Sorty.57 コンタクト・トゥ・フレンズ

 薄花桜は高度を下げていく。

 上昇した時とは逆回りに、ゆったりと円を描いて下降する。


「のんびりしすぎじゃない?」


《人間の体はもろいのだろう?》


 ユキの不満に対し、薄花桜はさらりと返す。


「そりゃ、そうです、はい」


 そう言われるとぐうの音も出ない。ユキは口を閉じる。

 さりげない気遣い。喜んだ方がいいのだろう、きっと。

 何も考えずに急降下され、加速Gで結果的に薄花桜に殺されるより、ずっとマシだ。

 そう、理屈では理解しているのだ。

 初陣の後、吐いてしまった私に水をくれた、バーグ少佐の気遣いの方が、私には嬉しかった。ユキはそう思う。

 薄花桜の気遣いは、薄花桜がユキを雑に扱ったなら、ユキの命はない、といった生死に関わるものだ。

 気遣ってもらわなければ死ぬ。張り詰めた緊張の上に、薄花桜とユキの関係はあるのだ。


《ユキの仲間がいる場所を教えてほしい。そこまで送り届ける》


「ありがとう。下に見える街を目指して」


 薄花桜は素直にユキに従う。

 まだ、大丈夫だ。ユキはほっとした。

 薄花桜とユキは、単純に力の差がありすぎる。気楽な関係になりようがないのだ。

 エースパイロットをあっさりと食らう捕食者と、助けを求めるしかなかったユキ。

 古代の荒ぶる神と人間の関係のようなものだ。

 薄花桜と会えて嬉しいとかいった、浮ついた感情よりも先に、殺されずに済んだ安心感の方が心に居座ってしまう。

 殺されずに済んだといえば。

 ユキの脳裏のうりひらめくものがあった。


「ねえ、薄花桜」


《なんだ?》


「私が最初に出撃したとき、どうして私をかばったの?」


――”総体”に告ぐ。ウスハナサクラ、出撃の必要なしと判断。


――虐殺を放置することは出来ない。出撃せよ。


――否。これは戦闘である。戦闘には干渉しないというのが我らの大綱である。


――ウスハナサクラの判断に任せる。


――感謝する。


 ”総体”は、食事のチャンスを逃すな、と言っていたのだ。

 それを薄花桜が拒否した。

 最初に聞いたときは意味が分からなかったものだ。


――薄花桜うすはなさくら、さん?


