夏祭りの屋台

 目的地が一緒だからと、一緒に出て行くバカがどこにいる。

 ということで天上は昨日の蕎麦の残りを今日の朝も食べ、ラフな格好を止め、適度にオシャレな感じを出し、先に出て行った。

 皆、浴衣じゃなくて残念ですか? と言われ、それはないと答えると、二時間早く出るのは図書館に行って、非常食として食べれそうな草を見つける為です! あ! それと、そこのベランダで育てて良いと言うのなら、育てられる野菜なんかも調べて来たいのですが良いですか? と言われてしまい、困ったがそれを俺も使って良いのなら……と許した。

 一人静かに最近してなかった掃除をし、天上の部屋となった所はせずに洗濯を片付け、夕食はどうしようかと考えながら、まあ適度に恥ずかしくないようにして外に出た。

 夕方だからか多少は暑さを気にせずに済んだが、それでも暑いものは暑い。

 本当に皆、居るのだろうか? そんな不安がよぎったが天上の連絡先も知らない今、他の者を信じて行くしかなかった。

 時間はちょうど。

 天上に言われた待ち合わせ場所に着いた。

 周りをキョロキョロしてみると一人の男が居た。

 会社の後輩、眞志田育人ましだ いくと。同じ高校で部活も一緒だった。三十三歳になっただろうか、そのまま大学も同じか? と思えば違くて、久しぶりに会ったのは眞志田が新入社員として会社にやって来た時だった。

 周りに人が居るにもかかわらず、ヤナさんが居るって知ってたら入らなかったのにな……とぼやいたりして、冷や汗ものだったが。

「やあ、ヤナさん!」

 と機嫌良く、眞志田は片手を軽く上げ、やって来た。

「余裕だな?」

「そんなことないよ。ヤナさんはちゃんと来て偉いね」

「そう言うな。来ないと何か嫌な感じになるからな……」

「何で?」

「それは……」

 やばい!

「誘った乙希ちゃんを思って?」

「そうかもな……」

 危なかった。こいつにはまだ何も言ってなかった。いや、誰にも言ってない。天上と住んでるなんて言えない!

「お前、いつから天上のことをそんな風に言うようになったんだ? 彼女か? お前の」

「違う、違う。何となく、オレが勝手に言ってるだけ。そう言うヤナさんだって、いつから『天上』って言うようになったのさ?」

「いつもそうだろ、俺は。知らぬ間にそうなってる。それで嫌です! って言われたら、ちゃんと考えるようにしてる」

「そうですか」

 と、この話題はもう良いとあっさり言われ、安心した。

 高校の時からこいつはそうだ。自分の興味ある事にしか熱中しない。

「お待たせしました!」

 と言う三影の声に救われた。

「あ……」

「変ですか?」

 一人だけ浴衣だからか、綺麗に見える。それよりも俺が気になるのは天上が言っていた会社の皆が全員揃う前から口をモグモグしている女。

「ズルいですよねー。抜け駆けですよ!」

「良いじゃないの! 朋乃、浴衣なんてそんなに着れないんだし! ねえ?」

 と三影に言われ、何やらもう食べているらしい天上がぼそっと言った。

「うん……」

 何を口いっぱいにして食べているんだ? 気になる。

「じゃあ、行きましょうか?」

 と三影が言い、女子社員三人が前を歩き、その後ろを眞志田とぞろぞろ歩くことになった。

 人混みはまだ出来てない。だから、みっちりと歩くことはないが。

「いやー、嬉しいですね! 会社で一、二番目にイケメンだって言われてる柳瀬リーダーと眞志田さんと歩けるの! それも私服! 眞志田さんはシュッとしてる感じが良いんですよね!」

 そんな浮ついた大声の風沢の話を聞いているのかいないのか眞志田がぽつりと言って来た。

「だってさ。何見てんの?」

「何にも」

「本当かなぁ?」

「……」

 天上の買う物が気になるなんて口が裂けてもコイツにだけは言いたくない! ちょうど天上が俺の前を歩くから目に入るだけだ。最初は眞志田の前を歩いていたのに、いつの間にかこちらに来ていた。風沢は真ん中をずっと死守している。

