4 覚醒 その2

 一瞬でも期待した自分が馬鹿だった。やっぱ食費はナイに、だな。

「じゃあ和食で好きな料理は何ですか?」

「基本一汁三菜の素朴な感じでいいと思うんだ」

「ふむふむ、今の季節鰆ですかね?で、菜の花を…」

「何をメモってるんだ?」

「大和撫子の最高機密トップシークレットです」

「大和撫子は、口の周り真っ黒にしないと思うんだがね。どんな食べ方をすれば…。お歯黒でもあるまいし…」

 紙ナプキンで口を拭ってやるが、辺りの視線と自分のしている事に気づき、慌てて皿を空にする悠であった。

 意表を突かれたのか闇は固まったままだった。


 地球、地底、某所、アトラク=ナクアの住処。

 四人の覚者と台車に並べられた、反りの高い仄暗い黒刀、金の装飾が美しくも素朴な印象を与える細剣レイピア、無機質な超長距離射撃が可能なライフル、無骨でいて洗練されたフォルムの槍の四種の邪器があった。

 台車を押すユーリィが一礼すると扉から教団へと帰っていく。

「では、殿として私は扉のポイントを守ります。何かあったらデバイスで」

「了解、アリスならやり遂げられる。と、言っても今回も目ぼしい戦果は期待出来ないだろうけどね…。じゃあ幾度目、幾十度目のアトラク=ナクアの説得だ。ユーナを先頭に、悠を挟んで、僕は後方の脅威に備える」

「分かりました」

 ユーナがハキハキとした口調で返答をする。

「悠は、そんな緊張しなくても良い。こちら側が危害を加えない限り、巣を作り続けているだけだから」

「は、はい」

 予習した通りだ。

 やはり、あの神性は巣を作る事以外は無頓着のようだ。

「じゃあ、さっさと行って、無事に帰ろう」


 アトラク=ナクアの玉座。

 暗い洞窟は進めば進む程に蜘蛛の糸が張り巡らされ、次第に太くなっていくようになっている。

 辿り着いた玉座ではこちらに背を向けた人間大もある巨大な蜘蛛がせっせと、しかし正確に糸を吐き出し続けている。

 悠達が玉座付近まで入って来たことを感じ取ると瞳や虹彩のある八つの人間のような眼球を持った顔をこちらに向けた。

 だが、一瞥しただけで最早興味が無いとばかりに糸を紡ぎ出す作業に勤しんだ。

(用があってこちらから出向いてアポも取っているのにこの態度はないんじゃないですかね?)

 と闇。

(まあ、ここは下手に出て怒らせないようにしようと思う)

(悠さんがそう仰るなら)

 悠はおずおずと、しかしながら丁寧に言葉を選びながら話を切り出してみた。

「貴方が世界の蜘蛛達の王である、高名なアトラク=ナクアですね?」

「世辞は要らん。が、自らの立場、力量は弁えているようだな?人の子よ」

 こちらには顔を向けずに応える。

「こちらの要求は「和平であろう?しかし、今までの通りどこにも所属せずにただ巣を作るだけではいけないのか?どこの、誰にも、危害は一切加えていない」

 悠の言葉を遮るように、かき消すかのように声色に怒り?いや、面倒臭さを滲ませる。

 一瞬面を食らった悠だが、次の言葉を紡いだ。

「それは今までどこの、誰も、貴方に危害を加えていないからではありませんか?」

「ふむう、確かに、そうだ。だが、どこからの脅威がワタシの邪魔をする?」

「それは…」

「海のヤツらはわざわざこんな場所までは来まい。王を自称する羊飼いもこちらには手を出さないだろう」

 これが幾度も拒みに拒んだ神格の弁舌か。

(まだです)

(何がだ?)

(脅威は他にもあります)

(どんなだ?)

(巨蜘蛛を地底に幽閉せしモノです)

 そうか、忘れていた。

 この神性を幽閉せしモノ、

「例えば、旧神などはどうでしょう?」

「ほう、そこに辿り着くか。確かにアヤツらは厄介だ。しかし、既に幽閉の身。これ以上はワタシには興味は無いだろうよ」

「覚者、それを使い旧神は貴方を亡き者にすることも可能なのでは?この宇宙の混沌(ルール)では」

「確かに一理ある。人の子の力を持てば消されるのであろう?邪神とて、な」

「故に貴方のお力添えがあれば、逆に旧神を打倒、巣を作る事の障害が一切無くなる。そう思う次第であります」

「そうであろうな。そうであったろうな。人の子よ。後、数年、数月、いや数日早ければ、人の子よ、お主の言葉に耳を貸したかもしれぬ。賢き人の子よ」

「それは……?」

 ぞぶっ

 ???

「何の…?」

 鈍い音の出処を見ると玉座から伸びる人の上腕程はあろうかと言う程のアトラク=ナクアの脚がユーナの腹部を貫いていた。

 ぽたぽた、なんて生易しい表現では効かない、ユーナの口から腹部からおおよそ致死量の血潮が流れ落ちる。

「「ユーナ!!」」

 邪器形態から食屍鬼の姿に戻ったユーナの相棒が叫ぶが、違う脚によって洞窟の壁に叩きつけられ、あえなく気絶する。

 ほぼ同時に叫んだのはラインハルトであるが、玉座の間の入り口付近を警戒していたので事態に素速く対処出来なかった。

「ふむ、狙いが外れたか…。後ろ向きではこうか…。しかし、こうなったら後には引けないのでな」

 ずぞぞぞぞ……

 絶句を続ける悠をよそに、不気味な音を立て文字通りアトラク=ナクアはユーナの体組織を吸収、否同化している。

「これより旧神に奉る。此の刻より、此の地、此の巣窟を旧神の聖域とする。これ即ち、絶対不可神領域エルダーズ・サンクチュアリの展開である!!」

 五芒星の中心に燃える瞳のマーク、エルダー・サインをあしらった結界がアトラク=ナクアを中心に球状に広がってゆく。それはあっという間に悠を飲み込み、ラインハルトが駆け寄るギリギリで膨張を止めた。

「馬鹿な!アトラク=ナクア!貴様、まさか、旧神の側に就くのか!!」

 激昂するラインハルトをよそ目にアトラク=ナクアは声高らかに宣言する。

「そうだ!人の子よ!新しい貌が目覚めたと聞いて、この作戦を思いついた。本来ならそこの賢き人の子を取り込み、その新しい貌の首印を手土産にと思ったが、手元が狂ったようだ。だが人の子の依代は手に入った。賢き人の子よ、今楽にしてやろう」

「悠!!逃げるんだ!直ぐに神父を呼ぶ!!それまで逃げて、生きてくれ!!!」

「無駄だ、人の子よ。怨身!!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます