正月休み前に

一枚だけの為に

 十二月に入った休日の昼食後、柳瀬さんもこたつに入ってくださいよ! 私ばかりだと悪い気がしますし、今日は天気良いのにすることないなら尚更でしょ? とか言われてしまったら、しょうがないな……という気にはなれなかったが、ずっと部屋にこもるのも……と思い、読書をすることにした。

 しかし、天気とこたつは関係あるのだろうか。

 それにバルコニー側に座ったせいで背中まで熱く感じる。

「天上、温度下げてくれないか?」

「えー!」

 だから、入りたくないんだ。

「柳瀬さん、寒くないんですか?」

「むしろ、暑い」

 それは何故か? と彼女は左横の俺の顔を見て、エアコンを見、それから窓の外を見た。

 カーテンしてないからかな? とか言いそうな彼女の目に俺は言ってやる。

「カーテンしたって下げてほしいんだがな」

「えー……それじゃあ、一度だけ」

 エアコンではないんだが……というのを彼女は察知したのか、そのエアコンの温度を下げるのを止め、こたつの温度を下げた。

「これで良いですよね?」

「ああ……」

 そしてまた俺は読書、彼女はテレビを見ることに専念した。

 やる事全て午前に終えているので、本当に久々にゆっくりできる。

 気が付けば、一時間経っていた。

「あの、柳瀬さん?」

「何だ?」

 読書をするにはあまり良い環境ではないが、もう気にならないくらいに話にのめり込んでいる。

「音、うるさくないですか?」

「平気」

「すごいですね。私なら消せよって思っちゃいますけど」

「まあ、慣れだろうな。どのくらい、その話が好きかってのもあるだろうけど」

「何の話、読んでるんですか?」

「今はミステリー」

「柳瀬さんってどこで本買うんですか?」

「本屋とかネットとか」

 古本屋もあると言う前に天上は言った。

「あー……年賀状、考えなきゃなー」

 ちょうどやってるコマーシャルのせいか。

「その前にクリスマスじゃないのか?」

「あっ、そうでした!」

 年中行事が大切! と言う人間の割にはものすごい落ち度。

「何で天上って、そんなに年中行事に」

 うるさいんだ? とは言えなくて、言葉を変える。

「こだわるんだ?」

「ああ……親が、年中行事大切にする人だったので、私もそれが染み付いちゃって、こうなりました。まあ、そういうのがあった方が家族の繋がりが深まるんですよ」

「ふーん、そういうものか……」

 そう言って、読むのを止めていた本を読もうとする。

「そういうものなんです。人間なんて者は簡単に折れ曲がったりできちゃいますからねぇ……」

 と元婚約者の事を思ってなのか、その言葉は重い。

「クリスマスケーキ、買うのか?」

「え?」

 急にそんなことを言った俺に驚いた天上の顔はちょっと戸惑っていた。

「作ったりしちゃうんですか? 柳瀬さん、料理教室で」

 どうして料理教室なのか……。

 そこは作れちゃうんですかぁ!? と驚いたりする所じゃないのか。

「いや、今年は何だっけ……クリスマスツリーに飾るクッキーだかを作るって言ってたな」

 とても残念な顔をされた。

「柳瀬さん、ケーキ作れますよね?」

 ああ……とは言わない。

「作れるんだったら、作ってくださいよ。チョコで」

「何でチョコ? そこは白いの! とかじゃないのか?」

「白いのは去年食べたし、柳瀬さんに白いのは似合いません」

「どういう意味だ?」

 少しのひんしゅくを押さえて言う。

「あんまり隠れてないですよ、その気持ち」

 どういう意味だ? ともう一度言うのもしゃくで言わない。

「何となく、白は眞志田さんでしょう? チョコの方が私、好きだし」

「天上の好みは聞いてない」

 が、そう言われるとそうかも……と妙に納得してしまう自分がいる。

 おかしいな……。

 苦笑は天上に見られなかったらしく、何も言って来ない。

 それにしても年賀状……誰に出すのか。

「年賀状なんて書くんだな、お前」

「はい、書きますよ。一枚だけですけどね!」

「一枚……」

 どういうことだ、それは。

「ほら、あのワイン、ボジョレー・ヌーヴォーとか、あの夏に着てたプリントシャツくれた隣人だった外国人のアリッサにだけは書かなきゃなんですよ。彼女、そういうの好きだから」

「それは……日本の文化が好きだから……とかか?」

「はい。他の人には住所バレると困るのでメールとかで済ませますけどね。あー……でも、それだけの為に私は五枚も買わなきゃいけないんです。自分で気に入ったやつ印刷したり書いたりしたくないんで! まあ、住所くらいなら書きますが」

「それは大変だな。でも、何で五枚?」

「お年玉付きのやつ買うと五枚。ほら、キャラ物とかそういう売り方じゃないですか。スーパーとかで売ってるやつって」

 そこで済ませる、お前……。

 言葉が見つからない。

「金がいるな。そのアリッサさんは日本語読めるのか?」

「はい、大丈夫ですよ。日本語分かるし! って、怒られたこともあります。ちょっときつい性格なんです。でも彼女、私より年下でしっかりしてるんですよ。ハキハキしてる感じ? その子のお姉さんなのかな? メリリース・エアハートさんっていう人にも会ったことがあるんですけど、その人は小さくて可愛くておっとりっていうか、自分のペースを守るっていうか……。その人がいたから私は会社ではそういう感じでいようと思いまして。まあ、そのメリリースさんには一度しか会ってないんですけど。アリッサ、心配で来ちゃいましたって。何人なにじんなんだろ? 英語っぱいのアリッサと話してたからそっち系なんですかね?」

「俺に訊くな」

「あっ、でも、そのワインくれる親戚の人は日本人なんです。男の人で比島望ひしまのぞむさんって言うんですけど、確か……私より二つ年上だったかな……」

 と聞いてもいない話までされてしまった。

 これでは俺は本が読めない。

「あのさ、お前、そんなこと言って俺にまた金出せとか言うんじゃないだろうな?」

「そんなことは致しません! 年賀状というのは年中行事の中に入ります! 自分で買う物です!」

「そうですか……」

 呆れてしまう、こいつの考え方には。

 買わなきゃいけない物の順位がこいつと俺は違うと教えてくれる。

「私……」

「何だ?」

「実家、帰りません」

「何で?」

 納得しかけて疑問が出た。

「柳瀬さんが美味しい物を食べないように見張る為です」

「はぁ?」

 意味の分からない答えが返って来た。

「お正月、絶対良い物食べますよね?」

「それは分からない」

 まだ先の事を言って来たりして、こいつの頭の中は今、どうなっているんだ。

「私、食べたいです! 柳瀬さんの作るの何でも良いから、柳瀬さんの口の中に入る物!」

「何でだよ!?」

「美味しそうだから……いつもずっと我慢してるんです。お正月くらい良いじゃないですか?! 柳瀬さんだって、帰らないんでしょ? ご実家に!」

 ちょくちょく敬語が入って来るのは何なんだ。

「まあ、そうだが……」

「じゃあ、決まりですね! 楽しい正月になりそう……」

 と、もう気分は正月らしい。

 気が早くて結構なことだ。

 ――いやいや、待て!

 何で天上が俺の作った物を食べたいなんて言うんだ? 最初に言ったはずだ。

 ご飯について口出ししないって。

 食べ方とか好き勝手にしたいって。

 だから、俺は何の為に天上と住むのか分からなくなって、天上の食べる物を良くすることを止め、素材だけは食わせることに成功してはいるが。

「何か理由でもあるのか?」

 俺の質問に彼女は一瞬黙ってから答えた。

「言われたんです。親に」

 それまでの興奮が収まった。

「柳瀬さんと同じ理由ですよ。また言い始めたんです。良い人はいないのかって。それが嫌で行きません」

 同類。

 近くに居過ぎて分かんないやつ。

「勝手にしろ」

 そう言って、俺は読書を止め、こたつから出た。

「あ、クリスマスですけど」

 と天上は俺の足を止める。

「友達と外で食べて来ますから、イブは居ますけどね!」

「そうかよ」

 俺は別にクリスマスを祝う気もないし、天上と一緒に居る気もない。

 別にそんな報告はいらないと、書斎に入る。

 初めからこうしておけば良かった。

 あいつはまたテレビを見て、楽しむのだろう。

 ケーキは作らなくて良いってことか……と確認する気もない。

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