「お祭りの食べ物、ヤナさんは好きじゃない?」

「別に……お前は?」

「適度に食べるよ」

 そうか……と言う前に天上が勢い良くこちらを見て来た。

「何だ?」

「いえ! 何でもっ!」

 そう言って、また顔を前に戻したが、その目は印象深かった。

「マジで?! みたいな目してたな」

「え?」

「いや……」

 眞志田は『乙希ちゃん』と言う割には天上の事を気にしてない。

 俺だけか……この中で彼女の食べる物を気にしてるのは。

「ああ! そういえば、乙希ちゃん」

「はい?」

 何か買う物を見つけていたのか、そう言われて後ろを向いた天上の顔はあまり機嫌良くなかった。

「引っ越し終わった? あのチラシ、役に立った?」

「あー……はい、チラシありがとうございました」

「え?! 天上さん、引っ越したんですか? どこ?」

「えっ、とぉー……」

 言えるわけがない。俺ん家なんて。

「そういえば、眞志田さん、天上さんに会うと家の情報が載ってるチラシあげてましたよね? これとかどう? って言って」

「ああ、ないって言うからね」

「ないって?」

「良いのがないって。だから、目に付いたのをあげてたんだけど……」

 じゃあ、あの自販機の所で見てたのも眞志田の? それなのに、俺の家に来た理由……。

「眞志田さんにまで?! わたしにも言って来たよね?!」

「あー……、新しい家は……柳瀬さんの家の方。柳瀬さんにも相談した。それで良い所見つけて住んでる! 皆様、ご協力ありがとうございました! 無事、引っ越し終わったのですが、極狭ごくせまな! 所なので、皆様を呼ぶことはできず、残念!」

