雨の日のクリスマス

 仕事終わりに雨とはついてない。

 それも定時で帰れるのに、夕方から降って来てしまった場合は尚更だ。クリスマスなのに……と皆が話している中、そそくさと天上が出て行った。

 まあ、一緒に天気予報見てたしな、傘持って来てるだろ……と思い、仕事を片付け、俺も会社を出ようとしたところ、その天上がまだ会社の入り口に居た。

「どうした? 何かあったのか?」

「あ! お疲れ様です。柳瀬さん、十五分前にも言いましたよね。これ」

「ああ……」

 そのくらい経っていたのか。それでも居る理由……。

「人を待っているのか?」

「え? ああ……いや、人を待っているより、雨が止むのを待っている状況ですかね……」

「どうして……」

 お前、まさか傘忘れた?! なんて言って良いのだろうか、それともそれが顔に出ていたのか。

「そうなんですよね……柳瀬さんと一緒に天気予報見たはずなんですけど、朝バタバタしてて、忘れて来ました。自転車で来なかったのは偉くないですか?」

「夜のうちに用意しとけよ! それに朝バタバタって……飲む為か?」

「はい、お酒飲み放題! その為です!」

 こんなにもはっきりと自分を出して、楽しくする……それは周りに誰も居ないからで警戒心がないからか。

「まあ、ハメを外さずな」

 そう言って、またお疲れ……と言って、一人帰ろうとした。

「ま、待ってください! 柳瀬さん!」

「何だよ」

「今日は、そのケーキ……食べますか?」

 もじもじと言う。

 会社で会う天上のよう……というか、人が一人、また一人とここを通って帰って行くからか。

「そうだな……食べない。あんまりそういうのは作らないというか、食べる気がしない」

 というか、冷蔵庫にまだ天上の作ったケーキがあったはずだが。

「あ!」

「何ですか? いきなり」

 驚く天上に言う。

「お前、持ったか?」

「はい?」

「ケーキ」

「……あっ、いえ、渡さないことにしたので大丈夫です。それより、私、今日の朝、柳瀬さんの後、こっそり付いて行ったんですよ。気付きました?」

「全然気付かん」

 微妙な間が気になるが、また家での天上が出て来た。周りは……また誰も居ない。

「初めての電車通勤でドキドキしましたー。よくあんなのに乗って来れますね、柳瀬さん」

「いつもの事だからな」

 そろそろ帰って、夕飯を作りたい。

 雨は止まず、天上は全然行く気がしない。

 傘を貸せば、俺がずぶ濡れになる。

 どうにかしなければ。

「お前はずっとここに居る気か? 眞志田とか絶対そのうち来るぞ?」

「分かってます。でも、来ないんですよね、一緒に行く人」

「今からの食事にか?」

「はい、この会社の人なんです。千璃ちゃんと大洞君だいどうくん

 大洞だいどうって誰だ? と訊こうとしたところ、その二人がやって来たようだ。天上は自然と会社での天上になる。

 目立たないような、明るくない社員。つまりは大人しい奴。

「待ったぁ? って、柳瀬さん!?」

 仕事からの解放感からか、大声で三影は驚き、ガタイの良い真面目な好青年は三十ぐらいだろうか。身長は俺の方が少し高いか。これが大洞?

「ああ……三影、お疲れ……」

「お疲れ様です。あ、こちら、大洞です。最近、中途採用で入ったんですが」

 そんな紹介はそこそこに天上にコソコソと三影は耳打ちする。

「何で居んのよ!?」

 それ、聞こえてるよ……というのは彼にも分かったのだろう。

「三影先輩、そろそろ行かないと」

「あ、そうね! では、お疲れ様ですぅ!」

 と、天上を連れて三人は行ってしまった。

 デコボコトリオだと思う。あの三人は何を食べるのか、そんなことを考えたって仕方がないと俺は帰ることにした。

 今日は、一人鍋でもするか……と食べたかった物が変わった。

 買い物を済ませ、使っていなかった物を出して来て、料理をし、食べ終わるとピザの画像が何故か天上から送られて来た。

「何だよ、楽しそうだな……」

 と思っても、その言葉を送ってはやらないが。

 はあ、風呂に入ったって怒られはしないだろう。

 あいつ、洗濯物干してないよな? そんな不安を思ってしまうくらいには天上の存在が大きくなっているということか。

 こんな静かな一人の時間は久しぶりな気がする。

 いつもあいつが先に帰って来ていて、この家に居るから。

「あいつ、残業しなくても暮らせるって、どういうことだよ?」

 そんな文句を言ってみても怒られない。

 自由な時間。

 何故か、赤ワインの画像もやって来た。

 イタリアンか……。

 何を考えているんだろう、彼女は。

 もう寝ようと思った所に店の外にあったらしい綺麗なクリスマスツリーの画像が送られて来て、天上の声が部屋にまで響いた。

「お帰りましたよー! 柳瀬さーん!」

 俺は部屋から飛び出て、酔っ払いの天上に言う。

「ちょっとは静かにしろ。もう遅いんだぞ!」

「分かってますよ、柳瀬さん。お土産、ありませーん! 残念! ですねー」

「もう良いから風呂入って寝ろよ、明日も仕事だぞ」

「分かってますし、明日、私、休みます。こうなるだろうってのは予想できてたんです。だから、課長に有休でって、言ってあるんです。残念ですねー」

「もう良い。俺は寝るからな」

「あ、待ってくださいよ、ちょっとは話を聞いて。そして、私の部屋まで連れて行ってください」

「それがお前の本音か」

「いえいえ、酔っ払うのは良くないと思って、二人の前ではそんな風にはなってないんです。ここに来てから、ここに来てからですよ、ほんと。あの大洞っていう奴、どう思います?」

「酔っているお前に言っても」

「大丈夫です、酔ってません! さあ、柳瀬さんの本音を聞かせてください。そうじゃないとぐっすり眠れない」

「じゃあ、寝なくて良いだろ。おやすみ」

 そう言って、部屋に入ってドアを閉めようとした。

「えー! 待って」

 一瞬の事だった。ちょっと怖くなるくらいに力強く、天上の手がドアを閉めさせないようにする。そしてそのまま足は俺の部屋へと向かって来る。

 もう無理だと思った。声の方での防御に徹するしかない。

「何だよ、部屋入ってくんな!」

「寒いじゃないですか! 廊下で立ち話ってのも」

 と押し入られた。

 完璧、ドアで防御は無理だった。

 指を挟む可能性を考えたら怖かった。それにこいつ、実は足速いんじゃね? とか思う前に天上は言う。

「ほんと、教えてください。私、帰り、その大洞君と二人だけにされたんです。何でかって言うと、私に気があるそうで」

「良かったじゃないか」

 それでそいつと付き合えば、ここを出て行くことになって、俺はまたあのような一人の時間が過ごせるってもんだ。

「本当にそう思います? 私、分かってたんです。会いたくない、会っても恋愛にはならないって、言ってたのに。会わせて……」

 深刻な話を聞きたくなかった。

 早く、部屋から出て行ってほしかった。

「決めるのはお前だろ? 俺が良いヤツじゃないかって言ったら、付き合うのか? そうじゃないだろ」

「そうなんですけど、理由が欲しいんですよ。断る」

「それを作るのも自分だろ。相手だってそうだけど、自分の事しか考えてないよ。傷付けるから断れないのか?」

「違います、自分が傷付けたとか言われたくないだけです」

「誰が見ても、お前がその大洞と付き合うなんて思ってないさ。本人は知らないけど」

「そこが問題なんですよ」

 と言って、天上の目は何かを見てる。

「おい?」

「そこに広いベッドがありますね……」

 何か嫌な思いがした。

 近付く彼女を止めたかった。だけど、この状況で彼女の体に触っても良いのだろうか。

「二人で寝るには充分。柳瀬さんのベッドで一度寝てしまえば、間違いがなくても『寝た』という証拠になるわけですし」

「オイ!?」

 止める術はなかったのだろうか。

「おやすみなさーい!」

「じゃないし!」

 ベッドに寝転がるとか、こいつの策略に引っ掛かった。

 後追いで寝転がる形になってしまった時には遅し。

「ほらぁ、もう……眠い催眠術ですよ」

 と言い残して、こいつは夢の中に行ってしまった。

 今日はソファーで寝よう。

 こいつの部屋に入るのは危険だ。

 それとも起こすか。

 どうすれば良い。

「あ! クリスマスツリーとかピザとかどうでした? 何も返事がないからスマホが壊れてるか、柳瀬さん起きてないんだと思ったら、起きてるんだもん。プレゼントとかいらないですよね?」

