第31話 魔法の種族の村

 魔族の村の門を潜ると、世界が一変した。

 空に浮かんでいた太陽は満月に変わり、青空は夜空へと変わる。緑の草木は、紫と青に変色した。

 今までは異世界とはいえ人間の住む世界は、どこか遠くて酷似していた。しかし、この村に入ってきてからは明らかに異質な空間、文字通り異界に入ったのだと実感できた。

 

 「こっちだ、村のみんなに紹介するよ」


 トマスに案内されて村に入ると、そこは広場になっており、皆が深刻そうな顔をして何やら相談をしていた。やはり魔族の村と言うだけあって肌の色も違えば、角が生えていることはもちろん、指ぐらいの長さの爪が生えている者も居た。


 「トマス! トマスが帰って来たわ!」


 毛の濃い長い耳を揺らしながら、赤色の肌をした女性がこちらを指差した。すると、皆が待ち続けていていたのか、子供を残して二十人近い魔族の大人達が一斉に駆け寄って来る。


 「帰りが遅いから心配していたのよ! 他のみんなはどうしたの!?」


 急かす赤色の肌をした女性に、トマスは静かに首を横に振った。


 「すまない……。人間達は対話をするつもりもなく、容赦なく攻撃を仕掛けてきた。その襲撃で俺以外の仲間達はもう……」


 トマスの言葉に赤色の肌をした女性は両手で口元を押さえて泣き崩れた。その話を聞いた他の魔族達も身内だったのか、数名が明らかに呆然としている。皆に浮かんだ表情は戸惑いや落胆や憤りと全員が暗く、辺りは葬式のような静けさに包まれた。


 罪悪感から俯くトマスに、一人の青年が人波をかき分けて近づいてきた。青年は、水色の肌に赤い短髪、金色の瞳、頭からは鹿のような二本の角を生やしていた。


 「落ち込んでいる暇はないですよ、トマスさん。これからどうしますか……それに、そこの人は?」


 仮面を付けた怪しい俺に訝しそうに青年が言った。


 「ああ、彼の名前はタスク。人間達から俺を助けてくれたんだよ」


 「ふーん、この男が……」


 頭の上から足の先までじろじろと見る青年の間にトマスは割って入る。


 「あまりじろじろ見るな、俺の命の恩人なんだぞ」


 反省したように青年は頭を掻き、その手で俺に握手を求めた。


 「俺の名前は、ジルドルだ。……タスクと言ったか、お詫びの握手をしよう」


 握手……て、また例のやつか。一度、トマスの方に視線を送ると、恐縮したように苦笑していた。

 色々と探られるのは好きじゃないが、これも仕方のないことだろう。と、自分に言い聞かせて握手をする。

 手を握った直後、ジルドルはぎょっとした顔をした。


 「な、なんだ……! お前、人間でもなければ……魔族でもない……いいや、魔族寄り……まさか、人間と魔族の間に生まれた者なのか……!」


 事前にトマスから説明を受けてなければ、手を握っていきなり失礼な物言いをしてくるジルドルの顔面に拳の一発でも入れているところだ。

 人間と魔族の混血、ジルドルの反応から考えてみると、かなり珍しい事例のようだ。メリットデメリットは置いといて、今の人でも魔族でもない中途半端な状態よりもずっと混血の肩書が良いように思えた。


 「……よく分かったな、隠していたんだが、俺は人間と魔族の混血なんだ」


 ジルドルから広がるように周囲の魔族達がざわつき、俺の嘘を真に受けたトマスが一番ショックを受けた顔をしていた。


 「な、なるほど……魔力の質からただ者ではないと思っていたが、人と魔族の混血種か……」


 「そうだ、俺は魔族でありながら人間みたいな見た目が嫌だから、こういう仮面で顔を隠しているんだ。……何だ、俺はおかしいのか?」


 いつだって自分達とは違う存在は差別の対象になる。この雰囲気から察するに、混血はそうした例の一つになるのかもしれない。もしも迫害を受けるようなら、さっさと出て行くつもりでいた。

