Sorty.60 リターン・トゥ・ベース

 さんさんと照る春の太陽。

 高山の雪のかんむりは半分雪解け水に消え、低い山々は青葉を今を盛りと繁らせている。

 ぽつほつと山に見える淡い桃色の点は、遅咲きの山桜だ。

 地上も綺麗きれいだ、とユキは思う。

 二機の戦闘機が、山の上をかすめる。

 若い葉を茂らせた枝が、轟音ごうおんと突風に激しく揺れる。

 灰色のやじりと、淡い空色のやじり

 二機は着陸体制へ。

 滑走路を周回しつつ、高度を下げていく。


「薄花桜、隊長機と同じスピードで減速して」


《わかった》


 教科書のような、完璧な減速に見えるだろう、とユキは肌の感覚から判断。

 ユキは周囲のモノとの距離を目測。隊長機、滑走路ともに適切な距離だ。

 普通の着陸なら、なんの問題もない。と考えたところで、ユキは気付いた。


「着陸も、前の機体と同じようにお願い。その方がやりやすい」


《どうする?》


 心底しんそこ不思議そうな薄花桜の声。

 やっぱりわかっていなかった。伝えてよかった。ユキはやり方を伝える。


「着陸の際、降着装置ランディングギアを下げるの。それっぽい感じに見せておいて」


《……この姿をとっているのは、他の形より楽とはいえ、少し手間がかかるのだが》


「そういうことじゃなくて、私の仲間を納得させるのがやりやすい、ということ。犬養ユキは青い戦闘機に乗ってやってきた、と説明する方が、違う星からやってきた知り合いに助けられた、と本当のことを言うより、人間は納得するの」


《わかった》


 バーグ機が着陸。続いて、薄花桜も滑走路上へ。

 着陸の衝撃はなかった。だが、着実に薄花桜は減速。

 キャノピ越しに流れる風景が線から点へと、日常の姿に戻る。

 目の前に、あの時より小さな教官機が居た。

 スピードブレーキを開くのを忘れたことを警告してくれたぬいぬいは、いない。

 そして私は——命の恩人、薄花桜といる。

 地上員の誘導に従い、ユキは薄花桜を駐機場へとめる。

 訓練通りに、機体にかけられたはしごを降りる。

 着地し、ユキは薄花桜を見上げる。

 大きさはガルーダと同じほど。

 だが、色が全く違う。

 春空のかけらのような、天藍ティエンランという呼び方がしっくりくる、明るく柔らかい、やや紫がかった青——薄花桜。


「ありがとう、薄花桜——あの時も、今も」


《どういたしまして。……大きくなったな、ユキ》


 薄花桜の言葉は、あまりにも普通だった。

 自分が命を助けた子供と久しぶりに再会した時に、普通の人間が使うような。

 だが、チェレステと人間は違う。


「また会う日まで……というより、もう会わない方が、お互いにとって、最上さいじょうかもしれないね、薄花桜」


 すっ、とユキは深呼吸。

「さようなら」


《さようなら、ユキ》


 じわり、と薄花桜の輪郭りんかくがぼやけた。

 確固たる固体のように見えていた青色の機体が、まるで水をつけた筆でなでた固形の水彩絵の具のように、空気へ溶け出していく。


「どういうことだ! 調べてやろうと思っていたのに!」


「整備班長! 危ないです!」


 ユキの後ろで整備員が半ばパニックになっている。

 人間の騒動など知らぬ、とばかりに薄花桜の姿は薄くなり、薄花桜の向こうに駐機しているバーグの機体が見えはじめた。

 すぐに、彼の機体どころか、機体の横に立つバーグの表情さえも、ユキの目にはっきりと映った。

 五分もかからず、風に吹き散らされる砂のように、薄花桜うすはなさくらはその姿を消した。

 あまりにもあっけない別れに、ユキは動けなかった。

 バーグ少佐が、空いた駐機場所を通ってユキに歩み寄る。


「犬養、もういいだろう」


「何がですか?」


「空軍にいる理由だ。アレに礼を言うために空を飛んでいたんだろう。夢は叶ったじゃないか」


 ぶっきらぼうな中に、寂しさと優しさがひとつまみずつ。

 そんな声だった。

 不器用な人だ。だから私に体罰を行なってしまったのだろう、とユキはその真っ直ぐさにじんときた。

 そう捉え直すと、なんだか、バーグ少佐をからかいたくなってくる。


「やめてほしいんですか?」


 ユキはわざとらしく小首をかしげてみせた。

 なぜかバーグは真っ赤に。


「いや。自発的に飛ばないやつはいらないだけだ」


「私が空を飛ぶ理由、他にちゃんとありますから」


「ほう。聞かせてみろ」


 眼鏡越しの灰色の瞳と、空色の瞳が交錯する。

 薄花桜うすはなさくらとの再会によって、かえって増えた謎。

 宇宙人とチェレステの関係。

 人間の虐殺によってチェレステを呼び出そうと目論む、謎の男女。

 空戦が過酷かこくなのも、いうまでもない。

 ぬいぬいを失ったとき、ユキは半身を奪われたかのようにつらかった。

 でも。それ以上に。

 ユキは口を開く。


「隊長の僚機りょうきとして、一緒にこの街と空を守りたいんです。隊長と、肩を並べて」


「大胆な事を言うな」


 バーグはユキのヘルメットを取り、フライトグローブごとユキの頭に手を置く。

 そのまま、ユキはくしゃりと撫でられる。


「うわ! なんですか急に!」


「そういうことは、あと十回修羅場しゅらばをくぐってから言え!」


「殺す気ですか!」


「その程度で死ぬ奴じゃない。期待してるぞ、ユキ」


 ユキの抗議と同時に、頭から手が離される。

 ユキが固まっているうちに、バーグはスタスタと救命装具室に向かって歩き出していた。


「ちょっ……バーグ少佐?! さっき、犬養少尉じゃなくて、ユキって呼びましたよね? どういう意味なんですか少佐ー!」


「ちんたらするな、さっさとデブリーフィング行くぞ、犬養少尉」


 普段通りのぶっきらぼうな口調。

 だがそれがユキには嬉しい。

 この先どうなるのかなど、ユキにはわからない。

 それでも、自分が生きるべき場所へと戻ってこれた、とユキは確信した。


「待ってください教官ー!」


 ユキは駆け出す。

 次の瞬間。

 彼女の脇腹を、鋭い痛みが走った。


「痛ッー!」


 ユキは地面に倒れ込みかける。


「大丈夫か、ユキ!」


 バーグはユキに駆け寄り、彼女を受け止める。

 緊張の糸が切れたらしく、ユキはうまく話せない。


「多分……アバラ……やりました……加速Gで……薄花桜に、人間の生命維持装置は……搭載されて……なかったので」


「おい! しっかりしろ! 救護班はまだか!」


 薄れる意識の中、バーグ少佐の声だけが、ユキにははっきりと聞こえていた。

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