2 代償 その4

「始めっ!」

 試合開始の合図、と共に鋭い突きが始まる。

 一突き目、二突き目はフェイント。と言えども、そのどちらも速度は素人目で見ても達人の域に達していると言わせられるような代物。対する剣士はその場から動かず。体勢の移動だけで躱す。

「シュッ!」

 三突き目は的確に剣士の利き手上腕を狙った一撃。これもヒラリと闘牛士のように躱し、そのまま槍にそって槍使いの女の懐に飛び込む形に移行する。

「くっ!」

 しかし女は槍を薙いでそれを退ける。

 退けたと思った。

 剣士は槍の柄に手を置き、そのまま穂先を踏みつけ、一気に間合いを詰める。

 そして先程と同じように首元に剣先を突き付ける。

 が、槍使いはそのまま槍を撥ね上げ剣士を空中へと追いやった。

 追いやった。追いやったのだ。

 しかし空中に剣士はおらず、ローブだけが舞っているだけだ。

 既に剣士は背後にいた。

「そこまでっ!」

「ぐっ、ありがとうございました」

「こちらこそ、突きの鋭さ前より上がったんじゃない?」

「いえ、貴方を捉えられないならまだまだです」

「うんその意気だよ、でもまだまだ捉えられるつもりはないからね?」

 この剣士こんなやりとりを三十人とはしているだろうか。しかし息一つ乱れてはいない。

 全ての闘いがスピーディで、且つ簡潔である。

「流石ラインハルトさんだ」

「ああ、俺、彼の隊に配属されて良かった」

「しかもイケメンなのに気さくだし、下っ端の俺らにも話しかけてくれる」

 男性からの賞賛がこれなら女性からの評判は言わずもがなだ。

彼の名はラインハルト・ヴィルヘルム・キルシュタイン。神格級の覚者であり星の智恵派教団、第四部隊、討伐部隊デモリッションの隊長である。


「凄い…」

 感嘆の声が自然に口から溢れる。

「でしょう?ラインハルトの第四に入れるなんてツイてるね。ええと、名前は…。そうそう、悠だったわね?よろしく」

「よろしくお願いします」

 さっきから話しているのはというか引率ということで説明してくれているのは、件の魔女キザイア・メイスン本人らしい。

 呪術的な何かなのかは置いといて若作り頑張っているなぁ。

「ん?今くだらない事でも考えてた?」

 語気が強くなり、肩に乗っていたブラウン・ジェンキンもこちらを見てきた。

「なんですか?殺る気ですか?悠さんに楯突く事つまり私に牙を剥く事。キザイア、次の依代の準備は出来てるのね?」

「いやぁ、畏れ多い。闇様。そんな滅相もございません」

「キザイア?それで逃げられたとお思い?」

「ちょっ、謝ればいいんですね?悠、ごめんね」

 何だかんだコイツの地位高いのな。というか喧嘩っ早過ぎではないか?話自体が物騒なのでラインハルトと呼ばれたあの隊長さんを見ることにする。いや見ざるを得ないではないか。

 視線に気づいたのか、ラインハルトがこちらを見上げ白い歯を見せてくる。

 その細身ながらも長身な姿から放たれる屈託のない笑顔はこの忌むべきもの等とは違い血が通っているように思える。

「何見つめ合ってるんですか?はっ!!まさかそちらの趣味でしたか!まさか…。では今すぐにでも姿を変えなければいけません」

「どんな姿でもいいけど。その間違った考えを改めてくれるなら」

「どんな姿でもいいと仰りましたね?では人の子が闇をさまようものと呼ぶそのものの姿に」

「なあ、キザイア?」

「無視ですか!?」

 どこかから取り出したトラペゾヘドロンを中心に配置したコンパクトを手にしていた闇は目に見えて頭を垂れた。

「何だい?悠」

「そう言えば神格級って言ったよな?ラインハルトさんはナイアルラトホテップのどの姿の覚者なんだ?」

「噂をすれば影。見てみて」

 そう言われラインハルトの手元見ると既に先程握られていたレイピアは無く、隣にこれまた嫌な微笑を持つ男が立っていた。

 男は中世いや、更に前あたりか。貴族のような出で立ちで三白眼の瞳を妖しく光らせている。

 猫背であるが長身であるラインハルトに引けを取らない、一言で言うならラインハルトの影のような男の姿をしている。

「で、結局あれはどいつなんだ?思い浮かばないんだけど、あんな顕現あったか?と言うか人の姿だともう少しヒントがないと分からないんだけど」

「フッフッフッ、分からない、と言われて教えたくならない馬鹿はいません。だけれども直ぐに教えてしまうと言うのも愚の骨頂。まずは、ヒントからです」

 すごくイラつく。流石邪神を崇拝する魔女。思考回路がコイツ等そっくりだ。

「まず、世界には幾つもの神話がありますよね?」

「ああ、だけどどれも作り話、創作物なんだろ?実際に存在するクトゥルフ神話を除けば」

「それでも神話自体は存在し、元々土着の信仰心によるものですよね?」

「そうだな。その地の気候を擬神化もの、事象や地形そのものを擬神化したもの、英雄や王とかが己が力を誇示し擬神化したもの…っておい、まさか神話の創られた頃に接触したとかじゃないだろうな?」

「素晴らしい回答です。感動的ですね。そうです。そして彼の神性が降り立った地は北欧です、とここまで言えば分かるのでは?」

 無意味ではないらしい。

 一度整理しよう。

 北欧。つまりは北欧神話。北の閉ざされた空間。荒々しい北海と吹き荒ぶ吹雪の地。

 ここで人々が語り継いで来た神話はその荒ぶる天候にも似た神々の物語。

 そしてこの神話でトリックスター、人々だけでなく神々をも騙す虚偽の権化と言えば、

「…ロキ、か。そんな理論ありかよ…」

「神々には不可能はないのです!」

「そんなデタラメな…」

 デタラメ。だが少し考えれば浮かぶ推論だ。

 世界の神話の中でもヤツ、ロキは異質過ぎる神格だ。

 まず、出自。元々神ではない。世界に仇なす霜の巨人がヤツの生まれとなっている。北欧の人々が、怯える程の冷気を纏う巨人が住むヨトゥンヘイム、つまりは『外界』からの侵入者である事。

 次に、神でありながら他の神々を罵倒するわ、嘲笑するわ、尚且つ神の存在を脅かす怪物の子を三人?三頭?も設けている。それぞれ主神、最強の神、数多の兵士を死に追いやっている。

名前の意味もそうだ。閉ざす者、終わらせる者、こんな意味であるがあくまでも神なのだ。

神々の終末戦争、ラグナロクの発端と言ってもいいことをしでかす。つまりは一度は北欧世界を危機に陥れている事が名前からも分かる。

 そして最後に、彼を主立って崇拝する人間は過去から今に至るまでほぼ皆無であることだ。

黒魔術等の例外イレギュラーを除いて。

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