4 覚醒 その3

 禍々しい光が走った。

 異様な寒気が身を凍えさす。

 五感が逃げろと叫んでいる。

 目を覆いたくなる光景が広がった。

 そこには人より大きな蜘蛛の姿も無く、また人の姿も無い。

 神我一体とは似て非なるもの、怨身。

 これがナイの言っていた冷めきった関係。

 人を持って神を殺すだけの形態。

「これが怨身か。なるほど確かに力が湧いて来よるわ」

「そんな……、ユーナさん……」

 ようやく悠の口をついた言葉が全てを語っていた。

 そこには、邪神でも、人でもない、怨身態となったアトラク=ナクアがいた。


「いけません!いけません!!これは…!素早く増援を!!第四の指揮権を一時的に第七に移行!!第四だけじゃないです!!オール指揮権第七管轄で!!!」

「怨身態に絶対不可神領域、明らかに旧神の手引きです。神父様!」

「胡座をかいていました。余裕をかましていました。ああ、完全にこちらのミスです。危険度の測定を!!」

「危険度測定、測定完了。虚樹クリフォトに換算。『残酷アクゼリュス』です!神父様!!

このままでは闇様と悠さんが!!」

「実戦経験ほぼ皆無の悠君には荷が重い!重すぎる!何?第六は出てる!?こんな時に!!誰が采配取ってんの!私だ!!じゃあ第三で可及的速やかに、臨時部隊形成ジャミング特化で、第四で護衛、絶対不可神領域の除去後、ラインハルト君の神我一体で一気に決着です!!アリス君には少ないですが『外なる神弾』の使用許可をだします。救いますよ!大事な新しい家族を!!」


「逃げろ!!逃げてくれ!悠!!」

 足がすくむ。

 完全に恐怖に飲まれている。

 遠くでラインハルトの声が聞こえる気がする。

 それより目の前で食屍鬼に向かうアトラク=ナクアを注視することしか出来ない。

「本当に人の子を取り込むことでワタシ達を殺せるかテストをしなければ…」

 疑り深い蜘蛛の王は、食屍鬼の首を掴む。

「相棒の覚者の人の子に殺されるなら本望ではないかね?屍肉漁りよ?」

 抵抗する爪が眼帯を外した。

 そこには人の目とは決して言えない縦に並ぶ三つの目がついていた。

「ああ、きれいな顔が台無しになってしまうだろう?」

 ため息を吐きながら、背中から生える四本の脚が、食屍鬼を文字通り串刺しにした。食屍鬼は砂塵と消えた。

「悠!何してる!!異常事態だと、もう教団にも伝わっている。逃げ続けろ!!生きろ!!!悠!!」

 結界壁を必死に叩きながらラインハルトが叫んでいる。

 後方ではアリスが結界に近づいてユーナの変わり果てた姿に歯噛みしている。が、銃、いや弩に近い形に邪器を変え紫に輝く何かを番えている。

「悠さん!!逃げますよ!?掴まって下さい!歩けますか?」

 いつの間にか人間態になっていた闇が両手で悠の顔を自分に向かせ訴える。

 もう声を出す力も残ってはいないが、闇の声で何とか足は動いた。

 アトラク=ナクアは力に酔いしれている。逃げるには今しかない。

 闇に身体を預けながら玉座付近から離れて行く。

「どこへ行く気だ?さあ、どう殺そうか?殴殺、撲殺、串刺しに、ちょっとずついたぶってもいいな?」

 醜悪なセリフを吐きながら舐め回すような視線を悠達に向ける。

「蜘蛛の王!!僕が代わりに相手をする!悠には手を出すな!!」

「勝てない戦はしない主義だ。そうだな?交換はどうだ?賢き人の子とお前のロキとを!!ハハハハハハ!!そうすれば貌が二つ刈り取れるな!!そんな気は無いのであろう?ではでは、狩りの始まりだ!今のワタシならば星の戦士の下っ端位は倒せるのではないか?ハハハハハハ!!」

 上機嫌のアトラク=ナクアは悠達が逃げて行く方向へゆっくり歩き出した。

「アティエルで結界ごと突破できるか!?」

「隊長死ぬ気ですか?」

「アリス、やらなきゃいけない時もある、とだけ言わせてくれ。ロキ!!」

「そうだとも、貌が減るのは辛いものな。我らが虎の子の出番はこういう時にこそ!」


 身体には傷などはない。

 しかし心に大きな傷が出来た。

 それはあまりに深い。

 目の前だ。

 また、死が悠の思考を支配する。

「悠さん!頑張って!!ナイも動いているでしょう。明らかにラインハルトのが実力は上。結界さえ破れさえすればこちらの勝ちです」

 恐怖による傷。

 それは悠の精神を確実に蝕んでいる。

「…じゃあ聞くが、その結界の破れるのはいつだ?どのくらいかかるんだ?」

 ようやく口をついたのは闇に対しての理不尽な問いかけだった。

「ここはヤツの巣。構造は勿論知っているはずだ。もうダメだ。こんな思いするなら辞めれば良かったんだ。あの時、夜鬼に殺されれば良かったんだ!」

「本気で言っているんですか!!!」

 両手で悠の頬を挟み自らの方を向けさせた闇の凄まじい剣幕に思わず顔を上げる。

「犠牲のない世界を作るんじゃなかったんですか!?誰よりも強くなるんじゃなかったんですか!?」

「ここかい?」

 声を辿って来たのか、はたまた山を張って来たのか定かではないが追いつかれてしまった。

 足音が全く聞こえない為近づいて来ている事に気づけなかった。

「取り込み中悪いが、まずは賢き人の子、いや、違うな…。口先だけの虫けらからだ!!」

 鋭利な爪のついた脚が一直線に悠へ向かう。

 思わず目を瞑る。あの時と同じように。

 そして再び痛みがない。

 代わりに顔に生暖かい液体がかかる。

 薄ら目を開けるとやはり闇がいた。

 あの時が違うのは貫かれているのは闇だった。

 蜘蛛の脚は引き抜かれる。

「闇ッ!!?」

 思わず自分で名付けた名を呼びながら、倒れゆく闇を抱きとめる。

「何でッ!?何でこんな事するんだよ!?お前だけ逃げればいいじゃなか!!」

「何で、って…。いやぁ…。ここまで鈍感だとは思いませんでしたよ…。いいですか?一度しか言いませんよ?いや、もう良いです。何度でも言いましょう。何で?ですって?そりゃあ愛する者を守るのに理由は必要ですか?私は悠さん、貴方が好きです。大好きです。今までもそうでした。そして、これからも」

「はぁっ!?こんな時に何良いってんだ!!腹貫かれてんだぞ?死んじゃうかもしれないんだぞ?」

「そういう所です。底抜けに、それだけしか取り柄がない位の優しさ。自分の命がかかっているのに他人に向ける事のできる優しさ。だから、顕現した時から、あの古塔で出会ったあの瞬間からずっと貴方が好きです」

 辛いだろうに顔を耳まで真っ赤にして告白をする闇。

これこそ一世一代とでも世では言うのであろう。

悠は、それに鼓舞され、呟く。

「この戦いが終わったらいくらでも返事してやる。闇、まだ戦えるか?」

 すっくと前を見据え立ち上がる少年の顔には、恐怖で溺れていた先程までの懦弱な瞳は無い。

 人はこれを勇気なんてキレイな言葉で形容するのであろうか?

 いや、最早もうどうでもいい。悠の今はまだ小さな心を満たしているのは確かな勇気であるのだから。

「いつかも言いました。いえ、何度でも言いますとも!想像して、やれ、でいいと」

 穴の空いた腹を抑えながら立ち上がる闇。

 少女の姿をしている最弱を冠する邪神の顔も後悔は無いとでも言う程清々しい面持ちである。

 少年と少女は眼前の佇む仇敵を睨めつけ、固く手を繋ぎ叫ぶ。

「「神我一体!!!」」

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