Sorty.59 空色の僚機

 敵機は自分を追っている。

 ユキは敵機の傾きからそう判断。バーグにハンドシグナルを返す。

 まず、ユキは自分を右手で指差す。

 次に、右目の前で右手で人差し指と親指でマルを作り、OKサインをしてみせる。

 続いて、バーグを右手で指差し、握り拳をつくり、人差し指と親指だけを立てる。

 バーグはうなずく。

 通じていてほしいとユキは思う。通じていなかったなら、その時はその時だ。

 ハンドサインなんて滅多めったに使わない。多分、訓練学校では別のサインだったような気もする。

 大丈夫だろうかとユキが心配するうちにも、敵機は迫ってくる。


《どうする? やるか?》


 薄花桜の上ずった声。薄花桜も生き物だ、とユキは思う。

 人間が強さと速さを追求し、科学のすいきわめて作り上げた、空飛ぶ破壊の思想とでもいうべき戦闘機とは全く違う。

 それでいて、戦闘機の理想に近い能力を持っている。

 謎の男女がチェレステを欲しがる理由も、ユキにはわかってきた。


「敵機は、隊長に任せる。放っておいて」


《なぜ?》


 だが、敵兵とはいえ人間を、薄花桜に殺させるのを許可するのはまずい。ユキはそう思う。

 もっと言うと、隊長に送ったハンドサインに反することになる。


「隊長……バーグ少佐に対して、敵意がないことを示さないと。薄花桜、私のいう通りに飛んで」


《……わかった。だが、敵パイロットは……もらって、いいか?》


「私がガルーダに乗っていたら撃ち殺してたと思うし……お好きにどうぞ」


 ユキはあきらめた。

 


《ありがとう。どうすればいい?》


「加速して」


 わずかな加速Gを感じる。バーグの乗っているガルーダが小さくなる。

 バーグ機と離れた途端、ユキの背後に敵機が食らいついた。


《まずいんじゃないのか?》


「敵機の前に出るのも、策のうち! あえて下手に回避して、撃てそうだと相手に思わせて」


《わかった》


 薄花桜を機銃弾がかすめる。

 そのたび、ユキは修正ルートを指示。

 まるで薄花桜は普通の戦闘機で、下手なパイロットが幸運にも弾丸を避け続けているかのように装う。

 同時に、ユキはガルーダの位置を把握し続ける。

 本来なら敵機の位置をデータリンクでバーグ少佐に教えたいところだが、今は無理だ。

 薄花桜が空色なのもまずい。

 自分がどこにいるのか知らせられないのだ。

 だから、ユキはバーグの動きに合わせ、敵機を釣り出す。

 ユキがやろうとしているのは、2機編隊で1機を追い詰める戦法だ。

 片方が敵の位置を目玉として監視しつつおとり役をするアイボール目玉、もう片方は敵を仕留めるシューターとして動く戦法の変形である。

 普通この戦法を行う際、おとりになるのは経験豊富な隊長機だ。

 敵は先ほどまで、バーグ少佐が隊長機、僚機りょうきはヴィラール少佐の編隊と戦っていた。

 彼らからすると、しつこい僚機りょうきをオーバーシュートさせ、手強てごわい隊長機を2機がかりで倒そうとしたところ、薄花桜が乱入してきた、というところだろう、とユキは考える。

 敵二番機が薄花桜を狙ったのは、隊長機をやられた報復だろう。

 そしてその機体は、明らかに下手な回避をしている。

 あえて速度を落としたり、高度を下げるべきところで上昇したり、まるで酔っ払いだ。

 隊長をとしたのもラッキーヒットで、自分の機銃をけ続けているのも、きっとただの運だ。

 敵は、そう思うだろう。


「薄花桜、上昇して。あと、5秒減速したあと、1秒で元の速さに」


《わかった……だが、大丈夫なのか、ユキ?》


「もうすぐ勝負はつくよ、薄花桜。気にしすぎて敵パイロットをもらい損ねても、知らないからね!」


 敵の意識を、上へと向けるために。

 ユキのこめかみを脂汗が伝う。

 耐Gスーツが作動しない中飛んだせいか、全身が痛い。

 それでも。

 敵機は薄花桜が減速した瞬間を見逃さない。

 薄花桜の機体後部に、オレンジ色の線が吸い込まれていく。

 敵パイロットは、薄花桜が爆発する様子がないことを疑問に思う暇もなかっただろう。

 なぜなら、彼を下方から激しい衝撃が突き上げた。

 続いて、彼を刃のように鋭い風圧が襲ったかもしれないが、闇に溶けた彼の意識がソレをどう知覚したのか、知ることは永遠にできなくなっていた。

 薄花桜の下で、敵機が爆発四散する。

 その破片を避けて、ガルーダが上昇してきた。

 バーグ少佐だ。

 ユキと別れたあと、バーグは急降下して急加速していた。

 そして、敵機の死角である、後方下部に位置どりし、機銃で敵機を仕留めたのだ。


「薄花桜、大丈夫。全部終わったから」


《よかった》


 薄花桜は水平飛行に。バーグ機が薄花桜の横に並ぶ。

 バーグ少佐からハンドサイン。ラジオをつけろ、とのこと。

 ユキはラジオのスイッチを入れる。


〈犬養、めちゃくちゃだ! この大馬鹿! 死ぬ気か!〉


「なんですかその言い方はー!」


 聞き慣れた罵詈雑言ばりぞうごん

 それでも、なぜか安心感と熱いものがこみあげてきて、ユキは泣けてきた。


〈さっさと帰るぞ、ついてこい〉


 我に続け、とのハンドサイン。

 ユキもハンドサインで了解、と返す。


〈こちらアドミラル。スノーホワイトを誘導中。指示を請う……〉


 ラジオから切れ切れに管制塔とバーグの通信が聞こえる。


《ついていけば、ユキの仲間がいる場所へ行けるのか?》


「そうだよ、薄花桜」


《よかった》


 薄花桜の声には、どこか寂しさが混じっていた。

 ユキとて、自分が仲間の元に戻ることが薄花桜との別れを意味することはわかっている。

 ずっと会いたかった存在と別れると考えると、ユキの視界もなんだかにじんできた。

 春霞はるがすみのせい。きっと。

 ユキはフライトグローブで目元をこすり、明瞭めいりょうな視界を取り戻す。

 見張りはパイロットの基本だ。

 ユキは涙をこらえ、チョイダット基地へ向かうルートを薄花桜に指示する。


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