隠されていた物

 良い感じに晴れた土曜の昼頃、こたつに入って、幸せそうに彼女は漫画ぐらいの大きさの本を読んでいる。

 けれどそれが何の本かは分からない。カバーがしてあるからだ。自分で作ったのだろうか、その花柄の包装紙を見たことがある。

「それ、うちの会社で作ってるやつか?」

「あっ、そうです。知ってて当然ですよね。新商品だし」

「お前、よく買えるな……」

「だって、可愛いじゃないですか! 大人可愛いですよ! 千璃ちゃんと仲良い子が関わってるんです」

「そうか……」

 他の所の仕事は分からないが、テンション低く会社にいる天上がいつも食堂で食べている二人以外にも仲良くできている奴がいて、ほっとした。

「でも、会ったことないんですよねー、その子に」

 心の中でガクッとなる。石段につまずいた気分だ。

「俺、行って来るから」

「え? どこに? オシャレしてますけど……」

「食事をするんだ。休日の昼ぐらいしか会えないから」

「え?! 女ですか?!」

「違うよ。料理教室、一緒になる奴。二十歳過ぎの男」

「でも……それって下手したら、そっちの方に見られますよね?」

「は?」

「最近話題のアレ的な?」

「ハァ? 俺はそっちの趣味はない!」

 一喝して出て来た。

 何を考えてるんだ、アイツ!

 失礼にも程があるぞ!

 だけど、それで家を追い出すとか、そういう気分にはならない。

 何故か……あいつは恋愛対象じゃないからだ。

 ご飯を食わせるという目標は達成してない。

 いや、ご飯を食べさせるというより、天上の食生活を改善させたいのではなかったか……。

 まあ、良い。早く行くのも何だか……と思い、ギリギリの時間を狙って出て来たが、服装は天上の言う通り、天上あいつと出掛ける時よりもちゃんとした物だ。

 誰に会うのか、天上に言ってもしょうがないと思い、言わなかったが。

 空橋はどこだ……。

 昨日の料理教室の時に相談したいことがあると言われたが。

「あ! ヤナさぁーんっ!」

 元気に呼ばれた。

 それも周りに複数人居る中で。

 下手したら――そんな天上の言葉を打ち消して、俺は空橋が待つ、待ち合わせ場所に近付く。

 誰も見てない、俺達のことなど。

 思われてないだろう。

「良かった。間に合った……俺、寝坊しちゃって……」

「ちょうど良い感じじゃないか?」

 この会話だって変ではない、普通のはずだ。

 だが、変なんだろうか。

「俺は変じゃないよな?」

「え?」

 きょとんとなる顔もカワイイ! なんて俺はならない。

 ただ困らせてしまって、申し訳なく思う。

「ごめんな、ちょっとあって……」

「いや……ちょっとって……え!? ヤナさん! 彼女さん、出来たんですか?!」

「いや、できてない」

 お前もか……と、空橋にも天上と同じ事を言われ、少し気落ちする。

 何故、皆、そう言う。

 俺に必要なのはそういう女なのか。

「――お願いできますでしょうか?」

 場所は以前から空橋が気になっていたという喫茶店に移動して、コーヒーと軽食を注文し、空橋の話を聞いた。

 要は友達の結婚式の為に考えていることがあるが少しお金が足りなくて貸してほしいということだ。

 母親にお願いしても、あんた働いてるくせに……と、くどくど説教をされただけでどうにもならず、頼れる友達も今月はもう金欠……と言われたらしい。

 あとは……と考えたら、ヤナさんしかいなかったということだ。

 考えるまでもなく、俺の答えは決まっていた。

「それぐらいだったら、まあ……」

 もちろん、断ろうと思えば出来たが、たかが一万円と数百円。

 あの天上に貸すよりは良いと俺は快諾した。

 自分の為の天上と他人の為の空橋、その違いだろう。

 今、財布の中にある現金で足りると俺はその場で現金を渡した。

 それには空橋は驚いていたけれど、とても深く感謝していた。

「ありがとうございます! 次の料理教室の時に返しますから! その時にはバイト代、入ってるんで!」

 その真っ直ぐな一言だけで良い。

 別れ際もちゃんと何度もお礼を言って、帰って行った。

 本当に良い子だと思う。


 もう天上に言われた事は気にしていなかった。

 ふと目に入ったオレンジ色のミカンでも買って行くかと青果店に寄る。

 金を払いながら、今もあの本をこたつの中に入って読んでいるのだろうかと思う。

 このミカンとこたつ、それに天上……何かのセットのように感じる。

 ホットドリンクをちびちび飲むというのを足しても良い――俺は何を想像してるんだ。

 帰宅すると案の定というか、こたつで天上が寝転がっていた。

 最近、そうだ。

 寝るにしてもベッドがあるだろうとまた言おうとして止まった。

 天上の読んでいた物がその近くにあり、カバーが外れて表紙が露わになっている。

 俺がいなくなったという開放感でかは知らないが、こうなるということはこの状態のまま読んでいた可能性が高く、そのまま眠ってしまい、手放し、寝返りか何かの拍子で外れてしまったという線が濃厚か。

 表紙をもう一度見てしまった。

 恥を知りながらも甘く絡み合いそうなその大人な社会人の男女の体付きはマンガだからか……普通にエロ漫画と思われる。

 いや、これは女性向けの絵だし……いや、同じか……。

 タイトルは『お目覚めですか、不埒なお姫様』ってのは何とも。ファンタジーの融合か? と思ってしまうが。

 これ以上、中身を確認するのは忍びなく、そっと外れたカバーを元に戻した。

 その方が天上も嬉しいだろう。

 きっと見て下さい! ということではないだろうし、それだったら何故、カバーなんてしていた? っていう話になるし、花柄包装紙が透けない黒を基調としているからって……。

 こんな所で読むなよ! 

 心が混乱している。

 天上でも、こんなのを読むのか……という気持ちと読まないでいてほしかった気持ち。

 俺は本当、何をしてるんだ……。

 部下の秘密を知ってしまったのはこれが初めてではないのに……。

「天上、起きろ……」

 説教する気にもなれなくて、俺は普通に起こすという選択をした。

「あれ……? 疲れてます? 何だか」

 と言う寝起きの天上を怒る気にはなったけれど。

「酒、飲むぞ。天上、付き合え!」

「ええー!? 何でいきなり?」

 彼女は事情を知らない。こちらは大いに迷惑だ。

 ――そうだ、飲んで忘れてしまえ。ビールでも酎ハイでも何でも良い。冷蔵庫の中にあるもん全部、このこたつに入って。

「天上が酒、飲める奴で良かった」

「それ、夏祭りの前から知ってるくせに……」

 意味不明という顔でこちらを見て来た。

 その顔があまりに滑稽に見えて、笑えて来た。

「ふっ……ふふっ」

「何ですか? 本当に! 去年の会社の忘年会だって飲んでたじゃないですか! 私!」

「いや……」

 心の底から沸々と笑いが込み上げて来る。

 何だ、これ……ツボるって、こういうことか……。

 何もされてないけど。

 天上はまた熱心にそのカバーのしてある本、漫画を読み始めた。

 それが何なのか、こちらには気付かれていないと思っているのか。

 それともそういうヒヤヒヤ感を楽しんでいるのか。

 俺には推し量れない。

 グイッと今飲んでる缶ビールを飲み干し、また新たな缶ビールを勢い良く開け、買って来たミカンを天上と一緒につまむ。

「甘いですね……これ」

「ああ……チーズなんかなかったか?」

「作ってくれるんですか? 何か!」

 その言葉には期待が込められていた。

「まあ……」

 明日も休日、どうにでもなれ。

 そして、静かに読んでいた彼女の顔はミカンの美味しさよりも続きの展開を欲していて、口に運んだその一つが他の甘い物よりも酸っぱくあれば良いと思ってしまった。

 そのくらい今の彼女は甘いものに酔いしれていた。

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