第32話 マナジスト

 久しぶりに賑やかな食卓を過ごした後、トマスから話があると外に誘われた。

 村から数分ほど夜の森をトマスの歩いた道のりを真似するように進んでいけば、外から見ればさほど大きくはない洞窟の前で足を止めた。

 覗き込むと、さほど大きくはないというのは離れた所から見た錯覚だったようで、巨大な蛇の胃袋のように延々と暗闇が続いている。


 「何だ、ここは」


 「この場所は、俺の村の大事な場所……神聖な洞窟と言っても過言ではないのかもしれない」


 「そんな場所に、どうして俺を連れてきたんだ。トマスのことを助けたとはいえ、俺が部外者なのは変わりないだろ」


 「そうだ、俺がやろうとしているのはおかしなことかもしれない。だが、そうしないといけないんだ。混乱しているのも分かるが……頼むから、一緒に洞窟の中に入ってほしい」


 食事の時間では、奥さんや子供を冗談で笑わせていた話好きそうなトマスと同一人物とは思えないほど神妙な顔つきをしていた。

 魔族にとって大事な場所に連れてきたということは、トマスなりにも並々ならぬ覚悟をしてきたということなのだろう。


 Uターンをすることなく、俺はトマスの眼差しから逃げることなく頷けば、近くにあったたいまつに魔法で火を灯すと洞窟へと足を踏み出した。

 洞窟の中は人が行き来した形跡があり、足元は考えていた以上に歩きやすい道になっていた。

 ここでも数分ほど歩いてから、トマスはよく響く洞窟の中で喋り出した。


 「正直、ここにタスクを連れてきて良かったのかまだ悩んでいる。他種族をここまで受け入れるなんて、我ながら俺達はおかしな種族だと思うよ」


 優しい声が暗い洞窟に響いた。いつの間にか、身構えていた俺は自然と話し出す。


 「……だけど、そういうの嫌いじゃないよ」


 「はははっ、そう言ってもらえて嬉しいな」


 「さっきの質問だけど、どうしてここに案内したんだ?」


 「……直感か、それとも、神の声かな。なんにせよ、信用できる気がした。俺達の敵にはならない、きっと助けてくれる人間だって」


 「まだ会って、一日も経っていないのに……買いかぶり過ぎだ。よっぽど、魔族てのはお人好しなんだな」


 トマスは押し殺したような声で笑った。


 「みんながみんな、こんな訳じゃないさ。きっと村の誰かは、タスクのことを嫌っている奴も居るだろう。でも、同時に全員が全員そういう訳じゃない」


 「それなのに……いいのか?」


 「いいのさ、俺はタスクを信じることに決めた。……さあ、ここが本当の目的地だ」


 開けた空間に出たと思えば、周囲を一斉に淡い光が照らした。

 暗黒にたいまつ頼りだった世界に急な発光を受け、右手を前にかざして光を遮ろうとするが強い光は網膜に焼き付いてなかなか落ち着くことはない。

 たっぷりと時間を掛けて目が慣れていけば、ようやく光に視界が慣れていけば、常に発光し続けている物体の輪郭に気付く。


 「これは……結晶……?」


 洞窟の最深部に所狭しと輝いているのは、無数の結晶だった。いずれもライトブルーを基調とした光り方をしてはいるが、輝き方はどれも等しく目が眩むほど眩しいものだった。

 しばらそのままでいると、輝きは穏やかなものになってきたので、そこで初めてトマスは口を開いた。


 「これは、魔力結晶……人間達の中ではマナジストなんて呼ばれて、その貴重さから高値で取引される代物だ」


 「さっきまで、光ったりしなかったのに……」


 「結晶に僅かでも魔力を流すことで、魔力反応を起こした結晶は光を放つんだ。……はははっ、タスクはあまりこういう物には詳しい方じゃないんだな。これは、魔力で造られた道具……魔道具に使われたりもするし、うちの村はこのマナジストを灯り代わりに使っている」


 「マナジスト……正直なところ、まだ凄さがピンと来ていないんだが……。これを、どうして俺に見せた?」


 目を丸くするトマスは、噴き出した。


 「ほんっとうに、タスクは知らないんだなぁ。やはり、信用できそうだ」


 「何だ、馬鹿にしてるのか」


 「いやいや、そういうつもりはないんだ。……本題に戻るが、今日やってきた人間達はコレを狙っていると俺は考えている」


 談笑するような雰囲気は一転し、トマスは表情を引き締めた。


 「結晶を集めて金にでもするのか」


 「まだそれなら、やり方はあるだろうし、数百年も変わらない人間と魔族の関係をこんな強硬手段で壊す必要もないはずだ。だが、人間達の扱う魔物を見て、俺は確信したよ。……奴らは、魔導兵器を量産しようとしているんだ」


