03:世界で一番可愛い人

「いや、芋虫好き宣言はナシでしょ。それは変人だと思われても無理ないわ」

 昼休憩中、私は舞を誘って屋上に来ていた。


 高いフェンスで囲われた屋上には私たち以外にも複数の生徒たちがいる。

 グループはそれぞれ一定の距離を保っているので、大声を出さない限り私たちの会話内容は聞こえないだろう。


 みんなおしゃべりに夢中で、こっちに注意を払っている人もいないしね。


「遠回しに好きと伝えたつもりだったんだけど……」

 空になったお弁当を手提げ袋に入れ、小さな声で言うと。

 購買で買ったパンを一足先に食べ終わり、カフェオレを啜っていた舞はストローから口を離し、呆れ顔になった。


「遠回しすぎるわバカ。なんだコイツ、気色ワルッて思われただけだわ。好感度ポイントを稼ぐどころか思いっきりマイナスだわ」

「うう……」

 バッサリ斬って捨てられ、私は口をつぐんだ。


 高校で知り合った舞は黒縁眼鏡をかけたストレートロングの子で、いかにも文学部にいそうな可憐な容姿をしている。

 でも、おとなしそうなのは見た目だけで、その物言いは容赦がなく、自分の意見ははっきり言うタイプだ。


 中学では学級委員長に推薦され、中学二年で生徒会会長になり、唯一絶対の女帝として君臨したと聞いても私は驚かなかった。むしろ「彼女ならありえるな」と深く納得した。

 舞は項垂れる私を横目に見て、嘆息した。


「そんなに好きなら好きってハッキリ言えばいいじゃない。この二か月、他人のどーでもいい恋バナを毎日のように聞かされる身にもなりなさいよ」

「他人って」

「他人でしょ。自分以外の人間は全員他人よ」

 ひときわ強い風が吹きつけてきて、舞は顔にかかった長い髪を手で払った。


「いい加減じれったいのよ。とっとと当たって砕けなさいよ」

「玉砕前提!?」

「そこはどうでもいいから告白しなさい」

「いや、一番重要なとこ――」

「返事は?」

 舞は私の台詞を遮り、黒縁眼鏡の奥の目を強く光らせた。


 冷たいものが背筋を突き抜けていき、私はぶるりと身を震わせた。

 逆らったら殺されそうだ――いや、確実にられる。

 さすがは中学時代、多くの生徒たちから畏怖されてきた女帝である。

 一体何人の反抗的な生徒たちが彼女に粛清されてきたことだろう。


「……はい……」

 女帝に反旗を翻す勇気もない、ヘタレな私はそう答えるしかなかった。

「そう。応援してるわ」

 一転、笑顔になる舞。

「これでしょーもない恋バナから解放されるわ」と笑顔が語っている。


「……頑張ります……」

 こうして。

 友達の激励――正確には脅迫――を受けて、私は夏生くんに告白することになった。




 心臓が口から飛び出しそうだ。

 放課後、私は再び屋上に行き、夏生くんを待っていた。


 彼を呼び出すのは少し大変だった。

 放課後に入った直後、精いっぱいの勇気を振り絞って「話があるから屋上に来て」と言うと、夏生くんは「話ならいますればいいじゃん」と返してきた。


 告白されるなんて夢にも思っていないらしい態度に先制パンチを食らいながらも、私は「大事な話だから二人きりで話したい」と主張した。


 それでも「今日は卵の特売日だから」と断られそうになり、卵に負けてたまるかと半ば意固地になった私は「すぐ終わるから」「なんなら買い物に付き合うから」と懇願した。


「それなら二人分買えるな」と夏生くんは満足げに言い、やっと了承してくれた。


 でもなあ……。

 さっきはどうしてもここに来てほしくてつい約束しちゃったけど、フラれた後で買い物に付き合うのって、気まずすぎじゃない?


 いや、フラれると決め付けるのもどうかと思うけど……これまでの夏生くんの態度を見るに、うまくいく可能性ってほぼゼロパーセントのような気が……いけない、胃が痛くなってきた。


 私はお腹を摩り、小さく唸った。


 ……ていうか、卵の特売日って。

 社長の息子で、お金に困ったことなんてないはずなのに、近所のスーパーの卵の特売日を把握しているあたり、意外と金銭感覚はしっかりしてるのね。


 彼方くんも健吾くんもバイトしてるらしいし、自分の小遣いは自分で稼げっていうのが東條家の教育方針なのかもしれない。

 お腹を摩りながら取り留めもなく考えていると、不意に屋上の扉が開いた。


「!!」

 瞬間、私は手を下ろし、待ち構えた。

 私以外に誰もいない屋上に来たのは夏生くんだった。


 考えている間は少し落ち着いていたはずの心臓が、再び激しく鳴り始める。

 近づいてくる夏生くんを見て、頬が熱くなった。


「話って何?」

 数メートルの距離を挟んで、夏生くんは立ち止まり、その黒い瞳でまっすぐに私を見た。

 し、心臓が……破けそう!


「わ、私……」

 極度の緊張で、喉が渇く。

 手が、足が震える。

 夏生くんの顔がまともに見られず、私は彼の足元に視線を落とした。


 さあ、言え!