 パッチリと目を開けて言う所を見るとコイツ……。

「酔ってないし、子供じゃないんだから、自分の部屋に行け。下手くそ」

 そう言って、起き上がりベッドに座り込む。

「はいー? 下手くそって何ですか? お風呂入って綺麗になったらまた来ますね! で、柳瀬さんがここに入れてくれるわけないじゃないですか。寝てる間に何もないのは分かっているんです。だから、打って出ました。先手です」

 彼女もそう言って起き上がり、将棋をするような手付きになる。

「アホか。明日休みじゃない俺はもう寝たい。それが俺の欲しい今年のクリスマスプレゼントだ」

「じゃあ、最後に一つだけ。今日は何を食べましたか?」

「夕飯?」

「そうです」

「一人で鍋。本当はドリアでも……と思ってたけど」

「え?! ドリア!? 食べたい……。柳瀬さんが作るドリアって、どんなのですか?」

「教えない。出てけ」

「えー。良いじゃないですか、ちょっとくらい。この家にクリスマスツリーなくてつまんない! とか言わなかっただけ、良かったと思ってくれません?」

「思わないし、俺はそういうキラキラが嫌いだ。何だよ、ピンクのツリーって」

「珍しいなって思って。送る相手いないし」

「家族にでも送っとけ」

「家族はまあ、たぶん、実家にいるでしょう。でも、送れないんです」

「何で? 自分の母親にでも送れば良いだろ?」

「いや、母は私のより、兄の子供が何かしたとかの方が喜びますし」

「お前、兄妹いるんだな? そして、おばさんか?」

「そうですよ、私の下にはいないんですけどね。兄が一人だけ。そのお嫁さんがあんまり、私、苦手で」

「義理の姉だろ? そう言うなよ」

「でも、その人が来たから私、実家出なくちゃいけなくなっちゃって。乙希ちゃん、出て行くんでしょ? って、強めに言われちゃって。母もそうなの!? って。流れに乗ったというか」

「それで一人暮らしになって、俺と住むようになったと?」

「はい、まあ、その間にアイツの事があったんですけど。私が出て行くのは決まってたんですけど、アイツのおかげでそれはしなくても良かったのに、もっと楽になるはずだったのに」

「仕事を辞めてなくて正解だったな」

「はい、でも、辞めてたら実家暮らしで楽でした」

「本音を言うな、ここで」

「柳瀬さんは何でここに住んでるんですか?」

「それは――」

 甘い夢を見たからだ、とか言えない。

「住みたかったからだよ」

 それしか言えなかった。

「え? それだけ?」

「そうだよ」

 本当の事なんて言う義理はない。

 別れた彼女の事はもう忘れた。

「お前、そういえば、傘なかったんじゃなかったのか? 雨、まだ止んでないだろ?」

「はい、そうですね。ああ、二人が傘を買ってくれました。コンビニで、濡れて帰らせることはできないって、店に行く前だったかな? それより、その、ここ、そんな理由じゃないですよね? 二人……だとしたら」

