浮かれる原因

 今日の職場の集中力はすごい。

 花金はなきんだからというわけではない。

 通常の金曜日なら多少のお喋りはあるだろう。

 それがないとは驚きだ。

 皆、忘年会にそわそわしてるのか。

 仕事を残すまいと必死だ。

 そう、行かないという選択肢はない。

「ほぉー、終わった」

 思わず言ってしまった眞志田に続き、皆が時計を気にしてカチカチやっていたパソコンのキーボードの音が止まった。

「じゃあ、行くか。タクシーで行く奴は後でな」

「課長は歩きですか?」

 と眞志田が課長と一緒に出て行くとぞろぞろと後に続いて皆が帰り支度を終わらせて出て行く。

 天上も同じように出て行く。

 俺が最後か……と思えば、何やら気合いを入れた風沢が戻って来た。

 それに最近、派遣社員として入った二十代前半の女性、泊里とまりさんも一緒に。

「あれ?! 柳瀬リーダー、天上さん知りません?」

「天上なら、もう行ったぞ。俺も今から行く。電気消して来いよ」

 と一応伝え、俺は出る。

 どうもあの二人は苦手だ。

 似ている。

 若さなのか思考が同じというか化粧が濃いからか。

 天上が先に行ってしまったのは問題だが、あいつは確か今日、酒飲むからと自転車ではなかったはず。

 何で来たかは知らないが着替える必要もないと先に行ってしまったのか。

 もしくは居酒屋ご飯に魅せられたか……。

 少し落ち込む自分がいた。

 何で、そんな所で落ち込む。去年まではあった余興がなくなって良かったじゃないか。

 去年、天上が何の余興をしたかは覚えてないが、風沢と何かカラオケで歌っていたような気がする。

 それは俺もか。

 課長に付き合わされて歌ったような記憶がある。

 酒が回っていたから、あんまり覚えてないけど。

 会社から数十分歩いた所にあるビルの中にある居酒屋で今年は忘年会となっていた。

 おっそいぞー! なんて言って来た課長が一番はしゃいでいた。

 泊里効果だろうか、エロくならなきゃ良いが……と座れそうな所を探す。

 ちょこんと座敷の隅に天上が一人座っていた。

 お局様が近くに居るからあの若い風沢と泊里が周りに座るかどうかは分からない。

 だからって、俺が天上の所に行くことはなく、眞志田が天上とは離れた所に座っていて右手を上げ、ここに座れと言う。

「ヤナさんは何飲む?」

「何だよ、急に」

 座ったと同時には止めてほしい。

 そうだな……と視界に入ってしまう天上の前に置かれた物を見てしまう。

 何だ? あれは……水のようだが、家での発言的には酒だと思うし、眞志田の目が俺を捉えていた。

 決めている暇はなさそうだ。

「じゃあ、とりあえずの」

「決まった?」

 と眞志田は周りに声を掛ける。

 こいつは幹事じゃなかったはずだが? と本物の幹事を探せば、居なかった。

 何かしているのかもしれない。

 気にせず、やって来た生ビールで乾杯する。

 その時には本物の幹事が居て、スムーズに時間が経って行く。

 気付けば、風沢や泊里といった若い女子社員達は偉い人の近くではない所で飲み出し、日本酒だと思われる物を頼んだあいつは、飲む前から座っていた所で一人、モグモグとしては無言で飲んでいる。

 顔が無表情の極みだ。

 怖い。

 美味しいのか、それで。

「やっぱ、ヤナさんも女の子の方、行きたいんじゃない?」

 何でだよ? と眞志田に問えば、目がそっち向いてるよ! と言われるのだろう。

 だから、言う。

「違う。天上の飲みっぷりが気になっただけだ。あいつ、誰とも喋らず、チビチビっていうかゴク、ゴクと休まず飲んでるぞ?」

「大丈夫だって、気にし過ぎ。まあ、ヤナさんの所からだと良く見えちゃうよね、乙希ちゃん。風沢さんはどっかに行っちゃったみたいだし。あ、余興とかなくて良かったね。課長変わって正解」