 魔道兵器という言葉に、ライナスの顔が浮かぶ。

 ライナスは魔道兵器が戦争の引き金になるのだと語っていた。数では勝てない人魚族達が、戦争に勝つ可能性が出て来るほどの強力な武器だ。


 「魔導兵器は……俺も知っている。そんな危険な物が、いくつも作れるのか?」


 「可能だ、これだけマナジストがあれば量産だって不可能じゃない」


 そこまで聞いて、はっとして問いかけた。


 「このマナジストてのは、魔族の村の近くならどこだってあるのか」


 「マナジストそのものには数や質に違いはあるかもしれないが、タスクの言う通りだ。魔族の俺達は魔力の満ちている場所を好むから、マナジストの周辺に住みたがる。……それが、どうかしたか?」


 気付けば、拳を強く握りしめていた。

 これで繋がった。リアヌの村が兵士達に襲撃された原因があるとすれば、それはこのマナジストが原因だというのは間違いなさそうだ。兵士達は何らかの理由で魔導兵器を製造しようと考え、そして、その障害となる村人達を皆殺しにした。

 考えてみれば、くだらない理由だった。あの兵士達は、よりにもよって武器を作る為に魔族達の命を奪ったのだ。


 「お、おい、タスク! どうした、怖い顔をしているぞ……」


 知らず知らずの内に、俺の表情は険しいものになっていたようだ。驚いた様子のトマスに作り笑いをみせようとも考えたが、きっと少しでも不信感を抱かせてしまえば、彼らにはすぐに分かってしまうだろう。

 思案した末、真実を打ち明ける。


 「……実は、友人に魔族の女の子が居て……その子は、自分の村を兵士達に襲撃されたことがあるんだ。その子の両親も村の人達もみんなその時に……」


 「タスク、お前……。魔族に対して、おおらかな奴だとは思ってはいたがそういう理由があったのか……」


 「今、トマスから兵士達が村を襲った理由を聞かされて、俺は心底奴らを憎いと思ったんだ。こんなくだらない……人が人を殺す為に村を滅ぼした? そんな理由で、あの子は……リアヌは全てを奪われたんだぞ! 考えられるか!? リアヌだけじゃない、不条理に全てを奪われた子供達が他にも大勢いる! そんな奴らを、俺は許せない!」


 怒りのままに拳を壁に叩き付ければ、指の先が結晶に触れたようで、明るい青色をした空間は血のような濃い赤色に変化した。結晶の色が全て、真っ赤な鮮血の色に変色したのだ。

 トマスは赤い結晶を眺めながら、悲しそうに言った。


 「時としてマナジストは、触れた者の強い感情を読み取り、それを色に反映させる。魔法や魔力は嘘はつかない……この色からは、よほど強い憎しみと怒りを感じるよ」


 「軽蔑するか? 同族に殺意を抱き、憎しみを持つ。人間の方が業が深い証明だよな……」


 「それもヒトだよ、タスク。少なくとも、タスクは俺達の敵じゃないってことははっきりした」


 「まさか、それを確かめる為に……?」


 「いいや、違うよ。でも、俺達の秘密をさらけ出せば、タスクの本性が分かると思った。感情を読み取れても、人の本質は絶対に正解はない。けど、タスクは俺が考えていた以上に感情的な人間のようだな」


 事もなげに言い放つトマスに、俺は大げさに溜め息を吐いた。


 「それ、面と向かって言うのかよ……」


 大きな声でトマスが笑えば、つられて笑いだしそうになったのが足音が聞こえたのと同時に中断する。


 「――話は全て聞かせてもらったぞ、タスク。お前は、人間だったのか」


 洞窟の通路からやってきたのは、、金色の瞳が爛々と輝くジルドルだった。


 「ジルドル、全部聞いていたのか?」


 「ああ、トマスの家を見張っていた者から連絡があってな。こっそり、尾行させてもらったよ」


 ジルドルの言葉を聞きながら、俺は不快な気持ちになることはなかった。もしも、孤児院に居た時に逆の立場なら、自分だって監視したに決まっている。

 悪者ならほら見たことかと攻撃し、善人なら見張っていたことを黙って普通に接する。ここでジルドルが姿を見せたということは、前者の考えに至ったということなのだろうか。

 身構えている俺とトマスに向かって、ジルドルは申し訳なさそうに僅かに頭を垂れた。


 「すまない、二人とも。勝手に見張っていたことを謝らせてほしい。口では信じると言いながら、俺は嘘をついてしまった」


 「は……。いや、謝罪するのはこっちだろ、俺は混血と偽って村にやってきたんだぞ」


 真っすぐな眼差しでジルドルは狼狽える俺を見返せば、両手を広げて周囲を回した。


 「魔法や魔力は嘘をつかない。ここまで……魔族のことを想って、人間達に対する憎しみを抱えるタスクを追い出せる訳がないだろ」


 気分の悪い景色だと思っていた血のような結晶達のことをジルドルは指しているのだと分かり、複雑な気持ちで頷いた。


 「……ありがとう、ジルドル。礼を言うついでに、俺から頼みがある」


 「なんだ、何でも言ってみてくれ。お前になら、結晶の一部をくれてやってもいい」


 「マナジストなんていらない。この村を、兵士達はまだ狙っているはずだ。……一緒にこの村を守らせてほしい」


 俺の発言にトマスとジルドルは顔を見合わせると、優しそうに微笑んだ。

 もうこの気持ちを確認するような真似を、二人はすることはなかった。

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