「うるさい! 追い出すぞ?」

「うわー、そういうのダメなんですよ。分かりました、もう聞きません。柳瀬さんだって、私のような過去はおありでしょう」

「物分かりが良いな。酔っ払いじゃないからか」

「お酒は飲みましたよ。赤ワイン美味しかったぁ!」

 と、彼女はまたあの時のような癒されるような、ほっこりする明るい笑顔になった。

「ピザは?」

「美味しかったですよ」

 もちろん! とあのオリーブが効いていそうな唇にさせる。

 それがいけなかったのか――。

「んっ……。や、なせさん?」

 気が付いた時には天上にキスをしていた。

 俺は酒を飲んだか? 俺の方が酔って、頭がおかしくなってるんじゃないのか。

「ふふッ、良いですよ。私、断る理由ができました。柳瀬さんが美味しく食べてくれたから。甘いキス、できるんですね?」

「止めろ。どうかしてたんだ」

「気の迷いだと?」

「そうだ」

 お前は妥協できる女だからな――とは決して言ってはいけない。

「そうですね、これは過失にしときましょうか。ハニートラップではあまりにも! ですよね?」

「ああ……」

 何で俺はあんな事を?! 頭は後悔よりも混乱をしている。

「柳瀬さん、付き合ってる人、いませんよね?」

「ああ……」

「私もいません。これで普通に暮らせますかね?」

「ああ。暮らせる」

「え? うそ!」

 小さな驚きが余裕をなくさせていた。

「だって、お前は俺にいろいろ仕掛けて来ていたし、我慢比べだろ、こんなの」

「え……我慢比べ?」

「どっちかが負けるまで続くんだ」

「気持ちの良いキス……できる人が何を言ってるんだか」

 そんなことをぼそっと、軽々しく言うな。

 そんなもう一回! と望むような、とろみのある顔で。

 したくなる。

 それ以上の事を――。

 天上のくせに生意気だ。

「痛いっ!」

 天上の頬っぺたをむにゅーと指でつまんでいた。

「やなへさん……やっめっ」

 止めたくないが、こうしている理由もない。

 俺は手を離した。

「サイテーです」

「そうかよ……」

 どっちが最低なのか分からない。

 両頬を手でさすりながら息を吐き、天上は言った。

「なかった事にはできない。それは事実です。でも、もっとしてほしくなるやつだったので、許します。上司としてじゃなかったし」

「じゃあ、何だったんだよ、俺は」

「うーん……そうですね、別に欲しい欲しいという感じでもなかったし。生まれ持った本能でもなかったし、自然の成り行き?」

 嘘!?

「それで済ませられるのか?」

「だって、今までずっと柳瀬さんにはお世話になってたし」

「え?」

「夜、一人寝る時。もちろん、この家に来てからですけど、ああ、柳瀬さんが居る所で寝てるー! って思ったら、何だか……その、良い妄想の餌になったというか」

 ぶっちゃけ過ぎだ。

「はあ、そんなのに引っ掛かったとは……」

「あれ? もっと良い言い方をすれば、マンガのような相手ですかね?」

「エロ漫画の?」

「え?! 何でそれを!?」

「お前、寝てる時、無防備すぎだろ。わざとか? あれは」

「え? いつ……昼寝の時?!」

「そんな奴、相手に俺は頑張ってんだな……って思ったら、やっちゃうだろ?」

「ぶっちゃけ過ぎですよーっ!」

 どっちもどっちか、最低なのは。

 天上はそれでもここを出て行かなかった。風呂に入れと言っても柳瀬さんが寝るまでは入りません! と言い、朝には寝落ちしていた。

 そんな彼女にそれ以上の事はなく、自分は平気! という謎の気合入れで何とか俺はスーツに着替え、会社に行くことが出来た。

 それから数分後、やっとお風呂入りました! 今日は休みます! よろしくです! 報告が天上から来たのはどうでも良い事になっていた。

 今日も仕事をして帰る。それこそが日々を生きる俺にとっての重大課題であり、部下とのキスは絶対に明かしてはいけない事実で、何にもなかったクリスマスを過ごした話を周りにし、家に帰れば、何か言われる前に天上に昨日は何にもなかった! 良いな? で通させた。

「そんなに深刻に考えなくても何も言いませんってば。周りは敵だらけ、なんですから」

 と天上の言う言葉が理解出来なくて苦しんでいると天上は言った。

「バレンタインですかね、今度、柳瀬さんが大変なのは」

「あ……その前に大晦日、掃除、正月」

「おせち料理!」

 と彼女は意気揚々言って来た。

 こんなの三十代じゃない! と言ってしまえば、それで終わりになるが。これが天上だ。

 仕方ない……今回の件をうやむやにする為にも俺は天上が食べたいおせち料理を用意することにした。

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柳瀬さんの悶々する理由は彼女のご飯 イチネツムギ @konaiti

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