「それ、言うなよ」

「肩を持つの?! まあ、良いけどさ。あっ、泊里さん、どうしました?」

 こいつの敬語は珍しい。それくらい、飲みかけの果実酒持って、一人でやって来た彼女は美人だということか。

「居場所がなくて……」

「あー……もう皆、適当なんでね。席、移動しちゃってるし、食べることも叶わずってところかな」

「はい」

 と彼女は言う。

 何だか良い匂いがすると気付くのは、そういうのをつけていない天上と一緒に居る時間が長いからか。

「風沢はどこ行った?」

「トイレです」

 長いトイレだな……は失礼だから言わないとして。

「そこの、天上の所はどうだ? あそこなら十分空いてると思うが……」

 ここが良いんだよね? と言いたそうな眞志田を黙らせる手段だったのだが。

「あー……でも、結構、天上さん飲んでて……。わたし、それに付き合えるかどうか……」

「じゃあ、ヤナさんが乙希ちゃんの所、行けば? お酒、まあまあ行けるから」

「ああ……」

 そういう理由なら仕方ないと俺は席を立つ。

 そして、それを見ているのは数人だった。

 皆、何も言わない。良かった……。

 変に思われてないよな……。

 適当に天上の横に座った。いつの間にか天上の向かいの席の机が空になった物置き場になっていたからだ。

「誰も居なくて、つまらなくないか?」

「別に……。ただ飲んで、食べてるだけです。適当に追加注文してますし……」

 とテンション低めに言う。

「飲み放題、食べ放題だもんな。足りない分は課長が出すって」

「そうなんです、本当だったら、もっと食べたい! 飲みたい! なんですが、皆が居る手前、そういうキャラを出せるわけもなく……」

 苦労してんな……と言うのは違う気がして、本当のお前はどっちだよ! とも言えず、また頼んだビールを飲む。

「日本酒、美味うまいか?」

「水のような日本酒というのに惹かれて、だったのですが……そうですね、私は普通に果実酒の方が好きだと思いました」

「そうか」

 と頼んだままにされていた串を一つ食べる。

 微妙に冷えている。

「まあまあ美味しいですよね、ここ」

 と舌は普通。

「そうだな……」

 それ以上の会話をしない方が良いと判断して、その果実酒類を飲み出した天上の隣で温かい物を注文した。

 ただ飲んで食べているだけの時間もしばらくするとなくなった。

 風沢が来たからだ。

 トイレ、混んでてー! は嘘だと思う。

 会社で見た時より気合いの入った感じになっている。

 誰を落とすのか……考えたくもない。

 俺は関係ないと席を立とうとしたのに、風沢はわざわざ泊里を呼んだ。

 援護射撃でもしてもらうのか。

 無理だろうな……と俺はそこに留まる。

 だって、心は決まっているから。

「柳瀬さん……」

「何だよ?」

 急にそれまで無言を貫いていた天上が喋った。

 今からだって時に! と彼女達は驚く。

「吐きそうです」

 ウゲッ! とはならなかったが。

 そんな顔を彼女達はした。

 いつだったか、家で天上と飲んだ時はこれ以上飲んでもそうはなっていなかったが。

「トイレ行くか?」

「介抱してくれるんですか?」

「ああ……三影が居れば、彼女に頼むが居ないからな」

「何で、千璃ちゃん?」

 いつも居る印象だから、お前と……という話はしないでおこう。

「やってくれそうな感じだろ? あいつは」

 と三影の株を上げとくか。

 それは天上に対した時の場合に限ると彼女達は気付いているだろうか。

「まあ、とりあえず、トイレ連れてってください」

 お前のとりあえずはトイレか?! とも言えなくて、大丈夫か? ここで吐くなよ? としか言えない。

 演技なんじゃないかと思った時には彼女はすっきりした顔になっていた。

 トイレ、男女共用で良かったー! なんてのは通用しないな……。

「お前……」

「何です?」

「本当に吐きそうだった?」

「はい、今から柳瀬さん、食べられちゃうのかなー? って思ったら、何か嫌になったので救い出しました。あそこまで固まれちゃったら、嫌ですよね」

「お前……」

 解っているのか? と問い質したくなる。

「それともそうなってた方が良かったですか?」

「……ありがとうよ」

 何で、こいつに感謝しなければならない。

「あー……でも、柳瀬さん、泊里さんタイプですよね?」

「ハッ?」

「だって、好きそうな顔じゃないですかぁ? 可愛い感じの。大人しめがタイプでしょ!」

 それは……。

「当たり?! ですか?」

 酔っているのか、本当は。

「どうしてそう思う?」

「だって、柳瀬さんと噂に上がる人って、そういう女性が多いから。綺麗目か癒し系かって! 泊里さん、それに入るじゃないですか」

「そうか?」

「あれ? 違います?」

「何で便座タイムを終わらせて、こんなトイレの狭い洗面所でそんな話しなきゃなんないんだよ」

「本音、漏れちゃってますよ! あ、本音って言えば、私、タクシーで帰りたいんです。だから、柳瀬さん、お持ち帰りされないように私に付き合ってくださいよ! そうすれば、厄介から逃れられますよ?」