「えー……またぁ?」

 三影が呆れてそう言うということは以前もそうだったということで。

「ヤナさん、どこを教えたの?」

「え? まあ、近く……」

 としか言いようがないし、女子社員三人はすでに美味しそうな話をしている。

「タピオカドリンク飲みません?」

 また三影に救われた。

「良いな!」

「いつからタピオカ好きになったの? ヤナさん」

 流行りだからな! って言い逃げをして、彼女の食べる姿を見る。

 俺は変態か? 天上の食べる物なんて気にしてはいけないのに気になっている。

 天上のご飯ストーカーなんじゃないのか? 天上はこちらの目なんて気にしてなくて食べ続けているっていうのに。

「大丈夫ですか?」

「え?」

 三影に声を掛けられた。

「楽しそうじゃないから」

「あー……大丈夫。ちょっと甘過ぎな、これ」

 そう言って、飲んでるタピオカミルクティーのせいにして、流した。

 三影は案外見ているんだろうか、今でも。

「よく食べるな、天上。来る前から食べてただろ?」

「そうですね。止めたんですけどね。じゃがバタ食べたい! って聞かなくて」

「そうか……」

 じゃがバターだったか、口の中の正体は。

「柳瀬さんも何か食べたらどうですか? たこ焼きとかいろいろ美味しそうなのありますけど」

「あー……そうだな、ちょっとぶらついて来るかな」

 そう言って一人になることにした。

 はあ……屋台の食べ物の良い匂いが漂って来るが、ダメだな……コンビニに行くか。

 横断歩道の赤信号はなかなか青にならない。

 屋台の食べ物がダメということはないが、何となく食べる気がしない。

 天上の食べている様子はずっと見てられるのに、自分が食べるとなるとどうもよろしくない。

 別に屋台の食べ物でどうなったというのもないのに。

 何でだろ、コンビニに行ったとしても何も買わないのは分かっているのに。

「柳瀬さん!」

「ん?」

 女らしい高めな声に少しビクッとなる。

 知り合いか? それとも俺と関係のあった女性ひと? 少し余所行よそきの感じのする。

「天上か……」

「え? いけなかったですか? 声掛けちゃ」

「いや……。どうした? 食べてただろ? かなり」

「そうなんです。それでトイレ行きたくなりました」

 正直過ぎる。

「バカ食いも程々にな」

「はい……と言いたいんですが、今日の夕飯のことを考えれば食べてしまいたい気持ちなんですよ。あるか分かりませんから」

「何でそんなこと分かる?」

「だって、来る前に冷蔵庫の中やら周りを見たんです。そしたら、何もなくて」

「あー……だから、明日の為に冷凍してある物でも食べようかなって考えてた」

「冷凍?! それは思い付きませんでした! 柳瀬さん、明日、楽しみですか?」

「まあ……買い物は楽しいよな。欲しい物をこの目で見て買う。それほど良い事はないだろ。自分が信じた物を買えるわけだし」

「そうですか……楽しみですか……」

「天上は楽しくなさそうだな。トイレに行きたいからか?」

「違いますよ! と言えないですね、早く青になりませんかね? この信号、とっても長い。けど、平気です! 我慢はできますから!」

「そんな情報聞きたくない。天上が楽しくない理由、聞いて良いか?」

「え? あ……車の運転とかってどうするのかなって。私、免許ないから無理だし、柳瀬さん、ずっとですよ? あの静かに走るシルバーの車で、それでも良いと?」

「良い。行きたいから行くんだ。それに今までだって俺がずっとだったし。他に理由は」

「ないですが、それでも私を連れて行くんですね……」

「ああ、それが約束だろ。それにしてもお前、皆が居ないとよく喋るな」

「良いじゃないですか。これが素です。柳瀬さんはいつ免許取ったんですか?」

「いつだったかな……何となく、取ってみた感じ。それでいろいろ遠くまで行けるならって」

「へぇ……車の方がいろいろ、ゆっくりできますもんね」

「ああ……」

 返事をしといて何だったが、こいつはどういう意味で言ったのだろうと思ってしまった。

 そこが間違いだ。


「柳瀬さん!」

 とコンビニから二人して帰れば、どこ行ってたの?! と三影が天上を叱っていた。

「まあ、トイレなら仕方ないけどさ。柳瀬さんと二人でなんて」

「ごめんごめん。でも途中からだよ?」

「それは……そうだと思うけど……」

 三影はまだ何か言いたそうだったが静かになった。

 混んできた。

 人が多くなる前に帰ろうと言い出したのは眞志田だった。

 浴衣でぶらぶらも疲れたでしょ? 下駄だったしね……と、その優しさからの言葉はいつもこいつを運良く動かせる。

「じゃあ、今日はこれで……」

 からの、三影の言葉に驚いた。

「柳瀬さん、乙希をよろしくお願いします。家、同じ方向だって言うから」

「あっ、ああ……」

 別に酔ってないよな? こいつ……と見れば、天上は平然と透明のプラスチックコップの中のビールを飲もうとしていた。

「あ、ダメですか?」

「いや……」

 お金ないない人間とは思えないお金の使い方だ。

 明日からは大丈夫なのだろうか? でも、こいつ確か年中行事は大切にしたいとかって言っていた……それでか……。

「じゃあ、ヤナさん、また会社で!」

「ああ……」

 やっぱりもうちょっと居たかったですよねー! ああ、明日終わったら仕事だー! と言う話をしながら帰る三人と別れ、まだまだ食べれますけど? 的な天上と一緒に家に帰る道を歩くという初めての経験。

