彼女のハロウィン

 大人しかった彼女が近頃、そわそわしていると思ったら、職場の天上の机の卓上カレンダーに赤い丸印がしてあるのを発見した。

 その日は十月三十一日。

 ……ハロウィンか?

 確認することなく過ごしていたが、その日がやって来た時、彼女はまた十五夜以上に浮かれ出した。

「お帰りなさい! 柳瀬さん!」

 家に帰った途端、何だよ……とテンションの高い天上が怖ろしい。

「今日は何の日だか知っていますか?」

「さて……」

 ハロウィンと言われるのを待っているのが分かった。

 けれど、部屋の中はどこも変わった様子はないし、天上の服装は普段通りでラフな格好。

 ニュースになるような奇抜な格好はしていない。

 これでメイドさんとかになられても困るが。

「何だろうな……」

 言わない選択をしてみた。

「ハロウィンですよ!」

 と自ら答えた。

「それがどうした?」

「私、今日は奮発した食事にしてみたんです! で、柳瀬さんの分はありません。残念なことに」

 どれどれとその用意したという物を見てみれば、ぞわっとした。

 何だ、これは?! 白い深皿の中に白いご飯と海苔で作ったと思われるまあまあ可愛いゴーストと紫の。

「その……紫色のは何だ?」

「あっ、これですか? ネットで探したらあって、カレーです!」

「紫色のカレーが?」

「はい。ハスカップらしいですよ。でも、買ったのは最近じゃなくてちょっと前なんですけどね。売り切れたり買えなくなったりしたら嫌だったんで」

「そうか……」

 素直に答えた。

 そのカレーなる物は到底食べたいと思えるものではなくて。

「賞味期限は大丈夫ですよ。それにオレンジ色のカボチャご飯にしようかと思ったんですが、ケチャップが見当たらなくて、どこにあるんですか?」

「それにケチャップ……」

 驚きの組み合わせで食べようとしていたのか?!

「え……ケチャップ切らしてたっけ?」

 はい……とか言う天上の何と平然としていること!

「ここにあるだろ」

「あ! 本当だ。何でこんな所に置いてあるんですか?」

「だって、それまだ新しいのだから。出し忘れてた」

「棚の中に隠し置いとくなんて。それも高めの場所にー」

 と天上は膨れてみせた。

「悪かったな、天上の思い通りのハロウィンにならなくて」

 と語気強めに言ってしまった。

「まあ、良いんですよ……。昼間に千璃ちゃんからカボチャのおにぎりもらったんで。柳瀬さんも知ってるでしょ? 食堂に居たから」

「あっ、居たな……」

 確かに昼にでもそんなハロウィン感の物を食べるのかとちょっとした出来心で居た。

「本当はもっと食べたかったんですけどね、一つしかくれなくて……」

 もう一つは風沢に行ってしまったからな……とそんな事まで見てたんですか!? と言われたくなくて言わない。

「その、部屋の飾りとかは全然手を付けてないんだな」

「そうですねぇ……そこまでお金がなくて。まあ、貯めるのが目的なんで、使えるわけないですよ。服もそうです。私は食事にこだわることにしたんです。そうすれば、少しは安くなると思って。でも、もっとハロウィンにしたいので、この紫色のカレーにケルトからのカブとカボチャで作ったジャック・オー・ランタンを良い感じに置いて……」

 と包丁か何かで頑張ったようなそんなに綺麗に出来ていないジャックオーランタンを数個乗せ、ハロウィン感をプラスした。

 そして、出来上がったのは何とも毒々しいハロウィンカレーだった。

 ちゃっかり皿の縁に海苔で頑張って作った蜘蛛の巣らしき物も数個ある。

「残さず食えよ」

 と言って自分の部屋に引っ込んだ。

 何だアレは! 正気か? アイツ! という思いは天上に伝わらないだろう。

 着替えて、こちらも平然とラフな格好になって、ちょっと寝ていたい気持ちを抑えて、昨日の料理教室で会った空橋の話から作りたくなった物を作ることにした。

「何、作ってるんですか?」

「ん? オムライス」

 まあまあ食べた所で音か匂いで気になったのか、キッチンにやって来た天上に言う。

「料理教室で一緒になる奴がいてな、そいつに聞いたんだ。美味しくなるオムライスのコツ」

「え?! 女ですか!? その人」

「違うけど」

 こいつにはそのコツを教えないようにしようと思った。

「ふーん……。私ならそこにチーズが良いですね、あとコショウとか? ご飯はソーセージに玉ねぎとケチャップですかね……」

 と普段料理をせずに冷蔵庫の中に食べたい物がないとコンビニに行ったり、惣菜を買って来たりする天上にしては思いがけない発言。

「何で分かる?」

「え? 私もチーズ入りのオムライス作るから」

「いつ?」

 思わず聞いてしまった。

「えっ、まあ、最近は作りませんがね……。美味しいんですよ、チーズ入りのやつも」

 と天上はそそっと自分の席に着き、あの毒々しいハロウィンカレーの残りを食べ始めた。

 テレビのニュースではそんなハロウィンに関する話題で盛り上がっていた。

「良し! 食べ終わったから帰り際に朋乃ちゃんからもらったハロウィンクッキー! とっ」

 ケーキ屋で売ってるような可愛いハロウィンクッキーを頬張ろうとしている。

「なあ」

「はい?」

「何でカレーなんだ?」

「ああ、ランタンには火じゃないですか。それで火が出るくらい辛いって言う」

「カレー?」

「はい。でも、これそんなに辛くないんですよね。もっと辛いのが良かったんですが、色に負けました。ハロウィンっぽい色、他に見つからなくて。去年はオレンジだったんで今年は紫って決めてたんです」

 そういえば、こいつの今日の服装……薄紫色。

「そうか……」

 言葉がそれ以上に見つからなくてオムライスを作り上げてしまった。

 とろとろふわふわオムライス、あとは食べるだけ。

 その目はこれを見てはいるが言わない。

 食べたいと。

「ベッド、来て良かったな」

 ダーニングテーブルにそのオムライスを置き、いつもの席で食べようとするがその天上の目はオムライスを食べるまで離れなくて言ってしまった。

「そっ、そうですね、これで柳瀬さんのベッドで寝たいとか言わなくて済みます!」

「ゴホゴホっ!」

 わざとらしくむせたわけじゃないが、それ覚えてるとか!

「でも、高さがないからどうかなって思ってるんですよね」

「昨日の今日だもんな。それはこれから慣れるんじゃないか!」

 慌てる。天上の発言はいつもそうさせる。

「あっ、そういえば、いつぞや柳瀬さんの過去の女の物を探す時があったじゃないですか?」

「ああ……あったな、そんなことも」

「全然見つかりませんでした。何かないかと思ったんですが、あのシャンプーくらいしかないなんて」

「何だよ?」

「綺麗に片付いてるんですね」

 その言い方はどこかしら冷めていたけれど、過去に何かあったのか? と思わせるには十分で。

「天上にもそういうこと、あったのか?」

「え!」

 小さな驚きがそこにはあった。

 けれどそれ以上、彼女の言葉は続かなかった。

「柳瀬さん、もしかして私に興味あります?」

 いたずらっ子のように言って来た。

「ないよ」

 そう言って、まだ温かいオムライスを掻き込んだ。

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