 四月からずっと秘めていたこの想いを、いまこそ!


「夏生くんのことが好きなの!」

 言えた!

 ちょっと早口になってしまったけれど、ちゃんと噛まずに、気持ちを伝えることができた!


「あー。わかった。そういうことか」

 夏生くんは納得したように、ぽんと手を打った。

 予想していたどれとも違う反応。

 戸惑っていると、夏生くんは軽い口調で尋ねてきた。


「何のゲームで負けたんだ?」

「罰ゲームじゃないよっ!?」

 脊髄反射の勢いで突っ込む。


「じゃあ健吾と彼方、どっち狙いなんだ?」

「へ?」

 私は多分、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたと思う。


「おれの彼女という立場、つーか口実を得て家に押しかけ、あいつらのレアな私服姿に身悶えしつつ、あくまで『おれに作ったついで』とか言いながらやけに気合の入ったケーキやらクッキーやら渡して猛アピールしたいんだろ? んで良い雰囲気になったら『ごめんなさい、私、あなたのお兄さんを好きになってしまったの……』っていかにも申し訳なさそうに泣くんだよな。さすがに三回もあれば慣れるわ。最後のあれも泣き真似なんだなって悟るわ」

 もはや怒ったり悲しんだりする段階はとうに過ぎたらしく、夏生くんは笑っている。


「……夏生くん……」

 ほんと、この人、いままでどんな悲惨な人生送ってきたの……。


「正直に言えよ。いまなら怒らないから」

 夏生くんは手を振った。


「何が目的なんだ? どっちか狙ってるっていうなら協力してやってもいいぞ? 後で裏切るくらいなら最初から素直に白状してくれ。そのほうがおれも無駄にダメージ受けなくて済むし」


「……どっちも狙ってないよ。私が好きなのは東條夏生くん、あなただけ」

 私は微苦笑を浮かべた。


「そんなわけないだろ」

 本気の言葉も、夏生くんの心には届かない。

 過去の痛い思い出が、彼の心を完全にガードしてしまっている。

 私はその壁を壊したい。

 厄介な壁を壊して、彼の心に触れたい。


「本当だよ。私は夏生くんが好き」

 微苦笑を解いて、真剣そのものの瞳で、夏生くんを見つめる。

 見つめながら、数歩歩いて、夏生くんの目の前に立った。

 もう手を伸ばせば届く距離だ。


「大好きなの。他の誰でもない、夏生くんがいいの。夏生くんじゃなきゃ嫌なんだよ」

 真摯に、一言一句、心を込めて言う。


「…………」

 夏生くんは目を瞬いた。

 ここに至ってやっと、どうやら冗談ではなさそうだと思ったらしい。

 気づくのが遅すぎるけれど、文句は夏生くんではなく、彼を騙した女子たちに言わねばなるまい。


「……なんでおれのことが好きなわけ? おかしくない? 健吾とか彼方のほうがよっぽど」

「おかしくない。健吾くんや彼方くんより、誰よりも、私にとっては夏生くんが世界で一番素敵な人なの」

 断言すると、夏生くんの顔が突然、発火したように真っ赤になった。


 多分、彼方くんや健吾くんより『上』だと言われたのは初めてなのだろう。

 彼の頭から煙が出ている幻覚すら見えた。


「そ、そんなわけ」

「ある」

「~~~~~」

 台詞に被せて断言すると、夏生くんは両手で顔を覆い、悶えた。


 やばい、可愛い!

 可愛すぎるでしょうこの人!!!


「本当だよ。夏生くんは格好良いよ」

 にこにこしながら言う。


「わかった。わかったからもうそれ以上言わなくていい!」

 真っ赤になって両手を振り、私の言葉を必死で阻止しようとする姿ときたら、もう! 堪りません!!


「ところで、告白の答えは?」

 私は風にセミロングの髪を揺らし、落ち着いた声で尋ねた。


 告白したときとは違い、もう心臓は飛び跳ねてないし、手足も震えていない。


 不思議なことに、もうフラれても良いという気分になっていた。

 これまで内側に溜め込むばかりだった気持ちは伝えられたし、可愛い一幕も見れたし、もう十分だ、なんて思ってる。


 もちろん、付き合ってくれたら嬉しいけれど。

 それはもう、大気圏を突破する勢いで飛び上がりたいくらいに嬉しいと思うんだろうけれど。


 夏生くんは頭を掻き、一人で百面相をした後、

「……よ、よろしく、お願い、します」

 私に向かって、ギクシャクした動きで頭を下げた。


「え?」

 まさか、これって?

 いや、勘違いしてはダメ!

 でも、よろしくってことは、やっぱり――やっぱり?


「え、って。だから。付き合うんだろ?」

「……はい」

 夢見心地のまま、頷く。


「おう。だから、よろしくでいいじゃん」

 夏生くんはぶっきらぼうな調子で言って、横を向いた。


 その顔は、耳まで赤い。

 嘘でこんなに照れたりするわけがない。

 だから。つまりは。


「……やったー!!!」

 私は飛び上がって喜んだ。

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