東條兄弟と私の賑やかな日々

ゆずりは

01:とある朝の登校風景

 並外れた美形は目立つものである。

 しかもそれが珍しい三つ子となれば、なおさらだ。

 というわけで――


「あっ、東條とうじょうくんだ!」

「珍しい、今日は三人一緒に登校してる!」

「やばい、格好いい……やっぱり三人揃うとオーラが凄いね」

「あそこだけ別世界だよ。空気がキラキラしてる……」


 良く晴れた六月下旬の朝。

 私立藤凪ふじなぎ学園の通学路では、三人の男子生徒が登校中の生徒たちの目を――特に女子の目を――釘づけにしていた。


 入学して二カ月も経てばあちこちから注がれる熱視線にも慣れたらしく、先頭を並んで歩く二人の態度は堂々たるもの。


 一人は観衆に愛想の良い笑顔を振りまき、一人は眠そうにあくびしている。

 でも、二人の後ろにいる一人は居心地が悪いらしく、しかめっ面だった。


「ねえ、東條って誰? そんなに有名なの?」

 その人気ぶりをいまいち理解できていないらしい女子の声が、三人から少し離れた場所を歩いている私の耳に届いた。


「知らないの!? うそ、信じらんない! 彼方かなたくんは入学式で特進科を代表して挨拶してたじゃん!!」

 尋ねられた女子は悲鳴じみた声をあげた。


「ごめん、入学式休んでたから知らないや」

「仕方ないなー、教えてあげる。まずは長男、東條彼方くん! 万能型の天才! 先を歩いている二人組のうち、向かって左側にいる人がそうよ!」


 興奮気味な女子の台詞に合わせて、私も彼方くんに目の焦点を合わせた。


 降り注ぐ朝の光を浴びて輝く茶髪。

 すっきりと通った目鼻立ち。

 口元にたたえた柔らかな微笑。


 まさにこれぞ王子様、といった風格を持つ彼は、特進科の1年Aクラスの学級委員長。

 なお、Aクラスは難関大学の現役合格を目指す特進科の中でも特に優秀な生徒しか所属を許されないクラスである。


 彼方くんはこの前の中間テストで唯一全教科満点を叩き出した秀才で、中学では常に学年トップだったそう。


 性格は誰に対しても優しく、面倒見も良い。


 そんな彼を慕う生徒は多い。

 中には慕うどころか崇拝している生徒までいるのだと、説明役の女子は熱く語った。

 その熱の込めようからして、彼女もまた大勢いる彼方くんのファンの一人であるらしい。


「彼方くんたちのお父さんは東京で不動産会社を経営しているんだって。きっと将来は彼方くんが後を継ぐんだろうねー。もし彼方くんと結婚できたら玉の輿……」

「あーはいはい、馬鹿な妄想は止めて説明に戻って。彼方くんの隣にいる人は誰なの?」

「次男の健吾けんごくんだよ。三人の中では一番背が高くて、182センチあるんだって。ちなみに彼方くんは176ね」


 きっちりと紺色のタイを締め、学校指定の白い半袖シャツを閉じている彼方くんに対し、健吾くんはタイを取り払い、シャツの前を開けて黒のインナーを見せていた。


 寝ぐせそのままといわんばかりの跳ねた髪に、凛々しい顔立ち、引き締まった長い肢体。


 彼は普通科のCクラス。

 学業の成績は平均だけれど、彼は運動能力がずば抜けて高く、競争倍率の高い購買のパンを買うために校舎の三階から飛び降りるという離れ業をやってのけたこともある(そのあと彼は先生から厳重注意された)。


 入学式が終わった直後から彼はあらゆるスポーツ系の部員から勧誘されたけれど、バイトを理由に帰宅部を選択した。


 でも、気が向いたときは乞われるまま助っ人に行き、華々しい成績を残しているという。


「体育の授業では彼が活躍するたびに女子の黄色い声援が飛ぶんだってさ!」

「凄いね、学年主席とスポーツ万能のイケメン兄弟かあ。最後の一人にはどんな特技があるの?」


 彼女たちは至って普通のトーンで話していたため、その会話内容は彼にも聞こえていたらしく、彼方くんたちの後ろを歩いていた男子――東條夏生なつきくんは、小さく肩を震わせた。

 まるで隠れていたところを見つかった小動物のような反応。


「あー……えー……夏生くんはねえ……」

 女子は急にトーンダウンし、可哀想なものでも見るような目で夏生くんを見た。


 夏生くんの髪色は、二人と違ってカラスのように真っ黒。

 顔面偏差値は人並み以上だけれど、いかんせん、彼方くんたちが超絶イケメンなので……これは比較対象が悪いとしか言いようがない。


 四月の身体測定では、身長は167だったと言っていた。

 個人的には低いと思わないけれど、一緒にいる彼方くんたちが175以上あるので、相対的に低く見えてしまう。


「彼と同じEクラスの友達から聞いたところによると、サッカーの試合中、ボールも蹴ってないのに何もないところで一人で勝手に転んで頭打って気絶したらしいから、運動神経は並以下だね」


 どすっ!!

