3 決意 その1

「悠。学校行けよ」

 リビングから父の声が聞こえてくる。

 しかし悠にはそれがまやかしの物だと知っている。

 第一に父は既に家を出ている。

 そして、そもそも彼が自分に優しさを込めた言葉を掛けてくれるような事は無いということだ。少なくとも悠はそう思っている。

 では、誰が自分を学校へ行く事を催促しているのだろう。勿論闇だ。変幻自在の邪なるものは声までも変えられるらしい。

 煩い。胸中で呟いた。

 今でも鮮明に思い出せるあの地獄と例えた日の事が。

 自分の願いで生物や人間を殺せるのだろうか?

 逆に何故自分はあんなにも激昂したのであろうか?

 命は大事。なんとなくそれは分かる。

 だけど皆も彼等も命を賭けて戦って、戦って死んでいったのであろう。

 そこにあるのは唯、純粋な己の願いのみ。

「どうしたものかな」

 割り切れなかった。命を絶つ事に。

 人ならざるモノなら既に命を奪っていることに気が付いた。

 あの時は必死だった。自分を生かす為に。

 というのは聞こえが良いのかもしれない。だが奪っていることには変わらない。

「…うーん」

 ならば只願いの為に戦ってもいいのではないか?

 向こうもこっちも全員が純粋な願いで戦っているのだ。

「分からない…」

 分からない。と言えば言い訳になるのだろう。

 恐いのだ。自分が死ぬのが。戦って殺される事が。そうした場に自らを向かわせる事が。

 嫌なのだ。自分の手を赤く染めるのが。戦いで自分が変わってしまうようで。

 渦巻く幾つもの感情を押し殺し今日も学校へ向かうしかないのだ。それしか今の悠には出来なかった。


 数日後、つかつかと教団を歩く悠と闇がいた。

 家で考えても埒が明かないので此処で考えた方がマシだと思い、教団にやって来たのだ。埒を明かすために。

 ナイに聞かなきゃいけない事ばかりある。

 闇に目配せをし、それを読み取ってくれたのかパチンと指を鳴らしてくれた。

「闇、ありがとう」

 目の前に団長室と書かれている扉が現れ出た。

 軽くノックをすると部屋の主からの返事が返って来た。

 軽く息を整えると部屋の扉を一息で開けた。

 部屋にはラインハルトとナイの二人がいた。

「やあ、悠君。そろそろ来る頃と思い待っていたよ。聞きたい事は出来る限り話そう。ラインハルト君も交えて話そう。そう、三者面談みたいなものだね。おや?闇もいるので四者ですかね?」

「私は付き添いですので静かにしています」

「悠、恐らく神父も本当の事を話してくれる。それをどう解釈するか君次第だよ?」

「…はい」

 小さかったが確かにハッキリとした声で悠は返事をし、そして促された椅子に座った。

「悠君、こちらも話すが最初に聞きたいことがある。いいね?君の願いは窺い知れない。だけどそれに対してこちらは出来る限り手を貸すつもりだ。今の君の願いを訊いてもいいかい?」

「…最初は、最初は母さんともう一度生活がしたかったんだ」

「最初は?」

 ラインハルトが尋ねる。

「ええ、でも、本当は母さんの生死はどちらでも良いんだ…。ただ父さん達と幸せに暮らしたかっただけなんだ。甘っちょろいでしょ?だけどそれが僕の願いだったんだ」

「悠君。今、だった、って言ったのかい?」

 今度はナイが尋ねる。

「そう、だったんだ。でも、怖くなったんだ。人や化物を殺せる程の力を急に手に入れた事を。ついこの間まで普通の暮らしをしていたんだ。もう普通に暮らせないなんて…」

「そうだよね、急には割り切れない。だけど、力を持っているのに使わずに逃げているのも罪だとは思わないかい?それで守れる命や救える命があることも事実なんだ」

「ラインハルト君!流石に言い過ぎじゃ…」

「いや、神父。ここで全てを伝えるんじゃなかったのかい?彼の可能性を信じたいんじゃなかったのかい?」

「そうですが…」

 力を持ってしまった者の務め。守れる命。救える命。そして自分の可能性。

「可能性…」

 悠の言葉に振り向く二人。

「…これから起こる、起こり得る最悪の未来、それを断ち切る程の、誰も涙を流さないような、そんな未来を僕でも築けるのか?」

「築けますとも…では、強くなりなさい。誰よりも強く。皆を守り通せる強さを」

 貼り付いた笑みではなく、柔和な微笑みのナイの言葉がやけに響く。

「誰よりも強くなるには優しさだけではなれないよ?分かっているよね?」

 厳しい物言いだけれどもハルさんの優しさを知っている。

「いざとなればこの闇、身を盾にして悠さんを守ってみせます」

 闇もなんだかんだで一番付き合いが長くて一番助けてもらっている。

「…まだ迷わせてください。入団の件。どちらに転ぶにせよ、中途半端はしたくないんだ」

「解りました。その為の仮入団ですからね」

 少しずつだが緊張の糸が解れてきた。

 今は聞ける内容を全て聞いて、この不安を取り除くことが必要だ

 まずは、

「ハルさんの部隊は第四って呼ばれているけれど、どんな部隊があるんですか?」

「そうですね、では、部隊の説明から始めさせてもらいます」

 ナイがゆっくりと語り始めた。

「部隊は教団がより良く稼働するための機関であり、神格級の覚者君達にはそれぞれ否定を持って動いてもらう事にしています」

「否定?」

「否定。そのままの意味です。私達ナイアルラトホテップの原動力みたいなモノです。それと夢見の波長が同調することにより力を引き出す事が出来ます」

「僕は『不望のぞまず』、『絶望』を否定して動いている。つまり、裏を返せば『望む事』、『希望』を信条としていることにるね。皆の願いを叶える、その為に」

「希望…」

 ボソリと、しかし一つ一つ噛みしめるように呟く。

「他教団との戦いを主に行う遊軍が第四ですね」

 一瞬あの地獄がフラッシュバックするが、それを思考の隅に追いやる。

「次は第三部隊、分析部隊アナライザー。彼等は主にサポート役です。教団内のこの空間維持に始まり、言語共通化、などなどです」

 チラッとラインハルトがナイを睨む様な仕草をしたが気のせいだろう。

「次に第二部隊、伝達部隊スピーカー。これは世界に暗躍してもらっている影の部隊。政財界、マフィア、国家など裏のコネクションを担当してもらっています」

「情報操作ってやつか…」

「そうです。例えば、ええと、これだ」

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