 こいつ、本当は計算高い? のか……。

「まあ、良いだろ。俺も早く帰りたい。協力してやる。お前の演技力は脱帽物だからな」

 共犯ですね……なんて言葉はいらないと俺はクラクラするという天上を連れてトイレから出て来た。

「あっ、良かった! 宴もたけなわって感じだったんですが……」

 見ての通りだと俺はその幹事に言う。

「ちょうど良かった。課長、俺、こいつタクシーで送って行きますね。ぐでんぐでんの吐いちゃった奴なんで」

「まあ、それはありがたいが。大丈夫か?」

「ああ、大丈夫です。家が近いんですよ。やっと住所聞き出しました」

「あー! 確かに、天上さんの住所は知らなかった。私が代わりに行きましょうか?」

「良い。風沢じゃ、運べないよ」

 さらりとかわしてみたが、まあ、正直、風沢じゃ、こんなになってしまった天上をどうすることもできない。

「は……また……」

 と小声で言う感じ止めてくれ! と誰もが思ったことだろう。

「天上の粗相は気にせず、締めちゃって下さい。後始末は俺がやっときますんで。タクシー呼んどいてくださいね」

 なんて言って、また天上をトイレに連れ込んだ。

「いやー、ひどいですね。その言い方」

 なんて聞き入れる気はない。

「天上が余分なこと言うからだろ? まあ、誰もお前のゲロの始末なんてしたくないと思うし、良いんじゃないか?」

「それだと、私、どういう顔で会社行けば良いんですか? もう行けない!」

「泣きそうになるなよ。それぐらいひどかった、忘れた……で通しとけよ。俺もそんな感じの作り話やっといてやるから」

 ひどい! という目で見られた。

 しょうがないだろ、それしか今を切り抜けない。

「タクシー来ましたよ!」

 という幹事の大声で俺達は出て、天上の荷物と俺の荷物を風沢と泊里から受け取り、お先に……と言って出て来た。

 そして、呼んでもらったタクシーに乗り込んで、家に帰った。

 同じ家なのだからバレるわけにはいかない。

 タクシーのおじさんは何か思っただろうか。

 そんなのを気にしてなさそうな天上は普通にエアコンをつけ、こたつに直行して寒さをなくしていた。

 やっぱり、こいつ酔ってないな……。

「柳瀬さん、今日はありがとうございました。タクシー代はちゃんと割り勘でしたね」

「そうだな」

 その方が変な話を追加しなくて良い。酔っていたからと言って、お金をもらってないというのも変だ。

「いやぁー……こんな日は柳瀬さんの近くに居るに正解ですね」

「こんな日?」

「ぼっちが悲しくなる日ですよ!」

「ぼっち?」

「だって、皆、仲良くしてるからワクワクできるのであって、会社でああいう感じに過ごす私としては辛い日というか……」

「それは自業自得だな」

「そうなんですけど」

 こたつから天上が出て来た。何だ? 服を着替える為? それしか考えられない。

「今日は柳瀬さんと寝たいです」

「え?」

 こいつ、何言ってんだ? 本当は酔っているんだろうか。

「バカなこと言うなよって顔してますけど、本当ですよ。人肌が恋しい」

「……じゃあ、風呂入って来いよ。その方が俺より温めてくれるぞ」

「えー! 釣れないなぁ……」

「何を釣ろうとしてるんだよ、お前は!」

「え、柳瀬さんを、どうにかできるならしたいなって。割り勘しなくても良い関係になりたい」

「またまたぁー、お前は。勘違いしてるな。恋愛感情はないって、はっきり言ってやろうか?」

「でも、世の中には恋愛感情がなくても抱き合うという行為に及ぶことがありますよ!」

 堂々と言う事じゃない。

「それは……あるかもしれないが……」

「ほら! 柳瀬さんだって、否定はしない! つまり、そういう関係になれる可能性を秘めているんです! 私達は」

「私達?」

「はい、私達です。だからハグしましょ? 軽くハグでも可能ですよ!」

「嫌だ」

 こんなにも天上が飢えているのは何故だ?

「だって……柳瀬さんだって、眞志田さんと楽しそうに飲んでたじゃないですか……。私もああいうのやりたい。会社仲間と」

「やって来いよ。三影とか呼んでさ」

「え……こんな時間から?」

「今、やりたいんだな? お前は」

「はい、そうです。もう無理です。ずっと、本当はこうしてたくない。けど、してないと怖いんです。傷付けれられることはないって分かっているのに。あいつに会わなければ、全然大丈夫だったんですけど」

 何かあったのか? と思ってしまう。

 そういえば、こいつ、夏にあった祭りの時に会いたくなかった奴に会ったとか言ってなかったか? それは誰だと問うて良いのか、俺が。

 その責任を俺は持てるのか。

「天上……」

「あ……いや、血迷ってました! 失礼しました! 私、お風呂入って来ますね! じゃないと、柳瀬さん、お風呂入れないし! 洗濯も、洗濯機、先、使って良いですから」

 と走り去ってしまった。

 俺が言いたかったのは――天上の今の気持ちをもっと知りたかったってこと。

 それと、自分の気持ちに正直になって良いのかってことだった。

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