卒業式とタイムカプセル

南雲 皋

特別な夜

 中学の卒業式から、長いような短いような時間が流れた。

 今夜は、卒業を前に仲のいい数人で埋めたタイムカプセルを掘り起こす約束の日だった。


 俺、藤堂隆斗とうどうりゅうとはカプセルを埋めた桜の樹の下に立っていた。

 昼間に卒業式が行われた校舎は、今はもう人影もなく静まり返っている。

 桜の樹の後ろにひっそりとそびえ立つグレーの校舎は、あの頃と変わらず俺を見守っているようだった。

 中学生活は、楽しかった。

 楽しくない事もあったけれど、それでも、俺は今、笑ってあの頃を振り返る事が出来る。

 ずっとずっと俺を見守り続けていた校舎は、きっと今日を待ち望んでいた筈だ。

 自分の元から多くの子供達が旅立っていく、今日の事を。


 中学校の敷地内に埋めては掘り起こす時に色々と面倒だろうと、中学生にしては理知的な事を言っていたのは和也かずやだったっけ。

 その言葉を聞き入れた俺たちは、校門の前に立つ立派な桜の樹の下にタイムカプセルを埋める事にしたのだけど。

 そんな彼は今も変わらずフルフレームの眼鏡をかけて、ひょろりとした色白の腕をぷらぷらとさせながらやってきた。


 和也の右腕には、青い石が一つ付いたブレスレットが嵌められている。

 それは、中学二年の夏祭りの時にみんなで買ったお揃いの物だった。

 天然石だと店主が言い張ったそのブレスレットは中学生のお財布にはそれなりの打撃を与えたが、全員で買ってくれるならサービスするよとの言葉にまんまと乗せられたのだった。

 タイムカプセルを埋めた時、みんなで約束したのだ。

 掘り起こす時は、みんなそのブレスレットを付けてこようと。

 中学生の頃に買った物だったけど、成人男性が身に付けていても違和感はなかった。

 いい買い物をしたのだなと、今更になって思う。


「……変わってないな」

「久しぶり、元気そうで良かったよ」


 次に来たのは俺たちのグループの紅一点、雪絵ゆきえだった。

 掘り起こす時間を決める時、遅い時間は危ないから嫌だと言って聞かず、結局九時ならいいと折れた彼女は、黒かった髪を薄い茶色に染めていた。

 緩いウェーブのかかった髪をサイドアップにして、春色のワンピースを着ている。

 シフォン生地が風に揺れて可愛らしい。

 今時の女子大生という言葉がぴったりの雪絵が、とても眩しく見えた。

 雪絵の右腕にも、ブレスレットが嵌っている。


「時間ピッタリ! ……やっぱりもう少し早い時間の方が良かったんじゃない?」

「明るいと目立つだろ」

「そうだよ」


 体力バカだった祐希ゆうきはそのまま真っ直ぐに成長したらしい。

 ピッチリとした白いTシャツには逞しい胸筋が浮き彫りになっている。

 短パンから覗くふくらはぎも、和也の腕より太かった。

 祐希は腕に嵌められなくなったのか、石をペンダントに変えて首に下げていた。

 祐希は鉄製のスコップを肩に担いでいて、それがまた異様に似合っている。


「よう、久しぶり」

「あ、スコップ。えらいえらい〜」

「お前が持ってこいって言ったんだろ」


 俺は相変わらず、影の薄い自分に苦笑した。

 俺と和也は幼稚園から、それ以外のみんなは小学校からの付き合いだったけど、俺みたいなのがいじめられる事もなく過ごせていたのはみんながいてくれたお陰なんじゃないかと思っている。

 成人したみんなに会うのは少し緊張したけど、思っていたほど急激な変化はなかった。

 みんな中学の時の面影を残したまま、けれどしっかりと大人になっていた。

 そんなみんなに再び会えた事が、俺はとても嬉しかった。


「あとは冬馬とうまだけか」

「も〜! 未だに遅刻魔なワケ?!」

「まさか忘れてはいないよな?」

「昨日連絡した。来られるって言ってたぞ」

「さすが和也!」

「え〜、揃ってから掘り起こす?」

「別に掘っとく分にはいいだろ」

「箱さえ一緒に開ければいいんじゃない?」

「そうね。じゃあヨロシク祐希!」

「おう! ってお前らも少しはやる気を見せろよな」

「頭脳担当なんで」

「可愛さ担当なんで」

「地味さ担当なんで」

「お前らな……」


 祐希はそう言いながらも迷いなくスコップを地面に突き刺した。

 ざくざくと地面に穴が開いていく。

 しばらく掘っているとスコップの先がコツンと何かに当たる音がした。

 雪絵が家から持ってきたクッキーの缶だった。

 錆が酷くて元々缶に描かれていた絵が何だったのかも分からない。

 

