第1話 『進む道なき』シオン その6
「この……カラス女……」
「言っとくけどさ。ラフィにはもう、アンタらを逃がしてやる気はないからね」
マジクは呻く。
ボルカは力なく地面に倒れていた。動き出す気配はまるでない。
サライは折られた足を抱えたまま、地面で転がっている。
考えるまでもなく、この場でまともに戦えるのは彼一人だ。
「好き勝手しやがって……覚えていろよ」
「そうそう、それそれ。そういうのがあるから、アンタ達を見逃してやれないって事ー」
そう言って、ラフィは頭の後ろで腕を組む。
メイスを構えたマジクを前にして、馬鹿にしきった仕草だ。
一見して隙だらけだが、それでもマジクは打ち込めない。
「ラフィはたださ。見かけた犯罪を言葉で優しーく注意しただけよ? それなのに、モグラの犯罪者どもはラフィに従わないどころか、剣を抜いて襲いかかってくるんだから。しかも何? 逆恨み? まったく信じられないわねー」
ケタケタと笑う。
その表情に、今まさに人ひとりを殺した事への感情は感じられない。
「よく言いやがる……」
「何よ。まったく客観的な事実じゃなーい? まあいいわよ。モグラなんてそういう連中だから。情けをかけてやりゃ、有る事無い事言い出して、恩を仇で返すでしょ? それならここで始末するしかないじゃーん。アンタらが悪いんじゃーん」
ラフィはペラペラと喋りながら、これ見よがしにに横を向く。
打ち込むならば今だと言わんばかりに。
「……っ」
しかし、マジクは迷った。
マジクは三人組の中では受け手を担当していた。
相手の攻撃に対応して反撃、もしくは身体で受ける。そういう役割を負っていた。
冒険者にも才能と言うものがある。
同じ【術技】であっても、精神的肉体的な相性や様々な前提条件、またはよく分からない理由で、習得するのに必要とする手間がかかったり、そもそも習得出来ない事もしばしばある。
手間がかかると言う事は、より高度の儀式を必要とする事だ。
つまり金がかかると言う事だ。
さらに、習得できる【術技】の総数や、一度に同時に使える【術技】の数も人によって違いがある。
そう言った才能が、マジクは他の二人ほどには無い。
故に身を削る役割を受けて立ち。
故に重い鎧と武器でもって、【術技】に欠ける部分を補う。
三人で等しく横に並んでいるように見せて、実の所一歩下がった場所にいた。
その二人が何も出来ずに瞬殺された相手。
冒険者ですらない小娘が、どうして二人を倒せたのかも理解できない。
その恐怖と不安がマジクから攻撃の意志を奪っていた。
「あのさ。もしかしたらアンタ。このままにしてたら、なんとかなるとか思ってない?」
ラフィがにんまりと笑う。
先程、彼らがシオンを嘲った言葉そのままだった。
「このアマっ!」
激昂が慎重さを上回った。
反射的にメイスを振り上げて、ラフィ目掛けて走り出す。
その時だ。
「坊や、今よ!」
ラフィの声に、マジクは慌てて振り返る。
敵は、目の前の森小人だけではなかった。
マジクが背後から殴りつけた新人が、今はマジクの背後にいる。
つまり今度、背後から斬りつけられるのは……。
「……え?」
振り返るマジク。
ようやく、と片膝立ちをしたシオンと目が合った。
「え?」
全く攻撃する素振りは無い。
それどころか、攻撃出来る程に回復もしていない。
頭から流れる血を、なんとか布を巻いて止めたと言った風情。
見るからに、立ち上がる事すら難しい。
「え?」
「ほい、かかったね」
声がした。
耳元で。
その時にはもう、生暖かい感触が頭周りに絡みついていた。
「アンタ幸福よ。こーんな美少女に抱きしめてもらえるんだからさー」
絡みついていたのはラフィだった。
細い両手が額を抱えた。
足の指が手のように、マジクの顎を掴んだ。
意味も分からず、マジクは振り払おうと首を振る。
その勢いをそのままに、森小人一人分の全体重でマジクの顎を持ち上げる。
一瞬、首が空いた。
その時には、尻尾が喉に巻き付いていた。
ぎゅうっと、尻尾が首を締め上げる。
「……がっ……あが……」
打撃であれば、斬撃であれば、刺突であれば、【術技:耐性】で耐える事が出来た。
大抵の攻撃は、分厚い金属鎧が守ってくれた。
だが、首に直接巻き付いた尻尾から、身を護る手段をマジクは持っていなかった。
締め上げられる。
息が詰まる。
空気を求めて口を開いて、閉じて、しかし一息の空気も入って来る事は無く。
目の前が真っ赤になった。
締め上げられた血液が、行き先を求めて目玉に集まってくる。
目玉が飛び出しそうだ。
そう、思った瞬間。
マジクの意識は真っ暗になった。
「首絞めても死なないの、結構いるんだけどさ。アンタ、ちょっと用心足りないわよ」
【術技:耐性(窒息)】があれば耐えられた。取得している冒険者もそれなりにいる。
マジクはその、それなり、の一人ではなかった。
マジクは膝から崩れ落ちる。
その上で、首を抱えたままラフィは身を捻る。
ごぎり、と頚椎の外れる音がした。
「はい、二人目」
マジクの物言わぬ身体が音を立てて地面に倒れた。
死体が倒れきるよりも早く、ラフィはその肩を蹴って跳び、軽やかに地面に降り立っていた。
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