「あー、お腹いっぱい!」

「そうだったのか、もっと食べれる感じだと思った」

「えー、それはないですよ。私だって人間です。限度はあります」

「そうか」

 じゃあ、家に着いたら食べるのは俺だけになる。何を食べるか……。

「明日行く所は試食とかあります?」

「ん?」

「だって、今日たくさん散財しちゃったから、ちょっと……」

「どんだけ食べたんだ?」

「たこ焼き、焼きそば、お好み焼きは皆が揃う前に食べて……」

「じゃがバターもだろ?」

「あ! そうでした! 何で知ってるんですか?」

「三影に聞いた」

「そうでしたか……あとチョコバナナにフランクフルト、かき氷」

「それじゃあ、明日の試食はしない方が」

「でも! お腹は空きます! 明日になれば、明日の分のご飯が欲しくなります! 生きてますから! 私!」

「そんな大声で言わなくても分かる」

「むぅー……」

「天上、お前、あのビールだけで酔ったのか?」

「んなわけないじゃないですか! 柳瀬さんはお酒お強いんですか?」

「まあ、普通」

「柳瀬さんこそ、テンション低い! 全然私より低いですよ?!」

「どうしてこうなっているかって言えば、悩んでる事があるからだ」

「何?」

 お前のご飯の内容だ! とも言えず、俺は違う事を言った。

「今日の晩御飯だ」

「タピオカミルクティーじゃなくて?」

「それだけでお腹いっぱいになると?」

「なりませんよね」

 はは……と苦笑いされた。

 ――家に着けば、すぐさま天上はリビングにあるソファーに直行した。

「はふぅー! ふかふかー! 何で買ったんですか? これ」

「欲しかったから」

「へぇ……。かなり吸い込まれるー……柳瀬さん、お風呂お先にどうぞ。今日は譲りますよ、ちょっと寛いでから入るんで」

「いや、晩御飯食べてから入る」

「えー! じゃあ、ちょっと」

 そう言ってソファーに座っていた天上はそこに寝転がった。

 もう自分の家みたいだ。まあ、良いが。

「ごろんごろんできるソファー好きです。欲しいです! 柳瀬さん、下さい!」

「無理だ。それに寛ぎたいなら服をいつもみたいなのにしてくれば良いだろう?」

「それをやるだけの力、残ってません」

「じゃあ、しばらくはそこに居るんだな。そうして」

「はい……今日、図書館に行ったんですよ。そしたら、会いたくない人に会っちゃって。それも知らない人と居て。何でかな……向こうは何も言って来なかったから良いんですけどね。で、早々に切り上げて二人に来てもらったんです。もうお腹だめ、来て、買って……って。テンション低めだと何だか心配されて得なんです。こっちとしては」

「それはちょっと悲しい話だな」

「そうなんですよねー。こんなに食べるはずじゃなかったのに。何で居たんだろ? あそこに」

「それは訊けば良かったんじゃないのか?」

「聞けないですよ! そんな関係じゃないんで」

「でも、知り合いなんだろ?」

「そうなんですけどね……、そうまでして言葉を交わしたくないというか。柳瀬さん、明日は早いですか?」

「ああ……いつもより一時間早く起きれば間に合う」

「そうですか……」

 冷蔵庫の中はすでに綺麗にしてある。

 天上が来る少し前、会社でまたしても天上と二人だけになった時、冷蔵庫なんて持って行きませんよ? 柳瀬さんのやつ、使わせてくださいよ。掃除機も……と軽く言われ、ああ、良いぞ……と了承したのは家にそんな物が二つあっても邪魔だからだ。

 洗濯機に関して言えば、そこら辺のコインランドリーにでも行くものだと思っていたが。

 さて、彼女は今日までの間に起きた事で気付いているだろうか。

 気付いてないだろうな……。

 エプロンをするまでもなく、簡単に終わる晩御飯の準備をする。

 冷凍しといた物、それを温めて終わりだ。

 ガサゴソとやる前に言ってやる。

「何があったかは知らんがな、風呂は先に入ってくれ」

「何でそこまでこだわるんですか? 柳瀬さん、シャワーだけの人じゃないですか? 私は湯船に入っちゃいますけど」

「何で知ってる?」

「え? 何となく。時間的に」

「そうか……、俺はお前が入って来て、キャー! とかないようにだ」

「はぁ……つまり、臆病者ということですね!」

「どういう解釈だよ、それ」

「最近、言葉きついなぁ……とか考えません?」

「考えない。これが俺の普通だ」

「そうなんですか、会社ではもうちょっと優しいのに」

「何だ? 天上は優しさを求めているのか?」

「あながち間違ってませんね。優しさは大切ですよ。バレない優しさはもっと大切です。あー、何か話したらちょっとは力が出て来ました。お風呂入って来ます。あ! 洗濯物まだだった! やっちゃおうかな!」

