ゆず湯違い

 忘年会の帰り、風呂から出た天上はあの時のトイレのようにすっきりとした感じに見えた。

 だが、酔いが冷めてしまった感が見受けられた。

 だから、あれ以上は触れないようにして数日間を過ごして来たが。

 この日、残業が終わり、家に帰ってみると何故かダイニングテーブルの上に皮をむいていない状態の柚子とカボチャが一つずつ置いてあった。

 何だ、これは。

「あ! お帰りなさい!」

 といつもの調子で先に帰り、ラフな格好になっていた天上が顔を出して来た。

「何だ? これは」

「柚子とカボチャです!」

 そのままの質問に、見ての通りの答えだった。

 何の変哲もない。

「何の用途で買って来たんだ?」

「冬至です!」

 ああ! と、それで合点がいくわけがなかった。

「そのままなのは?」

「柳瀬さんに何とかしてほしくて。ゆず湯だなぁ……と思ったら、お金が足りなくてですね、これだけしか買えなかったんです」

「どういう財布の中身してんだ?」

「え? 普通の金欠会社員の中身を」

 真面目に答えるなよ。テンションが狂う。

「どうすんだ?」

「だから、お風呂に柚子を浮かべたかったのにできなかったから、ゆず湯にしてほしいんですよ!」

 ゆず湯違いしてなくて良かったぁ……という安堵は置いておき、これにハチミツでも加えれば出来るだろ? と天上に言い、俺はゆず湯が出来上がる頃を見計らって、のろのろと私服に着替え、また天上の所に向かう。

「あっ、ゆず湯って、こんな感じですかね?」

 と見せて来たゆず湯はまあまあ。

「そこに」

 何で教えてんだろ、俺。

「ふんふん……」

 と素直に天上は聞く。

 調子が狂う。

 どうしてだ、どうしてこんなにも。

 ハグされてるみたいな気持ちになるんだ……ゆず湯飲んで俺……。

「柚子って慣れるまで変な感じがしてましたが、美味しいんですよね。慣れると」

 と子供みたいなことを天上は言う。

 それもこたつではなく、ダイニングテーブルで。

 何か憎いな。憎めないんだけど。

 そんなほっとした日だった。

 さて、夕飯作って食べて風呂入って寝るか……と思うと、天上がおもむろにカボチャをずいっと俺の前に出して来た。

 忘れてた。

「あ! その顔を見るに、忘れてましたね? これのこと」

 いや……忘れたかったのが本音だろう。

「どうすんだ? これは」

 本当に悩んでいる。

「冬至ではカボチャはどうするんでしょうか?」

 年中行事大切人間が何を言っているんだ。

「さあな? 調べてみれば良いんじゃないか?」

「そうですね」

 と天上はスマホで調べる。

「うーん……良いのがないな……柳瀬さん、何とかしてくださいよ」

「え?」

 嫌な事、押し付けれられた気がしてならないが、まあ、作るのは嫌じゃない。

 だが。

「意味は分かったか?」

「意味? 食べる? ですか」

「そうだ」

「何です? 柳瀬さん、ちょっとは気になり始めちゃったんですか? 冬至に」

「違う。意味も分からず、食べるよりは良いだろうっていう……。まあ、知らなくてもカボチャはカボチャだな。どうするか……」

「ま、待ってくださいよ! 意味ですね! 意味は……厄除けとか風邪予防みたいです。運盛うんもり? とかって、書いてあります」

 と早口に言った。

「そうか。じゃあ、冬至かぼちゃうどんでもするか!」

「かぼちゃうどん?」

「カボチャとうどんだ。運盛りで良いだろ?」

「そう言うと、さては知っていましたね?!」

「ああ……料理教室の先生が言ってた」

 何ですか! それ! 早く言って、作ってくださいよ! とブーブー文句の言う天上に自分で作れ、作り方は教えてやるからとやらせて、俺は違う物を食べようとした。

「はい、では味見の方をお願いします」

「うん……」

 何だ、思いがけない展開。

 天上の作る物を俺は初めて食べる。

 その瞬間はあっという間に過ぎた。

「どうです?」

 スプーンで渡されたカボチャうどん……。

「まあまあだな、普通だ」

「それは喜んで良いのか、泣けば良いのか分かりませんね」

 と複雑そうにされた。

「まあ、不味まずくはないということだな」

「柳瀬さんが作ったら、もっと美味しかったということですか?」

「それはない。同じだろう、きっと」

 作り方は一緒だし。まあ、そこに何を入れるかは違うんだろうけど。

「あー……やっと食べれるー」

 という天上を見つつ、俺は買って来ていた夕飯の準備を始めた。

「柳瀬さんは何を食べるんですか?」

「天ぷらうどん」

「それは年越しそばへの準備ですか?」

「違うが。どうしてそうなる?」

「だって、そう考えるのが当然じゃないですか!」

 年中行事大切人間め!

「食べたいから食べる。今からそんな天ぷらやるから。お前は一人でそれを食べてろ」

「えー! 天ぷらもここに入れてくださいよ!」

「お前の分はない」

「ピシャリと言わなくても良いじゃないですか! そんな言い方だから誰かに怖いなんて言われちゃうんですよ」

「知ってる。自業自得だな、これも」

「自業自得……どこかで聞いた言葉……」

 先日、お前に言った言葉だ……というのは心の中だけにしといて、天ぷらに取り掛かる。

 あんまりぐだぐだやるつもりはない。

 天上におかわり用のうどんをあげてしまったし、他に一緒に食べる物はないか……。

「私は海老が好きなんですよー」

 と訊いてもいないことを言って来た。

「分かった、やるよ。ただし、お前のそのうどん、半分もらうからな?」

「ええー! それは嫌です! じゃあ、美味しそうな柳瀬さんのおかずを目に、野菜たっぷりなうどんを食べますね。いただきます」

 どんな文句だ、それは。

「召し上がれ」

 それでも言いたくなってしまったのは天上があまりにも美味しそうに食べるのが予想できたから。

「うーん! 美味しい!」

 やっぱり、にっこりとご飯を食う、こいつの顔、堪らない。

「美味しそうで何よりだ」

「あとナスとかも好きですよ?」

 まだそんなことを言って。

「ナスはない。あるのは長芋だ」

「え! 長芋?! 食べたい! 海苔と一緒にやると美味しいですよね!」

「ああ」

 何だ、まだ言い足りないのか天上はそんな話をずっとする。

 こういう時間が好きだって、こいつは気付いているのか? 勘違いしてしまいそうになる。

 ずっと続くって。

 あり得ないのに。

「出来たぞ」

 それでもあげてしまうのは自分の自己満か。

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