2 代償 その2

 さっきから何を言っているのか分からない。だが、意に反しこの旅人に若干の興味が湧いてくる。

「何なんだ?アンタ?」

「僕かい?僕はサンジェルマン。あぁ、爵位なんかも貰ってた気がする。うーんと分かり易く言えばサンジェルマン伯爵だ。気軽にジェルミと呼んでもらって構わないよ?」

 これは驚いた。

 サンジェルマン伯爵に会えるとは。

 合点がいった。先程の奇妙な言動然り。

 と、ボロボロのナイが部屋に入って来た。そしてサンジェルマンと名乗る男を見ると、目を見張って驚いていた。

「ジェルミ君来てたの?何時?さっき?水臭いなあ、君は何時の君なんだい?私は元気にしてたかい?そうか、そうかい今日はどうしたの?」

「あなたがサンジェルマンですか?思ったより若いですね。で、この時間には何用でいらしたのです?」

 ナイと闇が各々の質問をサンジェルマンに投げかける。

「神父ちゃん達近いって~。今の僕は少年の命を救いに来たんだ」

「少年って、もしかして悠君?こんなに早く?」

「うん早いね~。最速じゃない?」

「いやいや待て待て待ちなさい。話を勝手に進めるな!」

 思わず置いてけぼりな会話に水を差す。

「本当にこの人はあのサンジェルマン伯爵なのか?」

「そうだね、かの高名なサンジェルマン伯爵、そして兄上の覚者。それが彼」

「高名だなんて照れるなぁ。うん、伝えることは伝えたし、その辺ぶらぶらしてくるよ?神父ちゃん」

 言葉通りにふらふらとした足取りで出口へ向かって行くと、思い出したかのように踵を支点に華麗なターン。

「あっ、そう言えば少年何か困ってなかったっけ?」

 ん?そうだった。すっかり忘れていた。

「うん?そうだった!遅刻しそうなんだっけ?事故っちゃう理由。じゃあ少年がここに来たくらい前まで連れて行ってあげよう!それで万事解決じゃない?」

 これには願ったりかなったり、だが、

「おいナイ、お前等に出来なくて人間の彼に出来るとはどういうことだよ?」

 向ける先を見つけた矛がナイを突付く。

「いやぁ、だから私も闇も口にしたあの人って言うのが彼なんですよ。一代で窮極の門に到達したサンジェルマン伯爵その人。非可逆の時間の流れに抗い、その時間そのものである兄上の力を扱える者の!」

「もういい、もういいんだ。ナイ…。連れて行ってくださいサンジェルマンさん」

「ひどい!私呼び捨てなのにジェルミ君にはさん付け…」

 ナイが部屋の隅でいじける素振りをみせる。まあ素振りだけだろうけど。

「うん、少年もジェルミでいいよ。少年にはこれからも度々会っていく仲だろうし」

 やっぱり頼れるのは人間だけだなとひしひしと感じた。

 使う力の話は無しにして。

「じゃあ行こうか少年、闇ちゃん」

「気軽にちゃん付けで呼ばないでください」

「相変わらず、いや今の君は初めてだろうけどキッツいな~。まぁいいやじゃあ早速」

 と徐にコートのポケットから球体を取り出した。それは玉虫色のガラス玉のように見え、内側には煙のようなガスが充満しており、見る角度によってそれぞれ異なる色をするようになっている。

 悠が不思議そうに見ているとジェルミは笑って、

「そうか今の少年はまだヨグちゃんにも会ってもいないし、見てもなかったね。ほい、これヨグちゃん」

 ぽいっとジェルミは球体を投げる。

 不意に投げられたそれを危なげにキャッチすると、

「うむ、桂月悠か、直接話すのは久しいな。ジェルミの助けがなければ命が無かったと言うのに元気そうではないか」

 癪に障ったので投げ返しといた。上投げで。ヨグちゃんってヨグ=ソトースの事か…

「兄上は陰気で陰湿で陰険ですからね。でもジェルミさんとは不思議と波長が合ってるようです」

 と闇。

「三番目で嫉妬深い機械生命体が言いそうな言葉だねぇ。うん?こっちの話」

 ジェルミは訳の分からない事を呟きながら、悠と闇に立つ場所を指定してくる。

「時空間の軌跡ルート座標ポイント及び虚実の波、異常なし、軌跡に於ける障害なし、と。完了コンプリート。ではでは、門よ、ひらけ~」

 気の抜けた言葉と共に悠と闇の足元の床がグレースケールのオーロラに囲まれ歪んでいく。

「ではでは、お気をつけてね~」

「これってどうなるんですか?」と言う言葉を発する前にそのまま沈んで行った。

 というか落ちた。

 ドスン

 がベッドの上に落ちたのは幸いであった。闇はどうやら頭から床に落ちたらしく暫く起きられそうにないようだ。きゅう~、とか言っている始末だ。

 ここは見慣れた自分の部屋。あまり趣味のものは置かれていない殺風景な机。本棚には勿論コズミック・ホラー系の書物が複数蔵書してある。

 時計を見てみると午後の八時半。辺りは真っ暗だ。

 よし、これで間に合ったがジェルミ、先に言え。


「神父っ!ナイ神父はいるっ?!」

 バタンと扉を蹴り開ける少女。

「ほぉら来たよ。コーヒー飲んでなくて良かった」

 ナイは泰然自若といった具合に湯気の立ち上るコーヒーのカップを傍らに置きながら、いつも通りに書類とにらめっこしている。

 そしていつも通りユーリィが影のように立っている。

「資料みたけど、何でチームにアイツがっ!」

「うぅん、アリス君となら良いチームになると思ったんですけどねぇ。何故人は徒党を組むのでしょう。その根底には恐怖があります。根底にね。その恐怖を補い合う事で克服していくから仲間だとかチームだとか組むんじゃないでしょうか?」

「精神論を聞いているんじゃなくて!」

「それに、いい加減、火に慣れてはどうですか?もう八年になりますよ」

「くっ、いいわ!邪魔はするなとキツく言っといて!」

 ナイの返事を待たずに部屋の扉を乱暴に閉めて何処かへ消えていった。

「人には相性と言うものがあります。大体は第一印象で決まってしまいますが、そうは言っても慣れていくことで最高のハーモニーを奏でる事もありますからね。アリス君も知っているでしょうに」

 部屋に残ったナイはやれやれと言った具合で傾いた扉を見つめていると、入れ違いにジェルミが部屋に入って来た。

「相変わらず散らかっているね」

「相変わらずこの規律ある乱雑さを理解出来ていないようだね」

 互いに嫌味を言っているはずなのだが両者とも笑顔で話している。それを言い合えるような仲だと言うことは明白であった。

「ラインハルト君の所に彼を所属させたよ。で、最初の部隊総出の任務のチーム編成に彼の名前があったからアリス君は怒ったみたいだね。分かっていたけど」

「ああ、僕が見てきた中で最良の未来の最適解の一歩目はそれだからね」

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