 せかせかと動き出した。絶対、服を着替えた方がやりやすいと思うが、もう後は寝るだけだ……とか思っているのだろうか、そのままやり続けている。

 いつまでもその様子を見る気もなくて、俺はキッチンへと向かった。

 そして、電子レンジの中に冷凍してあった白いご飯を入れ、待った。

 その間におかずになりそうな物を探し出し、温めた。

 今日は豚小間の生姜焼きだけで良いか……。

 天上は洗濯物を終わらせ、風呂に入ろうとしている。

 それを気にせず、俺はダイニングテーブルにそれらを置き、食べ出した。

 結局、コンビニでも何もしないで為になりそうな雑誌を読んで終わったし、テレビでも見て早く寝よう。

 それには天上が早く風呂を終わらせてくれないと出来ないのだが。

「柳瀬さん!?」

 突然の天上の大声に驚く。

「どうした?」

 向こうに行こうにも、もう風呂に入っているだろうと思って、その場で動かずに言う。

「女物! 女物がありますよ?! 私の為に買ったわけじゃないですよね?!」

 ああ……昨日からあった物だが、やっと気付いたのか。

 半ば呆れ、そのままテレビを見続けていたら、とたとたとやって来た天上はまだ服を着たままだった。

「柳瀬さん!」

「何だ?」

 テレビの前に立ちはだかった彼女は真相を知りたそうに上品なピンク色のボトルのシャンプーを見せながら言う。

「これ! 彼女さんのじゃないんですか?!」

「ああ……そうだな……。だが、前のだ」

 隠すのも億劫で本当の事を言ってしまう。別に彼女は今の俺のカノジョではないから。

「以前って……いつ?」

「ずっと前だ」

「え……それをいつまでも持ってる……」

 なんて考えられない! ということか。

 言葉を失くした彼女に俺は言う。

「それは、捨てるに捨てられなかった。もしかしたら戻って来るかも……なんて考えてた時もあったから」

「え? 痛い話ですか? それ」

 別に部下にそんな上司の話をするつもりはないから素で俺は言う。

「使いたければ使え。それが嫌で怪しいと思うなら捨てろ。お前に任せる。俺用のはちゃんとあるから」

「そうですね、ありました……」

 まだ彼女は考えている。

 答えはいつ出るのか。

 俺がまたテレビを気にせず、食べ出そうとした時、彼女は言った。

「昨日はちょっと、上司の家の風呂、ドキドキ……とか思って、あんまり気にしてなかったけど、なーんだ……私の為に買ったんじゃないのか……」

 それは明らかに冷めた調子だった。

「匂いがきつそうですね。柳瀬さんの好みですか?」

「いや、彼女の好みだ」

「そうですか、まあ、使えそうなら使おうと思いましたが、ポイしましょうか? 私、この匂い好きじゃないです」

 そう言って天上は本当にそのシャンプーと風呂場にあった同じような少し濃い目のピンクのボトルに入ったリンスを捨てた。

 自分も自分用の物がすでにあるからと。

 俺は過去が消えたことに怒らなかった。

 どうしてだろう、彼女はさっぱりと風呂から出て来て、お風呂どうぞ! と言って来た。

 ああ……と言って、風呂に入ったとしてもその残り湯もない湯船に目もくれないでシャワーを浴びる。

 風呂から出て来た俺に天上は言った。

「他にその彼女さんのやつ、あるんですか?」

「は? ないが」

「本当に? 何でシャンプーとリンスは残してあったんですか?」

「それは……言っただろう。捨てる気になれなかった。戻りはしないって知ってたのに」

「闇!」

 と彼女は言った。

「柳瀬さん! ちょっと探し出して良いですか? 終わった過去は綺麗にしなくちゃいけないんです!」

 俺はそうは思わないが……なんて言えなくて、俺は天上の好きにさせた。

 明日、起きれなくても知らないぞ? なんて天上は子供じゃない。

 言わなくて良いことだ。

「俺は寝るからな」

「はい!」

 と彼女の捜索する音は深夜まで続いたが、それで寝れなかったということはなく。

 翌日早朝、彼女は言った。

「柳瀬さん、今日、本当に行かなくちゃダメですか?」

「ダメだ。眠いなら車の中で寝ろ。朝食は食べて行けよ。途中で食べる所はないから」

 そう言って、俺は朝の支度をし出した。

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