第2話 優しい声に救われて

 ――もうすぐ日が暮れます、今日はこの砂浜で一泊しましょう。


 そう提案したのはアメリアだった。

 いずれにしても、世界規模で迷子になっている自分としては、頼みの綱はアメリアしかいないので従うしかない。


 言われた通り焚火にする為にその辺に散らばった枝を拾い、分担して集めたアメリアの枝とまとめる。

 膝を曲げて座ったアメリアは、簡単に汲み上げた枝へと両手を向けた。


 「火の神よ精霊よ、一時の力をお貸しください。吐き出す大気は熱気へと、伸ばした掌は火を体現する役割へと昇華せん」


 元の世界での最後の光景で見た非現実的な光と似たような輝きがアメリアの手の先から零れる。

 すると、ボンッという何とも間抜けな音と煙と共に枝の山の上に火が灯る。


 「おお……」


 異世界に来た証拠のように見せつけられる超能力を前に、思わず感嘆の声が漏れる。


 「す、すいません……。人魚族なんで、火の魔法はこれぐらいしか使えないですよ……」


 「やっぱり、魔法なのか……」


 「魔法をご存知ないのですか?」


 どうやら、俺の漏らした声を呆れて出てきたものだと誤解したらしいアメリアに、正直に言うことにする。


 「全く知らないな、魔法はこの世界ではみんな使えるのか?」


 「全員が使えるかどうかは、私も分かりませんが……。少なくとも私達人魚族は、水の魔法に関してなら生まれた時から水の精霊の加護を受けているので一応は得意なんですよ」


 「興味深い話だな、人間はどうなんだ?」


 「人間達は大昔に大罪を犯したせいで、精霊の加護を失っています。その為、精霊の加護を得られない分、得手不得手が無くなり全般的な属性の魔法を使っていますね。今ではそれを生活や戦いの道具にも使っているようです。精霊の加護を失ってまで使う魔法なんて、もう魔法とは言いたくはないのですが……あ……すいません! 自分の種族を悪く言われるのは、良い気分はしないですよねっ」


 人魚族に水の精霊という言い方をしているところから察するに、他にもそうした種族が世界にはいるのだろう。ただ、今はそれを詳細に聞いてもこの世界に関して無知な俺からすれば有効活用することはできなさそうだ。


 「いや、そんなことはない、気にしないでくれ。……単刀直入に聞くけど、俺が異世界というか別の世界から来たって言ったら信じるか?」


 「異世界人!? ……納得です……だから、魔法を知らないのですね。……この世界に生まれた時に生命は大気に含まれる魔力を体内に多量に摂取します。そして、体内に摂取した魔力を体の芯に根付かせることで永久的に吸収し循環させるのです。それ故に、例え精霊の加護を失っても魔法を使用するのは不可能ではないのですよ」


 まるで、都会から田舎にやってきた現地人のような気軽さで世界を超えてきた話を聞き流し、それはされおきと魔法の解説を行うアメリア。


 「随分と簡単に受け入れるんだな、それともおかしなことを言っているから、頭のおかしな奴は刺激しないように、とりあえず優しくしてくれるのか?」


 「凄い卑屈な考え方ですね……。時々、何かの拍子に別世界から漂流物が流れ着いたり扉を開けてしまい異世界の迷い子がやってくることもあるんです。ですが、タスクさんみたいに自覚があって迷い込んでくる人は本当に珍しいですよ」


 「つまり、こっち側では説明ができないぐらいおかしな現象ではないてことか。……ていうことは……俺意外にも異世界から来た奴が……。――だったら、こっちの世界に女の子が来たて聞いたことはないか!? 探しているんだ! 教えてくれ!」


 「い、痛いですよ……タスクさん……」


 はっとすれば、無意識にアメリアの肩を乱暴に掴んでしまっていたようだ。みっともないことをしてしまい、俺はすぐさま手を離した。


 「悪い……。俺が、この世界に来たのは妹を追ってきたからなんだ」


 「こ、この世界にですか!? それは、凄いことですね……。私達の世界でも、異世界を超えようとした人達が居たみたいですが、誰一人として成功した人はいないんですよ? とんでもない偶然か奇跡が重なり魔力が相当高まっている時でもない限りは、自分の意思で世界の壁なんて超えられませんからね……」


 「偶然に奇跡、か……」


 その偶然や奇跡という曖昧な物を作り出す為に両親を殺害した妹に、忘れかけていた嫌悪を感じずにはいられない。


 「――それなら、私と一緒ですね」


 僅かに眉をひそめたアメリアが言う。

 お前も身内に両親を殺されたのか、なんて言いかけたのを口を閉ざして次の発言を待つ。


 「元々、人魚族は海の中で国や街を作り生活しています。本来なら王様の許可でもないと二本の足を生やして陸上を歩くことは許されないのです」


 最初は小さな炎だった焚火は気付けば温まるには十分な程に大きな炎となっていた。

 焚火の脇に両膝を出してアメリアは座り込めば、俺も真似をするようにして焚火を挟むように座り込んだ。


 「私の兄さんは、人魚族と人間の間で外交をする重要な役割の仕事をしていたのですが、ある重要な仕事の最中に姿を消してしまったのです」


 「誘拐されたのか?」


 「いえ、まだ誘拐された方が話は早かったのですが……事態はもっと深刻なのです。重要な役割を担っていた分、他の種族には漏れてはいけない情報を兄は持っていました。人魚族の機密を手土産に亡命でもされたらと懸念した私達の王様は兄さんへの暗殺命令を出しました。それでも……兄には何か理由があって逃亡したのではないかと私は考えています」


 「話が見えてきたよ。だからこそ、暗殺されるよりも先に兄を見つけて身の潔白を証明しようてことか?」


 頷いたアメリアの瞳には何一つとして迷いがない。その目はまさしく兄を信じているからこそ澄んだ眼差しを向けられるのだろう。

 ――羨ましい。

 一瞬でも考えてしまったが、俺は馬鹿げていると一蹴する。


 「あまり夢を見ない方がいい、前の日まで穏やかな空間を提供してくれた身内でさえも、次に会った時には殺意の対象になっているかもしれないぞ」


 「タスクさん……それって……」


 舌打ちして視線を逸らした俺にアメリアはそれ以上聞くことはなかった。


 「日が暮れる前に、魚でも捕まえて来ます」


 「……俺にも何か手伝えることはないか?」


 尻に着いた砂を払い落としたアメリアは小さく首を傾げて微笑する。


 「いいえ、人魚族は魚を捕まえるのが得意なんです。今晩は美味しい焼き魚を振る舞いますね!」


 アメリアの表情から労わるような感情が感じられ、俺は見えない優しい手に押されるように砂浜に横になる。


 「ありがとう、アメリア。大人しく自慢の焼き魚を楽しみにしておくよ」


 「ええ、そうしてください。調味料も持ってきているので、まずいとは言わせませんよー」


 砂の上だということもあり遠ざかる足音がよく響く。ひんやりとした砂の上に横になりながら、俺は自分の両目から涙が溢れ出していることに気付いた。


 両親の死も、妹の殺意も、異世界という現実も、全てが真実であるという事実が、俺の心を追い詰めていた。しかし、逃げられない。立ち向かうことが、俺の義務なのだと言い聞かせて目を閉じる。――アメリアが帰ってくるまでには涙が止まることを信じて、ただ耳触りの良い波の音を聞き続けた。

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