2 代償 その1

 悠が目覚めると見知らぬ天井が広がっていた。

「何処だ?ここ?」

 まだ眠い目を擦りながら悠が辺りを見回すと、ある壁に時計が所狭し並んでいた。

 まだピントが合わない目には時計板のガラスに薄っすら映る検査着の自分がいた。

 そして日本時間と書いてある時計を見ると八時ジャスト。

「そうだ朝ご飯作らなきゃ…」

 と、呟いた途端に違和感。

一気に濁流の様に思い出した。昨日の出来事を。戦闘を。

思わず自らの体を見回すが傷は本当に無いようだ。

 次に吐き気。

 しかしあの時の傷の痛みを確かに覚えていて今考えれば怖気が走るし、魂に注がれたのはどす黒い暗い闇色の狂気に相違ない。

 はぁ、と深い溜め息を漏らし、両手で顔を覆う。

 が、今はここを出ることが先決だと無視やり思考をシフトする。シフトしないとやっていけなさそうだったからと言うのもある。

「本当に何処だ?ここ?」

 まあ、教団の何処かということしか分からない。

 で、今居るのが、白い清潔感のある室内は医務室にも見える。

 しかし自分を診ていたであろう検査器具など無く、それを扱う人もいない。

 本当に殺風景な部屋の片隅に自分の荷物だけが綺麗にまとめられている。

「おーい、誰かいないのかー」

 取り敢えず自分でも間抜けな問いだと思いながらも疑問を口にしてみる。

 すると、

「はーい。いますよー」

 これまた気の抜けた返事が返ってきた。

 声の主の方を見るとドアのガラス部分に黒と赤の美しいコントラストの髪ひょこひょこと見えた。まだ出会って数日だというのに見慣れてしまっている自分がいる。

「ここのドア開いてるそうですよ?」

 恐らく自動ドアであろう。

 悠が近づくと意図も簡単に開いた。不用心が過ぎると思うのだが。

「開いてるのかよ。入ってくればいいじゃないか。お前の能力なら出来るだろ?」

「えっ、殿方の寝ている部屋に入っていいんですか?」

「ノーだ!」

 自分で言っておきながら即座に否定した。中々ヒドイと思うが闇の顔を見たら否定せざるを得なかった。

「そんな!悠さんの寝顔、見てはいけないのですか!?」

「当たり前だろ?見せるものでもないし」

「見せるものでもありますよ」

 顔を近づけ熱弁を振るう闇。

「近い近い!なんでそこまで僕に関心を持つんだよ!」

「はぁ、鈍いんですねぇ」

「何がだよ」

「いえ、何も」

 やれやれと言った様子で首を左右に振る。いや何が鈍いんだ?悠が疑問を浮かべていると闇が口を開く。

「では、悠さんが聞きたいであろうことを伝えておきます。前回までの覚者、悠!一つ!私と悠さんは強敵アリス何某に引き分けという結果でしたが無事退ける事に成功!二つ!その後悠さんは戦いの疲れを癒やすため、あのポッドの中で一晩を過ごす!そして三つ!このままですと学校遅刻しますよ?」

 悠の現状を伝えてくれる闇。何だかんだで心配してくれ…

「おいさっきも見たが今何時だ?」

「八時六分をお知らせします」

「遅刻じゃない?」

「ですねぇ」

「ですねぇ、じゃないよ!どうすんだよ!父さんに夕飯と朝ご飯作ってないし、ていうか家に帰ってないし、ああ、そう言えば今日数学のテストがあるんだった!」

「いやあ、起こせば良かったですかね?」

 朝からコイツら特有の見慣れてしまった黒い笑顔が出た。

「朝から憂鬱どころの騒ぎじゃない!ここをすぐに出るぞ」

「おっ悠君じゃあないですか!長めの戦士の休息は済んだのかい?」

 ナイが長い廊下の先から闊歩して来る。というかドアの前で何しているんだ僕達は。

 そうだ、この際ナイにでもすがって!蹴りを入れるのは、また別の機会にとっておいてやる。

「ナイ、お願いだ、ここからすぐ出たいんだ。学校が始まる時間がすぐなんだよ」

「おや、悠君がお願いしてくるなんて出会って三日目だけど珍しいね。だけど無理なことは無理とハッキリ言わせてもらうよ?いいかい?時間とは知っての通り非可逆的なのだよ。そこをどうかしろと言われてもいかに崇高な邪神でも出来ない事なんだよ。どぅーゆーあんだーすたん?また、私的な理由でゲートは使えない。はいっ、りぴーとあふたーみー?」

「チッ」

「うわ、ここまで露骨な舌打ち初めてかもしれないです」

 ナイがしゅんとなるが闇が質問する。

「ねぇナイ。あの人は何処にいるのですか?」

「闇ですか、うぅん…それは分かりません。一体何処を彷徨っているのか…」

ん?会話で不思議な点が、

「お前ら名前で呼ぶことにしたのか?」

「ええやはり気持ち悪いですし、他の貌ともそういう事にしていますし」

 ナイが事も無げに言うが闇は心底驚いたと言った表情で、

「なんですぐに教えてくれなかったんですか!?私だけ恥ずかしいじゃありませんか!!」

「いやいや最近は私の他の貌がなかなか目覚める事が無かったのでつい、と言うのは建前で本音は闇が何も知らないで私って言うのが滑稽で、ゴフッ」

 闇の拳がナイの鳩尾に突き刺さった。顔を朱に染めている。へぇそんな顔も出来るのか。

 自分自身をも笑い者にしていくスタイル本当に邪神だ。

「って、こんなことしてる場合じゃないんだよ。学校行かないと」

「なんだ~い。少年。お困りかい?」

 悠が身支度を済ませているとどこからか現れた人が声をかけてきた。

 診察台に腰掛けている男が団服を着ていないことからすると星の智慧派じゃないことが分かる。

何処か浮世離れした風体は旅人と言う言葉が一番しっくりくる。その目は開いているのか閉じているのか分からない程細い。

「誰ですか?何処かで会いましたっけ?今急いでいるんで」

 悠の立て続けの寄せ付けないラッシュにも揺るがず旅人もどきは、

「会ったことあるよ~。ついさっきだ。だけど少年さっき消えちゃって」

 なんだ?この人何言ってんだ?狂信者か?

「だから今日に来て少年のお手伝いしに来たんだけど~。今日、少年交通事故で死ぬよ?」

「え?あ?ん?何言ってるんですか?今ピンピンしてるじゃないですか?」

「うん?そうか!少年と初めて会う僕が僕なんだ!そうかそうか!いいかい?少年は、ここから自宅に行き、そして急いでいたんだろうね?家の近くの道で信号無視の車に轢かれて死ぬんだ!さっき見てきたけどそれはそれは酷かったよ?知り合いが死ぬのはいつだって嫌だから僕は一度だけは助けると決めてるんだよ。」

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