 ユキにわかったのは、薄花桜という名前だけだった。

 命の恩人なのか。だとしたらお礼を言いたい。

 少しの沈黙があった。

 薄花桜からすれば、答えづらい事この上なかっただろう。

 仲間からはユキを食えと言われ、ユキはまったくその意図に気づいていない。


――相手の動力は重力に依存する。健闘を祈る――ユキ。


 いわばあれは、苦し紛れのごまかしだったのかもしれない。

 結果的に、ユキにとって有用な助言だっただけで。


《ああ、小規模なのに虐殺だ、と”総体”が騒いだあの時か》


「うん。虐殺を放置することは出来ない。出撃せよ、って言ってた」


《ユキを生かしてしまったのは、私だからな》


「え?」


《最後まで見守る》


「ありがとう」


 気づけば摩天楼まてんろうはすぐ近くだ。


《これからどうする?》


「とりあえず、味方と合流したいかな」


《味方か。人間が多くいる空域に行く》


 薄花桜は山側へ。

 山の起伏は電波を乱反射する。

 だから、戦闘機が姿を隠すのにはもってこいなのだ。

 地形に沿って敵機が侵入するのを警戒し、司令が布陣したのだろう。

 突然、薄花桜がブレイク。ユキはもみくちゃにされる。

 ぶつけたわけではないが、脇腹に鈍い痛み。声が漏れる。


「うわっ!」


《撃ってきた。攻撃するか否か?》


「待って。まずは相手を視認したい」


 ユキは振り返る。

 敵機のシルエットは三角形。

 海洋都市同盟空軍の戦闘機だ。

 薄花桜は減速。

 敵機がユキの横をすり抜けていく。

 垂直尾翼に灰色の濃淡のうたんで描かれた、空対地ミサイルを鷲掴わしづかみにした猛禽もうきんの絵。

 第5戦闘飛行隊のロゴマークだ。

 機体に書かれた数字も、見覚えがある。

 ユキは叫ぶ。


「撃ったらダメ! あれは、リッカよ!」


《友軍か》


「そのとおり」


《だが、当方に対する攻撃の意図がある》


 むっとした薄花桜うすはなさくらの声。

 薄花桜うすはなさくらは若い声のバカに比べると人間のことを知っているようだが、人間の常識を共有しているわけではない、とユキは痛感。


「そりゃ、IFF敵味方識別装置に応答しない不明飛行物体見たら撃つよ! しかも戦闘機の形してるし!」


《そうか……聞き忘れていたが、セントウキとは、何か?》


「は?」


《人間が共生している飛行生物のことか?》


「はあ?」


 ユキが呆れている間にも、リッカは機銃を撃ち込んでくる。


「とにかく回避して! 考えるから!」


 どうしたらいい。

 リッカは、好戦的ではない方だが、戦闘機パイロットだ。

 空で生きるための冷徹れいてつさは充分持っている。

 敵意がないことを示すには、隙を見せた上で仲間だ、と伝えなければ。


「薄花桜、リッカの前に出て! バンクを振って!」


《了解》


 あえてリッカの前に飛び出し、機体を大きく左右に傾け、翼を振る。バンク、味方機であるというサインだ。

 何かに気づいたらしく、リッカが降着装置ランディングギアを下ろす。

 リッカは着陸灯を点灯。何度か点滅させる。

 モールス信号だ。ユキはリッカの言葉を読み上げる。


「えーと……キ・キ・ノ・シ・ヨ・ゾ・ク・ト・カ・イ・キ・ユ・ウ・ヲ・シ・ラ・セ・ヨ」


《所属と階級か。どうやって知らせる?》


「通信ができればいいんだけど……」


《つまり、音声を伝えればいいんだな?》


「どうするの?」


《相手の機体を振動させる》


「機体だったら、ヘルメットをつけているから聞こえないよ?」


《なら、ヘルメットを振動させる》


「音量は私の喋ってるぐらいの大きさでね。あまりうるさすぎると、鼓膜が破れるから」


《コマク?》


「コミュニケーション不能になるってことよ」


《分かった》


 薄花桜はしばらく沈黙。


《伝わってはいるようだが、どうか分からない》


「は?」


《あのノイズに似たものは、感知できた》


「人間の言葉、もしかしてわからないの?」


《……そのようだ》


 リッカはユキと併走へいそう

 バイザーを上げている。

 ユキもバイザーを上げ、ヘルメットを指差す。

 そこには、雪の結晶の上に桜の花が、明るく柔らかい、やや紫がかった青で桜が描いてある。

 リッカが作ってくれたステッカーだ。

 手信号で、リッカがユキを友軍と確認した、とのサイン。ユキも手信号で了解、と返す。

 だが、手信号はやりづらい。

 情報伝達が、無線よりもずっと遅いのだ。

 大きく腕を動かした時、何かがユキの脇腹に当たった。

 とっさに手をやる。

 ユキの指にラジオが触れる。

 うっかりラジオの電源がはいってしまって、バーグ少佐にどやされたものだ、とユキは懐かしく思い出す。

 このラジオは、航空無線を受信できる。だからあのときは、ノイズが入って――。

 そうだ。受信ならこっちで。

 ユキはリッカにラジオを見せる。

 リッカはそれを見て、ユキに帯域を伝える。


〈ユキ?! 聞こえる?! 本当にまずい!〉


 ユキが周波数を合わせた途端、ラジオから悲鳴のようなリッカの声。


「どうしたのリッカ?」


〈バーグ少佐が敵に食いつかれた!〉

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