1 邂逅 その3

「いやぁ、よく来たね。私。それと私を起こしてくれた覚者君」

「そのお声はッ!!?」

 バッと物凄い勢いでその場で半回転したユーリィが叫ぶ。

 そこには長身痩躯で見ず知らずの悠からみてもどこか否が応でも引きつけられる謎の魅力を発する男が既に数刻前からそこに立っていたかのように周りと同調している。

 その風貌は白髪?銀髪?のオールバックに黒褐色の肌、黒のコート、右目には眼帯と言った出で立ちで、正に戦地に現れそうな異国の神父と言える様相であった。

「神父様っ!」

 この男が、か。

 ユーリィが心酔するのも何故か頷けるようなデタラメな妖しさを放っていた。

「ユーリィ君ありがとうございます。わざわざお連れ頂いて。本来なら私が出向かなければならないのに」

「いえいえ、神父様のお仕事が少しでも軽くなるなら」

「本当にありがとうございます」

「勿体無きお言葉。恐れ多いです」

「本当のことですよ。ユーリィ君はいつも謙虚だなぁ」

 何なんだ?こいつら…

 ダメ元で聞いてみるか、

「あ、あの、水を指すようで悪いけどもう君の言う御主人様とやらにも無事会えた事だし帰ってもいいよな?」

 悠の申し出を聞くとたまらなく悲しいと言った表情をこちらに向ける何某神父。

「そんなつれないこと言わないで下さいよ。覚者君。いや余所余所しいねぇ、悠君でいいかな?」

「いいですけど、さっきから気になっていたんだけど覚者だとか、複数いる貴方だとか、真っ黒い変な怪物だとか、なんなんだよ!あと今すぐ帰りたいのですが!」

 それを聞くと何某神父が不思議そうにユーリィの方を向く。

「ユーリィ君、説明してないの?」

「神父様が直々に説明する方が良いと思いましたので」

「素晴らしいっ!いいねぇ、教導、人を導くという事は何故こうも心を弾ませ、使命感を胸いっぱいにさせてくれるのだろうねぇ?」

 先程とは打って変わって喜びに満ち溢れると言った表情だ。一々オーバーリアクションなのが腹立たしい。

 だが何かが、何かが先程から気になる。いや、気のせいだろう。恐らく…。

「では私の部屋で話をしましょう。ではユーリィ君は例のブツを準備して下さい。飛び切りのヤツをね?」

「承りました」

 騒がしい片割れがススッと消えるように居なくなると、何某神父が大きくパンッと手を打つと何もない空間に扉が現れた。

 これで二度目。今度は出現の瞬間まで見た。と、ここで疑問が

「これってさっきの場所から、っと、神父さん?でいいのか?の部屋に出せなかったの?」

 神父は、考えもしなかったと言った具合に目を丸くしていた。

 あっ、出来るのね。

「と言うか話を聞く流れになっているけど帰らせる気はないのかよ?」

「うーん、帰ってもいいですが良い事もありますよ。話を聞くだけでも」

 どうせロクでもないことだろうと思いながらも、

「どんな事ですか、僕が家に早く帰って夕飯を作る以外の良い事って」

 若干苛立ちながらこちらもすることがあると明確に示してみる。

「どんな願い事でも叶うとしたらなにを願いますか?」

 突拍子もないことを聞く。

 億万長者、無限の快楽、不老不死、エトセトラエトセトラ。

 そんなの聖メリクリウスでも裸足で逃げ出すようなこと出来るはずがない。

 できるとしたら神や悪魔だろう、と、ここまで来て気付いた。

 神や悪魔。

 いや、気付いていたが無意識に避けていたのだろう。潜在的なものであろうか?いや今はそんなことはどうでもいい問題であろう。

「にゃはっ!!気付いたようですねぇ。察しのいい人は好きですよ。しかも此方側の知識を持っておいでとみえる!それなら尚更!では、お話を聞きたくなりましたか?」

 聞きたくないと言えば嘘になる。だけど本当に存在するのだろうか。半信半疑のままついて行ってしまった。

 引き金はここで引かれたのか?いやもっと前からなのか?

「で、なんで君はずっと黙っているんだ?」

「大和撫子って三歩後ろに這い寄るものでありませんでした?」

「知らないよ!」


「さぁ、ようこそ私の部屋へ」

 扉を抜けたらすぐだった。さっきの発言は正しかったようだ。

「ではでは、何処からお話しましょうか?」

 薄々感づいていた逃げ場など最初から与えられてすらいなかったのだ。

「あぁ!もういい!聞くだけ聞いてやる」

「にゃはっ!いいですねぇ!いいですねぇ!では順を追って説明していきましょうか」

「人の僕でも分かりやすく頼む」

「いいですよ。ヒトの悠君にも分かりやすく、ですね?」

 ニタリと貼り付いたような笑顔をみせながら神父は語り始める。

「時に、悠君。ラブクラフトと聞いて最初に思いつく人間は誰ですか?」

「やっぱり、か…」

 ハワード・フィリップス・ラブクラフト。この名前をもし知らないという人でもクトゥルフ神話、クトゥルー神話と言えば分かるかもしれないだろう。

 宇宙的恐怖、コズミック・ホラーに主題が置かれた作品郡のことである。

 作品群と言ったのは、ラブクラフト個人だけの作品だけでなく、人から人へと伝播・派生しており一つのシェア・ワールドとなっているからである。

 しかし神話として体系化が図られたのは物語と言う名の宇宙の中心にいた恒星ラブクラフトではなく彼を師とも友人とも呼び慕う衛星オーガスト・ダーレスによってだ。

 彼の世界観は賛否が分かれる非常に筆舌に尽くし難いが言うなれば、『極端』なものだったのだ。

 まあそれからこの世界観が維持し続ける事になるとは本人達は夢にも思っていないだろう。あるいは逆か…。

「知識を持っているとこうまで話しやすい。そうです。しかしながら彼の、いや彼等の作った体系とは事実は大なり小なり異なります。彼等の執筆した物語は、我々の生活風景の一部にすぎませんから」

 衝撃的過ぎる。嫌な予感しか与えてくれない。

 コイツ等は恐らくラブクラフト本人かシェア・ワールドの住人の誰かと接触している可能性がある。それも密に。

「つまり、想像主は創造主ではないと?」

「言い得て妙ですね!我らは彼方の深淵より生まれ出て来たものです。繰り返しますが、彼等は単に私達の生活風景を書き記したに過ぎません。つまりは彼等が書こうが書かまいが我らは存在し続けてきた、ということです」

 目眩がする。存在し得ないモノが存在してきただなんて。

 生きてきた中で、この異形のモノ達とすれ違うことさえあったのかもしれないのだ。

「話を変えますが、私の名前はご存知ですか?あちらの私を含め」

 指し示した先の彼女は読んでいた分厚い資料を見るのをやめ、紅い瞳でこちらを見つめ何事かと首を傾げる。

 コイツら恐らく想像するなかで一番厄介な部類に含まれるのであろう…。ああ、もう少しマシな出会いはないのか…。

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