 次にジルドルが右手を伸ばした時には、俺の肩をがっしりと掴んでいた。


 「馬鹿を言え、おかしい訳がないだろ。俺達魔族は人間とは違って、簡単に差別なんてするものか。……苦労したんだな。せっかく仲間を助けてくれたのに……すまないが、今はもてなすような雰囲気じゃないんだ……」


 「いや、謝らなくていい。……トマスにも聞いたが、仇である人間の血が混ざった俺を信用して大丈夫なのか」


 「俺達を襲った人間達とお前は違う、お前を産んだ人間だって憎むべき相手ではない。それにそれだけ強い魔力があって敵意があれば、村に来てすぐに良からぬことをしているはずだろ」


 ずっと閉鎖的だと思い込んでいた魔族達の思わぬ懐の大きさに、逆にこっちが面食らった。

 孤児院に居たは人間達の中に居たせいか、魔族は特殊の種族で人間達と壁を作って生きているのだと勘違いしていた。壁や差別どころか、人よりもずっと大らかな考え方をしているのだろう。

 話が一段落するまで待っていたらしいトマスが横から顔を出した。


 「無事に話は終わったなら、良かった。さあ、我が家に向かおう」


 悲しみに暮れる人達に部外者である俺が掛ける言葉もなく、ジルドルに言われるがままに彼の背中を追う。すると――。


 「――トマス!」


 「お父さん!」


 すぐにそれがトマスの家族であることが分かった。頭に額の辺りに角を一本生やした女性と、トマスの肌と同じ色をした少年が彼の元に走って来る。


 「二人とも! 心配かけた――うおぉ!?」


 体当たりのように胸に飛び込んできた二人を受け止めきれずによろけるトマスの姿に、思わず顔がほころんだ。

 あの時、俺が居なければトマスの家族が笑い合う時間は来ていないのだ。救ったなんていうのは、やはりおこがましく考えてしまうが、助けられて良かったと素直に思える光景だった。泣きじゃくる二人をトマスがなだめるのを、温かな気持ちで見守った。


                ※


 トマスの家に上がらせてもらうと、良い意味で期待を裏切られることとなった。

 人間を煮込むことができそうなぐらい大きなカマドもなければ、人骨が飾っていることもなく、真っ暗な部屋に蝋燭だけが照明代わりということもない。

 入ってすぐにリビングと思わしきテーブルと椅子があり、足元に転がっていた人型に角が生えた木製の玩具を踏みそうになり子供に注意され、床に落ちていた洗濯物を慌てて片付ける奥さんが居て、唯一魔力の流れを感じる天井の照明が優しい。

 親近感を感じさせる常識と相違ない普通の家庭と呼べた。


 「椅子に腰かけて待っていておくれ、すぐに食事を運んでくるから」


 トマスに笑顔で言われるがままに椅子に座る。

 さて、今度こそはネズミや虫の昆虫のスープやグロテスクな肉料理でも出て来るのかと思いきや、鶏肉らしき物が入ったスープとパンが出てきた。他にも料理を準備しているようで、漂ってくる香りは食欲をくすぐるものでしかなかった。

 魔族、人間、魔族、人間、一体彼らと俺達にどんな違いがあるのだろう。

 足元で玩具を自慢してくる子供も、鼻歌混じりに鍋を掻き混ぜる奥さんも、食器の用意をするトマスも、みんなはただのヒトだった。


 人間は愚かなのだろう、いや、厳密にはこの世界の人間が愚かな者が多いのかもしれない。

 こんなにもヒトとして普通な生活を送る魔族達を傷つけ、モルモットにし、平気で殺害する。

 もしも、漫画やアニメの世界のように、この異世界に来たことに意味があるなら、俺は何か巨悪と戦う必要があるのだろうか。

 この世界に巨悪、真なる悪が存在するとすれば、それは――人間、の方かもしれない――。

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