Sorty.54 薄花桜、エンゲージ

 巨大な飛行機の首が落ちる。

 あまりに非現実的な光景だった。

 位置エネルギーが速度エネルギーに変換され、敵早期警戒機の機首は、高度と反比例して加速していく。

 乗組員からすれば絶望が急接近してきているようなものだ。

 だがユキが上空から見た限り、パラシュートなどが展開された様子はない。

 海は人間の悲劇など気にもせず、きらきら波頭を美しく見せびらかしている。

 脱出のしようもないだろう、とユキは思う。


《案外、あっけなかったな》


 薄花桜の声。ユキは現実に引き戻される。


「飛行中に機首全てが分断されるなんて、人間には想定外だよ、薄花桜」


《人間が使う飛行体は、人間同士の戦闘ではしぶといものだが、それは想定内の戦い方をするからか?》


「うん。被弾ひだんによる防火や消火設備は組み込まれてるよ。だって、軍用機に弾丸を撃ち込むのは人間だから」


《同種だから……そうか》


 薄花桜の口調には、苦いものが混じっていた。

 虐殺ぎゃくさつをした者を殺すくらいだ。同種同士の争いを嫌っていてもおかしくはない。

 もしかすると、薄花桜に殺されるのはビエンの早期警戒機ではなく、自分の方だったのかも。

 ユキははっとした。

 だが、今それを口にして薄花桜の気が変わってしまったら、ニューポート空爆を阻止そしできない。

 ユキは内心の動揺を押し殺す。


「多分。相手のことがわかるから、対策を取れる。そういうこと」


《対策……か。飛行機の機首を両断できるような兵器を、まだ人間は作っていないのだな》


「そう。飛行機の機首が折れるのは、重大な事故。そう考えられてる。事故だから、起こらないように作るんだよ」


 金色のいだ海に、戦艦の主砲弾が着水したかのような巨大な水柱。

 早期警戒機の機首が落下したのだ。

 制御を失った早期警戒機本体も、じわりじわりと降下。

 機首よりも大きくはあるが、低い水飛沫を上げて海面下に姿を消す。

 ほぼ同時に、謎の女の金切り声が聞こえてくる。


《早期警戒機からの通信途絶つうしんとぜつ!》


《どうした? 敵襲か?!》


《直前まで敵影なし、突然です!》


《墜落したのか撃墜されたのか、どちらだ?!?! 確認を急げ!》


 男の慌てた声に対し、薄花桜が文句をつける。


《またノイズか。うっとうしい日だ》


 やはり、薄花桜はあの通信の意味を分かっていない。ユキは確信した。

 伝えておかないとまずい気がする。

 自分たちが狙われていると、薄花桜に伝えなければ、何かまずいことが起きてしまう。


「ノイズじゃないよ。あれは、人間の声。チェレステを使った通信をしている、っていってた」


《チェレステ?》


「薄花桜たちのこと。いま話していたあいつらは、薄花桜たちを、自分たちの私利私欲のために使おうとしている」


《妙な名前だ。奴らの好きにさせる気はない。……誰かに使われるなど、悲劇を繰り返すだけだ》


「悲劇?」


 なんのことだろうか。ユキは聞き返したが、薄花桜の答えはなかった。


《話している暇はない。指示を、ユキ》


「えっと……」


 次の行動。どうしよう。

 こんなとき、ぬいぬいならどうしただろう、とユキは考える。

 さまざまな可能性を超高速で演算し、最適な選択肢を教えてくれた相棒。

 そして、バーグ少佐をからかうくらいの、お調子者。

 ぬいぬいが、バーグ少佐を怒らせてから、1ヶ月も経っていないことにユキは気付いた。


——背後の敵機の警告もしないポンコツAIの話を聞いても役に立たんだろう!


——えー、私はバーグ少佐の挙動をしっかり見てましたからね? バーグ少佐なら90%以上の確率で撃墜に成功するという計算結果だったから警告しなかったんですー!


 相手の、挙動を見る。

 ぬいぬいなら、そうするはずだ。ユキは五感を研ぎ澄ます。

 謎の男と女の会話は続いている。


《偵察機に……ダメです、偵察機は海洋都市同盟空軍と接敵、空戦中!》


《ええい、暇な機体に繋げ!》


《了解。データリンクを使わせます》


 声が途切れる。

 相手の目的は、情報を得ることだ。会話内容からユキにはそれがわかる。

 彼らの所属はなにもわからない。だが、ニューポートを狙う以上、ニューポートを守る海洋都市同盟の敵だ。

 軍人の仕事には、敵の情報収集の妨害もふくまれる。

 なら、それをやるだけだ。

 ユキは薄花桜に告げる。


「情報を与えたくない。全機破壊して」


《了解。”総体”に告ぐ。薄花桜より援護要請。私だけでは手が回らない。数機分の貸与を願う》


《了解》


 空間が歪む。

 空中にレンズができたかのように、光が屈折している。

 次の瞬間、敵機数機がほぼ同時に墜落。

 炎や煙はユキには視認できなかった。落下する機体を目で追うが、緊急脱出のパラシュートも見えない。

 ユキが視線を上げると、敵機がいた場所に、空色の機体が悠々と飛んでいた。


《やれ》


 薄花桜の号令と共に、空色の戦闘機が一斉に敵編隊へ襲いかかる。

 無数の金属の雨の中をくぐり抜けていくような人間同士の空戦とは全く違う戦いが繰り広げられる。

 巧みに敵機の間をすり抜け、フレンドリーファイアも誘発させる。


《食べ放題キタコレ!》


「……食べ放題?」


 場違いなほど明るい声を、ユキはおうむ返しした。


《……気にしないで》


「うん」


 あまりにも静かな地獄絵図を見ていられず、ユキは視線をそらす。

 細くたなびく雲が紫色に染まっていた。

 美しい朝焼けの空だ。

 街は燃えていない。黒煙の一つもない。

 ユキが薄花桜に願ったからだ。


「なんだか、不公平な気もする」


《なぜ?》


「薄花桜には、助けられてばっかりだよ……感謝はしてる」


 空では自分の腕しか信じるものがない。

 助けられてばかりではパイロットの名がすたる。

 ユキの悔しさを感じ取ったのか、薄花桜の話し方は優しかった。


《私は私の利害に基づいて行動しているだけだ。気に病まないで、ユキ》


《そーそー。私たちは私たちのやりたいようにやるだけ。薄花桜ー! いらないの?》


 薄花桜より若い声。あの明るい声の主だ。


《黙れ名無し》


《カッコつけちゃってさ。繧ク繝・繧ヲ繝翫リも経ったのに飛べないぶきっちょに同情してるの?》


 若い声は明らかにぶすくれている。

 だが、そんなことはユキにはどうでもよかった。

 聞き取れない単語があったことよりも。

 明らかに、自分を指してあの若い声は、飛べないぶきっちょなどと言わなかったか?


「はあ? なにそれ戦闘機パイロットに何言ってんの? 馬鹿なの?!?!」


《えっ……何言ってんの? わけわかんない》


 ユキの抗議に返ってきたのは、斜め上の回答だった。

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