します!」

 たかだかメイドが許可を出すとかありえないのだが。

 メイラは顔をしかめたいのを堪えて、鷹揚に頷いた。

 おそらく彼女はそれなりの身分の貴族の出身なのだろう。ここで働く使用人は身分確かな者が大前提なので、当然貴族も多い。むしろ役付き使用人は下級貴族が過半数を占めると言ってもいい。

 しかし、将来皇后となるかもしれないミッシェル皇妃の傍付きが、彼女のような人間で大丈夫なのだろうか。

「それでは、あとはよしなに」

 メイラは左右に分かれて入り口を囲むように控えているお迎えの間を進んだ。

 すれ違いざま、ルシエラ一等女官がうっとりするような笑みを唇に浮かべる。

 彼女たちは白薔薇宮に入ることは許可されなかった。感染症を防ぐために大勢は遠慮してくださいと言われてしまえば従うしかない。

 よもや、その意趣返しではあるまいな。

 メイラは問い詰めたい気持ちを堪え、目だけで彼女を窘めたが、返ってきたのは更にゾクゾクするような流し目だった。

「言い忘れていましたがベリンダどの」

 足を止めなかった自分を褒めてやりたいと思っていると、背後でルシエラの温度の低い声が聞こえた。

「各離宮に一等女官が赴任することに決まりました。それを受けまして、既存の女官の配置が見直されますので了承ください」

 栗毛のメイドはベリンダというらしい。

 振り返って彼女を見ると、なんとも表現しがたい顔をしてブルブルと震えていた。

「ルシエラ、それはメイドの彼女にではなく皇妃殿下にお伝えするべきことではないかしら」

「面会をことごとく断られておりますので」

 ひんやりと背筋が冷えそうな表情で長身の女官が笑う。

「そ、そう」

 メイラは急いで目を逸らした。

 そういう性癖はないので、お願いだからこちらを見ないでほしい。

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