Epilogue

 あの空戦から1カ月。

 ユキは、チョイダット基地医務室の椅子いすに座っていた。


肋骨ろっこつ骨折も、内出血も完治しましたね。もうしばらくリハビリは必要ですが、再びパイロットとして任務にくことは可能です」


「ありがとうございます」


 ユキは医官に頭を下げる。

 医官は苦笑いだった。


「耐Gスーツ故障状態で格闘戦とは、無茶をなさったものですね……肋骨ろっこつが内臓に刺さらなかったのは、奇跡です」


「はい……」


「しかもびっくりしましたよ。折れているのに、骨が元の位置からほとんどずれていない。最初に骨の状況を確認したとき、ヒビが入っているだけかと思ったら、うまくかみ合わさっているだけで、完全に折れていた骨があって、びっくりしましたよ」


「そう……ですか」


 そういわれてもユキにはよくわからない。

 コンコン、とひかえめなノック。細く医務室の扉が開く。


「まあ、予後よごがいいのはいいことです」


 医官は言葉を切る。


「どうぞ」


「失礼します。犬養ユキ少尉の私物の回収に来ました」


 ドアから出てきたのはリッカだ。

 ユキの傷は入院治療が必要、と判断されていた。

 しかし、空戦で負傷者多数であり、空軍病院のベッドが足りなかったので、ユキは医務室で寝起きしていた。

 今日、晴れて退院というわけだ。


「あ、リッカ、ありがとう……自分一人でできるのに」


「ううん。ユキは頑張ったんだから、無理はさせられないよ。最新素材でできた、最新鋭機のテストパイロットに選ばれて、テストフライト中にビエンとの空戦に巻き込まれて色々壊れちゃったんだって?」


「……うん」


 ユキはうなずく。

 結局、チェレステは最重要機密のままだ。

 ユキがチョイダット基地に戻ってきたとき乗っていた青い戦闘機は、表向きには開発中の最新鋭機、と発表された。

 風に吹かれて消えたその様子から、上の発表を疑う者もいただろうが、表だってその正体を探ろうという者はいなかった。

 上が発表した情報は、命令と同じだ。

 それに、青色の戦闘機の正体を知ったところで、給料は増えないのだ。

 そんなあっさりとした態度が、ユキにはありがたかった。


「ユキ、ぬいぬいをローディングした新機体が届いたらしいから、それの確認行ってきたら? 荷物は、私が運んどくよ?」


「ありがと、リッカ。行ってくるね。医官さん、今までありがとうございました」


「はーい。リハビリ報告、わすれないでね」


「はい」


 ユキは椅子いすから立つ。医務室を出て、格納庫へ。

 新しい愛機はどこだろうか。

 整備員たちの会話が聞こえてくる。


「また振られたんですか班長」


貴様きさまちょっとそこに直れ!」


 いつかの整備班長と整備員のようだ。ユキが足を進めると、二人の姿が見えた。


「ラジャー? ぐふッ!」


 ちょうど、班長が整備員の下腹に拳を食らわしたところだった。

 彼の右拳は、吸い込まれるように整備員の鳩尾みぞおちに命中。

 倒れた整備員に対して、班長は流れるように綺麗な三角締めをめる。


「痛いっすよ! なんなんですか!」


「てめえ、俺が苦労していい雰囲気になった女の子を別の男とくっつけてるとかどういうことだ!」


「痛え! うわぁあああああああああああ!」


 絶叫。野太い悲鳴が格納庫に反響する。

 激痛が走っているのは間違いないのに、どこか整備員が恍惚こうこつとしているのは気のせいだろう。ユキはそう思うことにした。

 格納庫の奥から、2人のもとへ小さな影が駆け寄ってくる。

 紫色のサイドテールが揺れる。


痴話喧嘩ちわげんかはいい加減にしなよ? 今回は大目にみるけど、職務中の不純交遊は処分の対象だ。体罰と同じようにね?」


「し、司令?!」


 整備員を放り投げて班長は立ち上がり、敬礼。

 名残惜しそうに整備員も起き上がる。


「……次やったら、配置換え。片方ダライヘールに飛ばすよ。班長の腕は優秀だから、ボクは手放したくないから……パワハラ上司から解放するという意味も、君を安全な西の果てに行かせよう」