 容赦のない批評が見えない矢となって頭に突き刺さったらしく、夏生くんは俯いた。


 ああっ、夏生くんが!


「成績のほうはどうなの?」

「赤点補習組」

「あー……」

「ルックスはまあ、見ての通り。学業、スポーツ、音楽、文芸、武芸、どの分野でも目立つ功績はなし。言っちゃ悪いけど、彼方くんたちに比べれば凡人だね」


「…………っ」

 俯いたまま、夏生くんがぷるぷる震えている。

 左手に握られた学生鞄がその震えに合わせて揺れていた。


「なんか、気の毒だね。一人だけ何の取柄もないなんて」


「……………………っ!!」

 深い哀れみのこもった声と眼差しを受けて、夏生くんの身体の震えはより一層激しくなった。


 ……大丈夫かな、夏生くん。

 見ていてハラハラしてしまう。


 思い切って、彼女たちに止めろと言うべきだろうか。

 でも、ただの知人でしかない私が注意するっていうのも……。


 公然と異性を庇えば、たとえ真実の関係性がどうであれ、よからぬ噂を立てられるのは確実。


 夏生くんに迷惑をかけることは避けたい。

 だから、私は気を揉みながらも、彼女たちを止めることができなかった。


「本当に三つ子なのかな? 彼だけ髪の色も違うし、あんまり似てないし」

「それね。実は彼だけ橋の下で拾われたのかも」

「いや、それはさすがに……でも、ちょっと納得してしまいそうな自分がいたりして――」


「~~~~~~っ、ああああああもう!!!」

 夏生くんはとうとう爆発し、顔を跳ね上げて吠えた。

 その声量に驚いたらしく、女子たちはびくりとして会話を止めた。


「だからお前らと登校するのは嫌だったんだよ!! もう金輪際、絶対絶対、一緒に登校したりしないからなあああぁぁ……!!」

 夏生くんは叫びながら前方の校門を抜け、走り去った。


「あーあ、行っちゃった」

 校門の向こうへ視線を投げ、彼方くんが苦笑する。

 表面上はまだ平静を保っているようだけれど、『王子様』の仮面の下の素顔を知る私はいつ彼が豹変するかわからず、内心ヒヤヒヤしていた。


「泣いてたかもな。そっちの対処は任せる」

「了解」

 夏生くんの後を追って駆け出す健吾くんに背を向け、彼方くんは女子二人の元へ移動した。


「黙って聞いてれば、好き放題言ってくれるね。思うのは自由だけど口に出すな、口はわざわいの元だと習わなかったのかな?」


 にこやかに笑う彼方くんの背後に何を見たのか。

 二人は大きく身体を震わせ、頬を引き攣らせた。


「コンプレックスに苛まれる夏生を見るのは好きだよ? どんなに努力しても、どの分野でも僕たちに敵わないっていじける夏生の姿は可愛いからね。僕は夏生の悔しがる顔が見たくてテストで満点取ってるようなものだし」

『王子様』にあるまじき問題発言に、二人の頬を冷汗が流れる。


「でも、あいつをいじめていいのは僕たち家族だけだよ? 他人に弟を侮辱されるいわれはないんだけど? ねえ? あんなに可愛い弟が赤の他人かもしれないなんてふざけた疑惑、二度と口にしないでくれる? なんなら戸籍謄本でも見せてあげようか?」


 どす黒いオーラを放ちながら、彼方くんは二人に詰め寄った。

 あくまで笑顔のままなので、尋常ではなく怖い。


「いえ結構ですすみませんでした夏生くんはあなたの弟です間違いありません……」

「拾われっ子なんて失礼なこともう二度と言いませんごめんなさい許してください……」

 二人は怯え切って縮こまり、半泣きで許しを乞うた。


「うん、わかってくれたならいいんだ。もう行っていいよ」

 溜飲は下がったらしく、彼方くんの中から不穏な気配が消えた。


「はいっ。本当にすみませんでしたぁっ!!」

 二人が全力ダッシュで退散した後、彼方くんは首を巡らせて私を見た。


三谷みたにさん。悪いけど後で夏生のフォローお願いできる?」

 その言葉は予想外だった。

 まさか何もせずに見ていた私を頼ってくれるとは思わず、使命感と嬉しさで胸が熱くなる。


「うん、もちろん」

 私は学生鞄を握る手に力を込め、頷いた。

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