「お待たせ〜〜」


 缶を取り出したところで、気の抜けるような声とともに冬馬がやってきた。

 昔は少しぽっちゃりとした少年だったが、今はすらりとした好青年になっている。

 俺は冬馬の変化に驚いたが、笑うとえくぼが出来るところは昔と変わらなかった。

 右腕にはしっかりとブレスレットが嵌められている。


「これで全員揃ったな」

「早く開けようよ〜」

「誰を待ってたと思ってんのよ!」

「あ、僕か、ごめんごめん」

「お前ほんと変わらないな」

「昔っから時間にルーズだったもんね」


 全員が揃ったところで、タイムマシンの蓋は開けられた。

 みんなが箱の中を覗き込む。

 昔の俺が書いた手紙も、しっかり箱の中にあった。

 俺は手紙がそこにきちんとしまわれている事に安心した。

 開けてみて中身が空っぽ、なんて話もあるらしいし。


 雪絵は当時好きだった子の名前が大きく書かれたキーホルダーを入れていたらしく、身悶えている。

 祐希は失くしたと思っていたらしいトレーニンググッズが出てきて驚いている。自分で入れたんじゃないのかよ。

 冬馬はそれぞれ自分の書いた手紙を読んでいて、自分の手紙は家に帰ってから読むらしい和也の手が俺の封筒に伸びた。


「隆斗の」

「ありがとう」


 和也が封筒から手紙を取り出す。

 手紙と共に、地面に何かが落ちていった。


 それは、青い石の付いたブレスレットだった。


「ここに入れてたのか……」

「……先生が盗ったのかと思ってたわ」

「俺も」


 雪絵がブレスレットを拾い上げ、みんなの顔を見た。

 みんなが頷き、そのブレスレットも雪絵の腕に嵌められる。


「これ……こんな手紙……くそっ」


 俺の手紙を読んだ和也が、泣きそうな顔をしてみんなに手紙を見せた。

 そこには俺の文字で、こう書かれていた。


---

おれは明奈先生に殺されると思う。

卒業出来ればいいんだけど。

怖いから、ブレスレットはここにしまいます。

みんなと一緒にいたかったな。

恥ずかしいから言えないけど、大好きだよ。

---


 そう。

 そうなんだ。

 俺はタイムカプセルを埋めた後、卒業式の前に死んだんだ。

 担任の先生に殺されて。


 明奈先生は新しい先生で、まだ若かった。

 学年主任の先生にキツく当たられ、教頭先生からのセクハラに遭い、素行の悪い生徒から授業中にゴミをぶつけられる明奈先生が屋上へ続く階段で泣いているところに出くわした俺は、それから明奈先生の相談相手だった。

 俺に出来る事は明奈先生の授業を真面目に受ける事くらいで、話を聞く事くらいで、だけど明奈先生はそれだけで充分だったらしかった。

 充分すぎるほど、俺に依存していたらしかった。


 卒業しないでと何度も言われて。

 だけどそんな事は無理に決まっていて。

 無理だって一番分かっているのは明奈先生の筈で。

 明奈先生の目はどんどんおかしくなっていった。


 親には少しだけ相談した。

 明奈先生はその頃にはもう一人の明奈先生がいるんじゃないかってくらい色々な事への対処が上手くなっていて、取り合ってもらえなかった。

 俺は結局、卒業式の前の日の放課後、いつもの階段で殺された。


 それからずっとここにいて。

 今日、みんなと会えて、約束が果たせて、それでようやく成仏できる。


 背後にそびえ立つ校舎は、ずっと俺の卒業を待っていた。


 俺の手紙を握りしめ、涙を流すみんなに泣かないでって言いたかった。

 代わりに大きな風が一つ吹いて、桜の樹を揺らした。


 舞い散った桜の花びらが全て地面に落ちて。


 俺は中学を卒業した。

 

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卒業式とタイムカプセル 南雲 皋 @nagumo-satsuki

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