2 代償 その8

 何を言っているんだ?同じ戦列とは?死に際の戦士の言葉が悠の思考を不謹慎ではあるが冷静にさせる。

「分かってるよ。レオ。…ロキ」

「ああ」

 するとロキは徐ろに、姿をレイピアへと変える。

 一体何をするんだ?


「…やっぱり出ちゃいましたか…」

「死者ですか?」

「ユーリィ君は容赦ないね…うん、第四のレオ君です」

 振り返るとナイの顔には確かに笑みが貼り付いている。しかしいつものデタラメな溌剌さがない。

「死です。終末です。生が、誕生があれば必ず訪れるものです。故に恐れ、忌み嫌われるものなのです。別れは…辛いですからね」

 ナイの笑みがぎこちなくなる。

「神父様そんなお顔なさらず」

「とは言っても彼は…」

「そういう時のラインハルト部隊長なのでは?」

「そうでした。だとしても歯痒い、口惜しい…」

 机上のデバイスの映像をユーリィが壁に移動させ拡大する。

「さぁ神父様」

 ユーリィの催促に立ち上がり目を移すと、

「思い出しました!あの場には悠君がいるではありませんか!我らの力の一端を見せつけられますよ!」

 先程の事など忘れてしまったかのように話題を変え無理にいつもの調子を出そうとするナイがいた。

「神父様、お労しや」

「何がです?ほら始まりますよ!ラインハルト君の真の力の一端が!トリニティな三位一体!ああ、アレを見せることになるとは!」

「あっ、分かった。これを見せるためにいきなり実地なんて事をしたんだ。流石だねぇ、神父ちゃん。抜け目ない~」

 先程から団長室に居続けていたジェルミが何十機目の紙飛行機を飛ばしながら口を挟む。

「ん?何のことやら?私はレオ君を亡くして傷心中なんですよ?そんな考えあるわけ無いじゃないですか?」

 読めない、読めないよ、神父ちゃん。それは昔からで、それ故にきっといい未来が待ち受けてくれる事を望まずにはいられない。ジェルミは心の内で呟いた。


「そんなに落ち込むな、ライニー」

「レオが僕の部隊に所属して来てくれた日の事覚えているかい?ロキ」

「ああ。あの日もこのクソったれな職場のクソったれな仕事の日でしたねぇ」

「そして悠君と同じく僕に怒りをぶつけてきたよね」

「そうでしたねぇ。そして彼にも同じ光景を見せましたねぇ」

「そう、まるで悠君とレオが入れ替わるかのように。…できれば二人共救いたかった」

「それは欲張りと言う物だ。ライニー。彼ではバルドルのようにはなれないし、そんな人間も神も奉仕種族もいない…。では、彼の命の灯火が消える前に」

「ああ、じゃあ行くよ、ロキ」

 二人は心中で語り合い、決意が固まったようだ。

「じゃあ悠、見ていてくれ。これが部隊を統率する者の力…邪神かみと人の力の融合を」

 融合とは何かと疑問が口をつく前に突如ラインハルトの体が発光した。

「「ニーベルングの指環」」

 彼等がそう呟くと、光がより一層強くなり周りに冷気が立ち込める。

 バラバラと音を立て何処から現れた羊皮紙が彼等を包み込む。

 光が収まるとそこには北欧の、古から伝わるエッダに描かれる神の装束を身につけたラインハルトがいた。

 いや、ラインハルトと言うよりロキを足して割ったよう。金髪と黒髪のグラデーションが美しい頭髪、顔には優しさと哀しみを湛えている。

「あの、ハルさん?……ロキか?」

 おずおずと悠が尋ねると

「「どちらでもあるし、どちらでも無いかな」」

 二人の声が重なって聞こえる。しかし、不思議と不快には思うことはない。

「「これは、神我一体、絶対存在アティエルと呼ばれる姿、一つの体に二つの魂を持つ自然の摂理に反する姿」」

「何をするんですか?戦列ってなんなんですか?」

「「私のこの姿は想像し、創造する力を最大まで増幅した結果だ。そして戦列とはこの姿のモチーフとなるニーベルングの指環、その第一日のワルキューレの事だ」」

 ニーベルングの指環。リヒャルト・ワーグナーの手掛けた超が付く大作の楽劇のタイトル。

それは神話の世界を見事に描いた作品で、全ての上演には十五時間掛かる代物である。

 その中のワルキューレ。ワルキューレは北欧神話に於いてヴァルキュリアの名で知られ、猛き英雄の魂をヴァルハラへと誘う神の使いの総称。

「つまりレオさんは…」

「「ああこのままでは死んでしまうだろう。だが私の力で半永久的に死を留保し続ける事が出来る」」

 そんな事が出来るのか?いや今までの数々の現実を逸した事柄を目の当たりにしてきた悠には完全に否定することは出来なかった。

「「では、レオよ。私の中で永遠に生きてくれ。神々の黄昏、ラグナロクのその日まで…」」

 そうラインハルトとロキの合わさった者が呟くと、空に穴が現れそこには半透明な幾人幾十人もの人々の影がこちらを見ていた。

 するとレオと彼の相棒であったシャンタク鳥の体から半透明な彼等が現れ、空のから舞い降りた戦乙女に誘われて行った。

 それはとても美しく、とても残酷な光景であった。

 周りには涙を浮かべる者、啜り泣く者、叫ぶ者、敬礼をする者、皆レオの死を悼んでいた。

 やがて空中に現れていたヴァルハラが無情にも少しずつ、しかし確かに消えていった。

「だから君にはよく考えて欲しいんだ。君にはまだ選ぶ権利がある。その大切さを分かって欲しい」

 いつの間にか神我一体を解いていたラインハルトとロキがいた。

「そうです。ああ、また。今度は鼻水まで。拭きたまえ。何故君が彼にそこまで感情移入するんだ?」

 先程の光景で、気付くと悠は泣いていたようだ。

「…あの後、レオさんはどうなるんですか?」

 顔を拭いながら再び問う。

「僕らのニーベルングの指環の能力は大きく分けて四つある。かの劇のようにね。その中の神々の黄昏を発動するまでは僕らの想像による創造によって創りだされた仮想現実空間ヴァルハラで死の概念を留保し続けている」

「…じゃあ別の肉体に戻せればいいんじゃないですか?」

「残念だけど、僕はそれを留保しているだけ。そもそもそんな事が出来るのは本当の神だけだ」

「…こいつ等の科学とか魔術とか奇蹟とやらで、どうにか出来ないんですか?」

「悠。どんなに強請ってもだめだ。もうレオは帰って来ない。目の前で人が死んでしまうのは初めてかい?そう、人の死とはこうも呆気無いものなんだよ」

 冷たく言い放ったラインハルト達は既に現れていた門に向かって歩いて行った。

「…悠さん。一旦帰りましょう。ナイに聞けばいいでしょう。洗い浚い全て」

 取り残された悠と重い口を開いた闇が掛けた言葉はあまりにも頼りないものであった。


 自室のベットの隅で血が滲む程強く手を握りしめる悠がいた。

「…やっぱりハルさん、優しい人じゃないか…」

 一人、自分の怒りを一身に受け止めてくれた男の名を呟いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます