冬になり

天上の提案

 給料日直後の休日、天上から今月分の家賃込みの生活費をもらい、一安心の束の間、天上は言って来た。

「あの……柳瀬さん、大事なお話があります」

 とても深刻そうでこの家を出て行くとかそういう話かと思ったら。

「あの……こたつ、買いませんか?」

「は?」

「ほら、十一月にもなりましたし、寒いし! この家にこたつないですよね?」

 早口で言う所を見ると、こいつは部屋のエアコンとか使ってないかもしれない。

 確かにこたつはないが。

「何でこたつ? お前の所に置くのか?」

「いやいや! 違います! このリビングに置きたいんです!」

「エアコンがあるだろ」

「そうなんですが、こたつでぬくぬくぅーしたいんですよ! もちろん、その暖かいこたつには柳瀬さんも入って良いですよ! だから一緒にこたつ買いましょうよー」

 要は俺にも金を出せということで。

「買っても良いが、そこのローテーブルとソファーはどうするつもりだ?」

「ソファーはここに置いときます。ローテーブルは……折りたためます?」

 はぁ……そこまでは考えてなかったようだ。

「まあ、折りたためるよ。で、どんなのを買いたいんだ?」

「それはもう目星付いてるんです!」

 そう言って彼女は自分の部屋からノートパソコンを持って来て、ネットで調べてあったそのページを見せて来た。

「これ、買いましょっ!」

「小さくないか?」

「良いんですよ。正方形の、どうせ私と柳瀬さんしか入らないんだし、大きいのはお金がかかりますからね」

 ちゃっかりしているというか、今でもそういう考え方で残念というか。

「あんまり天上からもらってない気がしてるんだがな……。冷蔵庫の中は良い感じにいつも空っぽだし」

「それは! 私、そんなに使ってないですよ?」

「知ってる。買い物、ちゃんと付いて来るしな。そんなに買わなくて良いかっていつも思って少なめに買ってるから」

「それって……私とお出掛けしたいから?」

「違う。置く場所とかそんなにないだろ。天上、最近菓子買うようになったし」

「それは全部私の部屋にありますよ! 柳瀬さん、お菓子そんなに好きじゃないでしょ?」

「まあ……そうなんだが……」

 美味しいと思えないわけでもないが、基本そういうのは食べない。

 料理教室で作った時くらいだろうか、食べるとしたら。

「で、ネットで買うのか?」

「どうしようかなぁ……って思ってる所です。柳瀬さんはお店とかに行ってから買いたい派ですか?」

「別に、気に入ったのがあれば買えって感じ。でも、このローテーブルぐらいは欲しいよな」

「じゃあ、お店行きましょうか? あんまり高くないやつ」

 と言う彼女とお店に行き、見ては違う店に行きと繰り返す休日。

 やっとこれにしようというのが一致した時、彼女は言った。

「今日、買えると思ったのに。これだと在庫がなくて再来週なんて……」

「じゃあ、違うのにするか?」

「いいえ! これにします! これが良いです! 色もこたつ布団も申し分なく、私の好みです! 譲れなかった正方形も、これなら折ることができます」

 どこまでその正方形のこたつにこだわっていたんだか……。

 その正方形というのにはほど遠い今使っているローテーブルに似た長方形のこたつと暖色系のこたつ掛布団がやって来た日にはリビングにずっと居る奴になりそうで今から笑えて来る。

「どうしたんですか? 急にニヤニヤして」

「別に……それにしても結構時間使っちゃったな……」

「そうですね、ここまでしてこたつにこだわったのは初めてかもです。お腹が空きました」

「そうだな」

「あ! あんな所にたこ焼き屋さんが!」

 どこにたこ焼き屋が? と思えば、店の近くにある神社からちょろっと見えた。

「やってるのか? こんな時間に」

「やってますよ。ほら」

 という天上の言った先には老人になる前くらいのおじさんがたこ焼きを焼く準備をしていた。

「私、頼んで来ますね! たこ焼き二つ!」

 と手をこちらに出して来た。

「ん?」

「お金、柳瀬さんの分、ください」

「ああ……」

 だったらいらないが、なんて言えなくて数百円手渡した。

 何だかなぁ……と車の中で待っていると天上が開けて、開けて! と合図して来た。

「買って来ましたよ! ドア、どうもです」

「ああ……」

 たこ焼きの良い匂いを堪能するのは天上ぐらいでこちらは行く前の天上と同じように左手を差し出した。

「何ですか? 心配しなくとも、これが柳瀬さんの分ですよ」

 とたこ焼きを渡された。

 透明のパックに入った大ぶりのタコが入ってそうなデッカイたこ焼きが六つ。

「じゃなくて、ありがとうなんだけど、釣りあっただろう?」

「え?」

「お前、とぼける気か?」

「いやいや、そんなことはしませんよ」

 と出して来たのは天上の財布の中から。

 こいつ、俺が言わなきゃ自分の物にしてたな……と天上の猫糞ねこばばを阻止して車を出そうとした。

「柳瀬さん、食べないんですか?」

「後で食べるよ。今は帰りたい気分だ」

「何で? 疲れました?」

「ああ……天上の好みはちょっと分かったけど」

「え?! 何ですか? それ!」

 買って来たたこ焼きを食べてしまおうとしていた彼女は食べるのを途中で止め、こちらを見る。

「明るい色が好きってこと」

「そう言うと柳瀬さんは暗めの色が多かったですね」

「暗めっていうか、落ち着いた色な」

「何で、そっちに行くんだ! って感じで、ほら、見てくださいよ。七五三かな? かわいいピンク色の着物着た女の子がお父さんに抱っこされて、さっきの神社に行きますよ。もう夕方なのに……」

 だから何だって言うんだ……と俺は車は発進させた。

「まだ七五三には早いですよね」

「いろいろあるんだろ」

「私、千歳飴が食べたいんですよね」

「は? 千歳飴って子供の長寿願ってだろ? お前、子供か?」

「じゃなくても食べたくなってしまうんですよ。柳瀬さんにはないんですか? そういう食べたくなる物」

 ……分からない。自分に訊いたって出て来ないかもしれない。

 だから、あると言える天上がズルいと思ってしまうんだろうか。

「あっ! 柳瀬さん、そこのドラッグストア行ってくれませんか? 買いたい物があるんです!」

 ちょうど赤だから行けたけれども、あいつの買いたい物って何だ? その千歳飴か……とちょっと冗談に思っていると天上はまた何かを買って走り戻って来た。

「良かったです。行きましょう」

 と。それが何なのか俺は聞かなかった。

 それはバッグには入らない他人に見られないようになった色の濃い袋だったから。

「まあ……良いか」

「何がですか?」

「たこ焼き、車で食っても」

「え?! たこ焼き食べちゃダメでした? 車、汚れるから?」

「良いって言ってるだろう」

「じゃあ……食べてみてくださいよ! 車の持ち主で運転してる柳瀬さんが食べたら、私ももっと美味しく食べれるから!」

「え?」

 天上がそれまで食べていたたこ焼きの最後の一つを俺に寄越して来た。

 それも天上が使っていた爪楊枝つまようじで。

「食えるわけないだろう! そんな、使ってあるので!」

「え? 大丈夫ですよ、汚くないです。綺麗です」

「いや、違う」

「まだ食べ終わってないから、舐めたりしてないし」

「そういう食い方か! お前は!」

 そんな話をしたいわけじゃない。

 それでも食べなければならないなら……と天上に言う。

「その、俺の分を寄越せ。天上が食べてる分、食べたら悪いからな」

「なーんだ! それだったら、早く言ってくださいよ!」

 俺の分のたこ焼きを開けて一つ、こちらに天上は寄越した。

「爪楊枝のって上手く食べれないですよね」

 と食べる前に言われた。

「それ言われると食べにくい」

「え? どうしてですか? やましい気持ちでもあるんですか?!」

「ないけど」

 ねぇーよ! って言いたい。こいつ、ちょっと……。

 良い気になってないか? って思ってしまった。

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