Sorty.55 薄花桜の舞う世界

 ユキは頭にきた。

 あの声、戦闘機パイロット、と言ったのにわけがわからない、ですって?

 そっちの方がわけわかんないよ!


「もしかして、馬鹿なの?」


《馬鹿はそっちでしょ?》


 ユキと若い声の口喧嘩くちげんかに、薄花桜うすはなさくらが割り込む。


《“総体”が聞いていないのを良いことに好き勝手を……吹き散らしてやってもいいのだが》


《すいませんでした騎士気取りのロリコンさん》


《後で覚えていろ》


《でもロリコンは事実でしょ? 繧ク繝・繧ヲ繝翫リとか、私より若いじゃん? しかもしゃべるのも、下手? もしかして……》


《口をつつしめ!》


 また、よくわからない言葉が会話に混じる。

 本の文字が、シミがついて読めなくなっていた時のようなもどかしさをユキは感じた。

 文脈から考えて時間か何かを表す言葉ではないかとユキは当たりをつける。

 だが、どうやって発音したらいいのかも、何を基準にして時間を計っているのかも見当がつかない。

 だが、若い声がとてつもなくアホで口が悪いのはユキにもはっきりわかる。


「……聞こえてますよ」


《みゃっ?!》


 まるで突然現れたネズミに驚いて飛び上がったネコのような声。


《わ、若いから飛び方わかんないだけだって! すぐ飛べるようになるって! ちゃんと栄養とったら! わ、私の分、いる?》


《そういうところだぞ、名無し》


 薄花桜のあきれ声。

 ユキには見せない、くだけた調子だった。


《でも全然食べてる様子がないんですけど? 保護者として欠食児童状態にするのって、ナシじゃないんですか?》


《黙れ馬鹿》


 食べる、と若い声が言っているのは、言葉通りなのだろう。ユキはぞっとした。

 薄花桜がユキに聞かせたがらないはずだ。

 だが、若い声に全くそういった配慮が感じられないということは。

 ユキは薄花桜にたずねる。


「――私、チェレステなんですか」


《ある意味では、そうかもしれない》


 薄花桜はユキを否定しなかった。


「人間じゃないから、薄花桜と話せるの?」


《私たちの生きる場所を見せよう、ユキ。その上で考えたらいい》


 薄花桜はゆるやかに円を描きながら上昇。

 螺旋らせん階段を登るように、静かに高度を上げていく。


「どこへ行く気なの?」


《少し寄り道する。私たちはニューポートが虐殺されるのを防いだ。ユキ、お礼だと思ってついてきて》


 薄花桜が事態をコントロールしているのだ、とユキにはわかる。


「で、どうする気なんですか」


 薄花桜は海上から陸方面へと進む。


《命の安全は保証する》


「拒否のしよう、ないじゃん」


《……やはり、ユキは人間だ》


 ユキはあきらめ半分のぼやきだったが、薄花桜は真剣だった。


「え?」


《感知もできなかったか》


「つまり、私がチェレステなら、逃げ出せる隙は見せた、ということ?」


 そうだ、と薄花桜は肯定こうてい


《多少我々が混じってはいる。けれど、ユキは人間としての性質の方が強い。だとしても、仲間として扱うことに変わりはない》


「もしかして、殺されかけていた私を助けたのって……」


《最初会った時、私はユキのことを、”総体”からはぐれた仲間だと思っていた。だから助けた》


 眼下にニューポート市が広がる。

 東西南北に走る大通りによって、碁盤のように区切られた都市。

 一つ一つのマス目に、墓石のように立ち並ぶ摩天楼まてんろう

 朝日を反射して東の窓ガラスを輝かせる一方で、西に長く影を落としている。

 欠けたところのない、完全な人間の街だ。

 雄大ゆうだいさと、ミニチュアのような愛らしさが同時にある風景だった。

 ふと、小指の先ほどの大きさをした児童養護施設が目に入る。

 その瞬間、ユキの胸から熱いものがこみ上げてきた。

 守り抜けたのだ。いい思い出ばかりの場所ではなかったけれど。

 私は、この街で育った人間だ。ユキはそう実感する。

 だが、薄花桜はそうではないのだ。


「人間は、助けないの?」


《……名無しの言動で察して欲しい》


「かなりカチンときたよ、薄花桜」


 薄花桜は海上へ。

 すでに敵の編隊は影も形も無い。

 薄花桜の仲間がやっつけた、というより食い尽くしたのだろう。

 人食いの化け物を呼び出してまで街を守るのは正しいのか、という気分にユキはなってきた。

 だが、それは街を守れて余裕が出てきたから現れる思考だ、ということもユキにはわかっていた。

 アリスからニューポート空爆計画を伝えられた時は、神でも悪魔でもいいから助けてくれ、とユキは祈ったのだ。

 その願いは叶えられた。


《すまない。”総体”は堅苦かたくるしいが、大体の仲間はああいうバカばかりだ。しかも、指示がなければ、見境なしの》


「見境なし……って」


《察してほしい。あいつらが、私たちが密航を余儀なくされた原因の半分だ》


「半分、ってもう半分は?」


《私とあいつ……今は”総体”と呼ばれているやつのせいだ。私は名前を捨てたつもりだったが、ユキにもらってしまった》


「なにをしたの」


《$BCO$rGg$&$b$N(Bに協力した》


 薄花桜が発したのは、もはや言葉ですらなかった。

 名状し難い冒涜的ぼうとくてきな何かだった。

 人間どころか地球上に存在する生物のどれにも似たものはなく、生理的な嫌悪感以外の感想を持てない。

 これは世界にあるべきものではない、とユキは反射的に思うが、あのようなものも存在するのが世界だ、ということも納得できてしまう。


「なにあの化け物……」


《この惑星の人間のような生態をしていたもの、だ。$BCO$rGg$&$b$N(B同士で戦闘をしているのも似ている》


 ユキは言葉を失う。


「じゃあ、もともと地球に薄花桜はいなかったの?」


《ああ。$BCO$rGg$&$b$N(Bの宇宙船で密航してきた。馬鹿が暴れすぎたし、私たちは私たち同士で戦わないから自分の兵士ばかりが喰われて減っていった。彼らは$BCO$rGg$&$b$N(B統合政府を作り、そして、宇宙逃亡計画を立てて、実行した》


「でも、彼らは失敗したよね。薄花桜は来てしまっている」


《目的地も間違えたようだ。私の生存に問題はないが、元いた場所より少し寒い。と、この辺りだ》


 気づけば、かなりの高度に達していた。

 ちぎれた羽毛のような淡い雲に、巨大な積乱雲。

 名画家にも描けるとは思えない、繊細かつダイナミックな質感が、ありありと伝わってくる。


綺麗きれい……」


 ユキは景色に見とれる。

 それは、魂さえも奪われてしまいそうな美しい世界だった。

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