3 決意 その5

「これで私からの享受は終了です。後は自然と身について来ますよ」

「これで終わりなのか?もっと緻密な戦い方とかはいいのか?」

 ナイの言葉に呆気にとられた。

「はい、以上です。今教えられる全てを教えたつもりです。あ、後は、戦い方云々よりも大事な事があります」

「それは…」

 途中から声のトーンが変わったナイに思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

「それは、逃げる事です」

「逃げっ?えっ?逃げる事!?」

「そうです。同仕様もなく勝ち目の無い時は逃げる。敵に異変を感じたならば逃げる。戦況が変わったならば逃げる。物量に押しつぶされそうになったら逃げる。エトセトラエトセトラ。逃げて命があれば物種です。そこからどう立て直すかの方が戦って散るより大切なのです」

「三十六計逃げるに如かずってやつか…」

「そうです。チャンスは二度と訪れない訳ではないのです。戦っている最中、離脱の最中、逃走の最中、身を隠している最中。好機を逃さなければ勝ちなのです」

「まともな事も言えるんだな」

「ええっ!?私がまともではないとでも?」

 ツッコミはしないでおこう。疲れるだけだ。

 確かに今教えられた全てが逃走へと繋がる。

 逃げるが勝ち。よく言ったものだ。


「あっ、そうです。今、日本は夜の十時ですよ?」

「おう、ナイが言いたいことはなんとなくだけど分かった」

「ええ、よかったです」

「じゃあ、今日はこの辺で先に帰らせてもらうよ?父さんの晩御飯を作らないといけないし」

「はい、よく咀嚼して来てくださいね」

 恐らくダブルミーニングであろうがここは無視。

「次は、簡単な任務入れときますので充分な休養を」

「どんな任務なんだ?」

「時に、対立するということは敵となるだけではありません。敵と呼べる程生易しいモノではなく脅威となる場合もあります。出来れば敵とならず穏便に且つ速やかに和睦を結んだ方が得、と言う言い方は余り適切ではありませんが、まあ言ってしまえば和睦の協定ですね。アプローチはこれで百はくだらないでしょうけど…」

「話し合いで済むに越したことはないな。だけど多くないか?それって本当に仲間になるような神話生物ヤツなのか?」

「ええ。戦いは好まないですし。しかし、如何せんこちらの要求を飲んでくれません。ですから手を替え、人を代え、試行回数を重ねて。今回は悠君に白羽の矢が立ったのですよ」

「それって本当に安全か?」

「勿論!護衛としてラインハルト君とユーナ君、それにアリス君を就けます。大体の小規模任務は基本覚者四人と我々神話生物を主として八人一組エイトマンセルで行います」

「ユーナさんって確か…」

「そうです。食屍鬼グールの覚者であり、槍使いの方です」

「僕の護衛にしては仰々しくないか?」

「いえいえ、悠君も仮入団とはいえ、大事な家族ファミリーですからね」

 ファミリーか…

「後日詳細を伝えますので、これを」

「?」

「現在の日本で多く使われている知恵の実社の携帯端末に似せて作らせた星の智慧派特性の通信デバイス兼通行手形です。これがあると邪神の指パッチンが無くとも、街中でも教団への扉を探索、発見、使用出来ます。悠君の住む暗丈市には三つ程スポットがありますね」

「ますますガバガバな教団事情が浮き彫りになってるな…。というか扉うんぬんは闇がいれば…」

「何か言いました?」

「いや、何でも無い」

 気付いていないなら言わぬが花、だ。

「まぁ、ハルさんが居るなら多分大丈夫かな?」

「そうです、選りすぐりですからね!これで大方な任務の事は伝えました。何か疑問点、質問はありますか?」

「特にはないけど。失敗しても文句言うなよ」

「いえ、交渉決裂は日常茶飯事です。さして咎めませんよ」

「そうなのか」

「では、観客抜きのエキシビジョンは以上です!が、そろそろ帰路についた方がいいのでは?」

「あっ!忘れてた…。先に帰らせてる闇も待たせているし、もう帰らないと。戦いは慣れないけど、少しずつ進む事にしたからな」

「それで良いんです。ではお気をつけて」

 パチンとナイが指を鳴らす。

「ああ」

 目の前に現れた扉を抜けた先は見慣れた桂月家の玄関であった。


「随分と好かれましたね?ラインハルト君」

「何でだろう。普通に振る舞っているつもりなんだけどな」

 ラインハルトは心当たりがないと頬をポリポリと掻く。

「案外カリスマ性を持っているんじゃないですか?まあ私程ではないですが」

「僕が?いや、そんなまさか」

「それにしても、教え甲斐のある生徒ですねぇ」

「神父、アレ使ってたでしょ?」

 ラインハルトの眼光が少し鋭さを帯びた。

「抜け目ないですね。ええ、使いましたよ?もし、教師役が負けては格好がつかないですからね」

「素直に認めるんだ」

「それより、最後の言葉聞きました?」

 ナイは露骨に話を逸らすが、ラインハルトもその話には興味があるようで

「闇を待たせている、でしょ?」

「にゃは!良いですねぇ」

「良いね。若いね、やっぱり」

「故に青臭い。ああ、人間とはかくも面白い」

「じゃあ、僕も人待たせてるから。先に上がるね」

 思い出したかの様に、はたまた、この時を待っていたかのようにラインハルトはすっくと立ち上がる。

「そんなぁ、もう少し話しましょうよ」

「ユーリィがいるでしょ?きっと僕もまた、まだ青臭いのさ。じゃあね」

 ラインハルトは扉を作り出すとそそくさと帰ってしまった。

「ユーリィ君は聞き専なんですもん…。って、行ってしまいましたか」

 その場に残されたナイの顔には、やはり黒い笑顔一つ。

「現代の地球の医学では到底完治することの出来ない不治の病に侵され意識不明の彼女を救うため…。にゃはっ…」

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