盛り上がらないイブ

 やっぱり、目を輝かせて食べるその姿に俺は惚れているのかもしれない。

 でも、それで恋愛というのには行かない。

 前もって言われていた通り、今日のイブは仕事が終わったら、そのまま一人、家に帰ると風沢に言っていた。

 そんな天上の今日のお昼は一口サイズになったチキンを入れたおにぎりだったとたまたま会った三影が教えてくれた。

 チキン……昨日、作ってしまったんだよな……。あいつに言われる前にと思って。

 でも、ケーキは作っていない。

 天上もそれについて言って来ない。

 明日、皆で食べるのだろう。外で食べるとか言ってたし。

「そうですね、分かりました」

 休憩スペースで休んでいると他の課の者と喋っていた天上がこちらに一人でやって来た。

「どうした?」

「そう言う柳瀬さんは休憩ですか?」

「そうだよ。ずっと椅子に座ってると腰とか痛くなって来るからな」

「そうですよね……でも、そう言って今も座ってますけどね」

 と笑って来る。

 こいつめ……。

「で、仕事は順調か?」

「はい、あの、先日、髪の長い女のお客様がいらしゃったじゃないですか。四十代くらいの。その方から個人注文が入ったそうなんです。それで、その調整をしてくれているそうなんですが」

 真面目だ……。

 いつだったか、スマホに十五夜なんてのをやってた奴とは違って。

「あ! それで……」

「何だよ?」

「人が居なくなったから言いますが」

 何か嫌な予感がした。

「最近、年中行事の日は休みじゃないことが多いと思いません?」

「声を潜めて言う事か?」

「え?! だって、その……その後が大事っていうか……」

「何だよ、早く言え」

「あ、えっと……今日の夜、空いてます?」

「は?」

「だって、今日祝日だと思ってたんです。今まで生きてて、ほら、大体、休みだったし。そんな感じでいたら、カレンダー見たら黒じゃないですか!? 見間違いかと思いましたよ! 何で赤じゃないの? って。それで予定が狂ったというか……」

「はぁ? 何の話だ」

「ケーキ、作るって言ったじゃないですか」

「いつ?」

「柳瀬さんが」

「言ってません」

「そんなきっぱり言わないでも!」

 それ以上の文句を俺は受け付けなかった。何故なら、また人がちらほらと通り始めたからだ。

「会議、あったか?」

「え? あった気がします。課長が参加するって言ってませんでしたっけ?」

 とぼけるか。

「お前も参加じゃなかったか?」

「え? 違いますよ。眞志田さんです。参加するのは」

「プレゼン眞志田かぁ……」

「何か問題でも?」

「今日、イブだし、やる気あんのかなーって思って」

「ああ……。私は早く帰って、その、それを作りたいので、柳瀬さんも残業せず、帰って来てくださいね?」

「出来たらな。まあ、皆、予定あるだろ。俺と違って。どこかのお高いレストランで食事ー! とか」

「柳瀬さんはないんですか? そんな経験」

「あるよ。でも、一年くらいはないんじゃないか? 仕事と家の往復って感じだったし」

「でも、一年前はあったんですね」

「ああ、親に呼び出されて。お母さん、これから田舎に引っ越すから、お父さんと。一軒家買ったのよって」

「それ、新しいお父さんですか? 柳瀬さんの」

「まさか、そんなわけないだろ。うちの両親は離婚してない」

「じゃあ……ちょっと変わったお母さんなんですね、柳瀬さんのお母さん……」

 だから、柳瀬さんも変な事、時々口走ってしまうのかも……なんていう目をされた。

 あの天上に。

「今日はスマホにイブとかやんないのか?」

「何でそんなことを聞くんですか。あれですか、もしかして、今夜、柳瀬さん、女でも連れ込もうとしてるんですか? あの家に。だから、私を追い出したくて、そんなことを?」