「それだけはご容赦ごようしゃください、司令! 目の保養ほようが!」


 悲鳴のような整備員の声。

 平和だ。なんだか嬉しくて、ユキは足を止める。

 彼女の肩に、そっと大きな手がえられた。


「ちょっと見ないうちに美人になったな、ユキ」


「ちょー! 隊長ー? さっきなんて言いましたー?」


 ユキは勢いよく振り返る。

 真っ赤になったバーグ少佐が立っていた。


「空耳だ、犬養少尉!」


「とか言いつつ耳まで真っ赤ー!」


 こつん、と軽い拳骨。

 ユキは抗議する。


「体罰はやめたんじゃないんですか!」


「俺個人としての抗議だ!」


「そんなんだからモテないんですよー!」


「モテなくたっていい。その代わり、隣にいてくれ、ユキ」


 ユキが真っ赤になる番だった。


〈もー、なんですかマスター? バーグ少佐に対してデレるとはうらやまけしからん……いえ! DV男になんて、マスターを渡してなるもんですか!〉


 ユキの後ろから、懐かしい合成音声がした。


「ぬいぬい? 撃墜されたはずじゃ……」


 幽霊に会ったかのような、バーグの震えた声。

 音声が流れてきたのは、新たなユキの乗機として割り当てられたガルーダだった。

 ふふん、と自慢げな鼻息の音声がその機体から流れる。


〈出撃前に基地のバックアップサーバーにアップロードされていたコピーです! 撃墜された出撃の時の私自身のデータは無いですけど、それは生還した機体のデータでおぎなえましたー! ぬいぬい、これからもマスターをバックアップしましゅ!〉


んだよね?」


〈かみまみた〉


 ぬいぬいだ。

 ユキは涙があふれてきた。

 機体は違う。でも、この話し方は、間違いなくぬいぬいだ。


「どんなカスタマイズをしているんだ、犬養」


〈味方制空権内、脅威度5%以下の場合一定確率で人間的な言い間違えを行うのは不知火ver.19の基本仕様ですー!〉


「夕雲工廠にクレーム電話を入れろ、犬養!」


「えー、それ、命令ですか?」


 バーグは口ごもる。


「命令……ではないな。お願いだ」


「んー、じゃあ……」


 ユキの中で、温かいものが広がっていく。

 ぬいぬいとバーグ少佐。格納庫にはいないけど、リッカも。

 ここには、心強い仲間がいる。大丈夫だよ、薄花桜。私はここで生きていける。

 ユキは涙をぬぐう。


〈マスター?〉


「犬養?」


「やめときます!」


 ユキはひまわりのように爽やかな笑顔で言い切る。


〈ですよねマスター!〉


「期待しちまったじゃねぇか!」


「ユキ、って呼んでくれたらきっと掛けました!」


「こいつー!」


 バーグはユキの頭を、わっしゃわっしゃと撫でた。


「今まで医務室だろう? AIの確認なんて飯のあとでいいんだ、飯のあとで! 食堂行くぞ! 回復祝いにカレーおごるぞ!」


「いっただっきまーす!」


〈行ってらっしゃい、マスター〉


 ぬいぬいに見送られ、2人は格納庫を出る。

 地上に出て、ユキは空を見上げた。

 天藍ティエンランだ、とユキは思う。

 晴れ渡った薄花桜うすはなさくらの空が、優しく2人を見守っていた。

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天藍エンゲージ! ー新人女子パイロット空戦記ー 相葉ミト @aonekoumiha

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