「バカか? バカですか? 天上さんは。頭の解釈どうなってるんでしょうね?」

「わざわざ敬語にしなくても……」

「優しさだ」

「そんな優しさいりませんよ。お風呂の優しさ、私は忘れません」

「そうか。くだらん話はもう良いな」

「自分からそうしたくせに!」

 少し鋭い。

「で、お前は出掛けないと?」

 立ち上がった俺に天上は言った。

「はい、そうです! 今日は出掛けません。明日は出掛けますけど」

「ふーん……イブと言えば、家族と一緒に過ごす日だが、年中行事大切な天上は実家に帰らなくて本当に良いのか?」

「良いんですよ……。私、実家には帰りたくないので帰らないんです!」

「それは……正月帰らない理由と同じか?」

「はい、そうですよ」

 と、やけに素直だ。

 怪しい、何かある……と思っても踏み込めない。

「だから、私と料理作るしかないんです。柳瀬さんは。女いないって言うなら、尚更ですよね」

 と誰もいないこの期に及んで、天上はそう言って来た。

 かくして、俺は定時で会社を出て、浮かれる街中を歩き、オシャレをしている人達が降りる電車をスーツで見送り、数時間後に家に帰った。

「おっそーっい! お帰りなさい! 柳瀬さん! ケーキの材料なかったんで、買いに行きましょう!」

「嫌だ」

「何で……あんなにちゃんと言ったのに。会社で披露しない方になってまで言ったのに」

「徹底してるな……いや、してないか。ほら、これ、あれば出来るだろ? よくよく考えたら、お前、料理出来るよな? だって、そうじゃなきゃ、結婚とかしないだろ? それとも料理出来なくても良いよーとか言う男だったのか? そいつは」

「……それって、アイツのこと言ってます? 私が結婚するはずだった奴のこと」

 派手に怒りはしないが、怒っている……けれど、止められない。

「そうだな。ここにケーキの材料あるから。作り方見れば出来るだろ」

 ほい、と渡そうとしたその買い物袋を天上は受け取らなかった。

 当然か。

「作るって言われて、分かってたよ。冷蔵庫の中にそんなのはないって。それでも作るなら時間掛かるなって。夕飯の準備はしてあっても、してなかったし。お前の作るケーキ、食べる気はないしな」

「でも……柳瀬さん……ゆず湯とか飲んでくれたじゃないですか? かぼちゃうどんとか」

「あれは味見だろ? しっかり食べてない。それでも満足なら付き合うが?」

「……何ですか、それ。じゃあ、付き合ってくださいよ! その後、お風呂よりも温かいものしてください!」

「意味分かんねー」

「分かる……はずです」

 すがるような手が俺の腕を掴み、そして顔を上げて来たその目はとても強い意思があった。

 何をするか――なんて考えなくても解っていた。

 けれど、しない。

「悪いな。俺、好きな奴じゃないと無理なんだ」

「それは……しょうがありませんね……」

 それで納得するかと思われた。

「じゃあ、今だけ、柳瀬さんの彼女にしてください」

「無理です。お断り」

「何で!? ちゃんと処理は済ませてありますよ?」

 何の? と言ったら、おしまいな気がした。

「そんなギラギラすんな。何でそんなに焦ってんだ? もう何年もないんだろ? なのに、何で今……」

「だって……抑えていたものが、じわーじゃなくて、ワー! ってやって来たんですよ!」

 説明下手過ぎ。

「疲れるな、それだと」

 ぽん、ぽん……といつの間にか、天上の手から自分の手を自由にし、二回撫でるわけでもなく、叩くわけでもなく、触るように天上の頭の上に自分の手を置いていた。

 たったそれだけで彼女の顔には驚きが満ち溢れ、この後どうすれば良いかと悩んでいる。

「や、柳瀬さん?」

「何だ?」

「何で、するんですか? そんな事」

「したくなったからだ。無意識に」

「本当に?」

 それだけなのかって言いたそうな顔。

「ああ、それだけで充分だろ?」

 俺は天上の頭から手を離し、部屋に向かうことにした。ずっと廊下は寒い。

「柳瀬さんが、したい事するなら、私だってしたいんですが……」

「焦らずともしてやるさ。だけどな、今日は感傷的になってるんだよ。だから、今するわけにはいかないんだ。分かるか?」

 分からない……と言われそうだった。

「あやす気分だ。俺からしたら」

 そう言って、部屋に逃げた。

 違う。冷静に考える時間をくれてやったんだ。俺が何の為に恋愛感情のない女のおりするのか、分かってたまるか!

 天上の作るケーキの味が気になるわけじゃない。

 だけど、私服に着替え、部屋から出て来た時には天上が作ったケーキが出来上がっていた。

 ぐちゃぐちゃのキッチンに良い気はしない。

 だが、それ以上に傷付いているのが分かって、俺は何も言わず、今日は黙ってソファーに座って天気予報を見ている天上の隣に座った。

 何も言わない。

 それは許されているのか、それとも怒っているから口を利かないのか、関心がないと言っているのか。

「明日の天気は何だ?」

「よろしくないということです」

 どういう答えを持って来た? 天上の顔を見る勇気がない。

 自分でそうしといて何だが、俺は腫れ物を扱うように言う。

「傘が必要だな」

「そうですね……ケーキ、出来ました。私が明日食べますから、食べないでくださいね」

「分かってるよ」

 そう言って、事なきを得た気がした。

「キッキン片付けろよ?」

「分かってます」

 天上はしっかりと答えた。

「でも――」

 と天上は言う。

「味見したかったらどうぞ」

 とケーキを渡すわけでもなく、その目はテレビを見たままだ。

「何で、そんなこと」

「だって、柳瀬さんが良いって言ってくれれば、ちゃんとしたやつっていう証拠になるじゃないですか。人にあげるかもしれないこと考えたら、その方が良いなって」

「人にあげるのか……」

「でも、あげないと思います。明日だし、渡すなら」

「それは……三影とか?」

「いいえ……でも、そうかもしれません」

 あやふやな答え。

「男か?」

 天上がよく俺に対して言うノリで言ってみたら、天上はまんざらでもない感じで。

「そうだったら、どうします?」

 と顔をこちらに向けて来た。

 目が合った。

「どうもしない」

「ですよねー。私のこと、好きじゃないんですもんねー」

 と彼女はソファーにごろんとなった。俺の方に来ない向きのまま彼女は言う。

「あーあ……明日なんて来なければ良いのに。こうしてこのまま、柳瀬さんと悶々とした日々を過ごしてた方が楽なのにー」

 と俺の反応なんてお構いなしの態度に俺もだよ……とは言えず、席を立つ。

「悶々ね……。俺もそうだな……」

「あ! じゃあ、柳瀬さんにもあるんですね? 悶々する理由」

 あるよ! と言えたら楽だ。

「何ですか? 柳瀬さんの悶々する理由」

「それは……」

 お前のご飯だ! なんて、きっぱり言えず。

「か、彼女のご飯」

 とテレビを見たまま言ってしまった。

「あー……、彼女のご飯」

 天上も納得の理由はちょうど良く天気予報が終わり、近くの飲食店の名物紹介をリポーターの女性がしていたからだ。

「超特盛濃厚豚骨ラーメン……美味しそう……」

 天上はテレビを見ながら、本当に美味しそうな顔をする……。

 嘘だろ? とも言わない。

「でも、あれ、仕事で食べてるんですよ? あんなの普通の女の人だったら頼みませんよ?」

 分かってるよ、そんなこと! って、怒ったらまたあの嫌な空気になるのだし、俺はチキンに逃げることにした。

「そういえば、めしまだだった。食べるかな……昨日のチキン」

「本当は今日やってくれれば良かったのにー」

 そう言って、天上が俺の後を付いて来る。

「何だ? まさかと思うが……」

「ええ、私もまだ何も食べてません。まあ、ケーキの甘さが気になったので、それはちょっと食べたというか舐めたというか……」

 そんなことを言って、ちゃっかり席に着く。

「柳瀬さんが、ご飯用意してください。私、頑張りましたよね? あの雰囲気からいつもの雰囲気にしたんだから、褒められて当然だと思うのですが」

「仕事場じゃなくて良かったな? 今日の会議、本当はお前だったろ? 出るの。それなのに眞志田に変わった理由は?」

「長引くといけないからって。代わってくれたんですよ。イブだしね! って。明日のクリスマスの方が私としては大事なんですけど……まあ、私が大事ではないですね、向こうが大事なのかも……」

 そんなことを言って、ご飯を待っている。

 仕方ない。昼も食べたであろうチキン、それと……。

「お前は何が食べたいんだ?」

「何でも」

 一番困る答えだった。

 だから、白いご飯と味噌汁で普通のご飯となった。

 それに天上は文句を言いつつも完食した。

「やっぱり、人に作ってもらうというか、温めてもらうご飯は美味しいですよね。柳瀬さん、ケーキ切って来てください。食べましょう? 一切れ、二切れ残れば良いんで」

 とちゃっかり俺をこき使ってくれた。

 その天上の作ったケーキの味は何とも甘く、美味しいという前に本当の手作りの味がした。

「どうですか?」

「うーん……まあ、食べれるかな……」

 それが俺の答えだった。

「やっぱり……好きな人に作らないのって、そうなりますよね」

 と天上は苦笑気味に言い、気にしてないように食べ続け、後片付けはちゃんとした。

 それこそが、俺の褒めるべき点であり、天上が褒められるべき所だった。

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