Sorty.52 情報収集終了、出撃

 海に放り込みたい、というユキの言葉に対して、アリスは皮肉っぽく笑う。


「そりゃ、当たり前よね。ウチだって、僚機りょうきを殺したヤツの仲間といたくもないもの」


「でも、私は好き好んで誰かを殺したくもない。さらに言うと、アリスはニューポート空爆作戦についての貴重な情報源。何も引き出せないまま殺すのはまずい、と思ってるの」


「軍人らしい発想ね、白雪姫サマ」


「仕える国は違えど、一般市民を守って人を殺す、と誓って、その対価で食べているのはお互い様じゃないの?」


 ユキは立ち上がり、アリスを見下ろす。

 まだ太陽は見えない。だが、ずいぶん明るくなってきた。

 黒髪に、濃い色のフライトスーツ 。淡い色の砂浜にひざをついたアリスに、ユキの影が落ちる。

 ユキの白髪が風にあおられ、視界に入ってくる。ユキは前髪を手で払う。

 アリスと私は国家も、髪の色も違う。

 だが、影のようにどこか自分に似ているところがある、とユキは思う。


「それは……そうね」


 アリスが顔を上げる。

 赤と青の視線が合わさる。

 ゆがんだ合わせ鏡に映った自分。

 ユキにとって、アリスはそういう風に見えはじめていた。

 親を失ったユキと、親を失った方が幸せだったアリス。

 軍人になるしかなかったアリスと、軍人になることを選べたユキ。

 そして、戦闘機パイロットである二人。


「あなたと私は会っていない」


 ユキはアリスに言い放つ。

 反転と類似。

 決定的な違いは、自分は薄花桜うすはなさくらに助けてもらっている、ということだ。


「はい?」


 アリスの理解不能、という表情。

 アリスの話を聞いているうちに、アリスがバーグの同僚を殺そうと思ってはいなかった、とユキにはわかってきた。

 二人が出会うことになったのは、誰か一人の望み、というわけではない、とユキは考える。

 愛機を墜とされ、この浜辺に二人がたどり着くことになった原因は、さかのぼれば、スラムに生まれたことと、無差別テロ被害だ。

 どちらも、個人ではどうにもならなかったことだ。

 だが、二人とも国家を背負って人を殺した経験がある以上、同情も許しも必要ない。

 自分にも、アリスにも。

 ユキはただ交渉を続ける。


「ニューポート市空爆部隊は、不幸にも大藍鬿雀たいらんきじゃくに襲われて全滅。これは自然災害のようなものだから、。やってくれるよね、薄花桜? 可能なら、バンクを振って」


 ただ、敵の死体を積み上げていくことしかできないのだ。

 いつの日か、自分が敵に殺される日まで。


《無論》


 心強い返答。

 薄花桜うすはなさくらはアリスにも見えるよう、大きくゆっくりと機体を左右に振ってみせる。

 薄花桜の行動を見て、アリスは真顔に。

 目に光が戻ってくる。


「なるほど……大体話が見えてきた」


 幸いなことに、アリスに対して、命と引き換えに情報を渡せ、と今のユキは言うことができる。


「その頃あなたは、緊急脱出した先で、海洋都市同盟軍の救命セットを見つけ、その中からイカダと無線機を見つけて、逃げることに成功する」


 ユキは言葉を切る。

 そして、ニヤリと笑う。


「空爆部隊の飛行ルートを教えるなら、私の救命セットがどこにあるか教える。救難用ビーコンが発動しているからそれは破壊して。そして、あなたは、海洋都市同盟軍には協力していない。そういうシナリオよ」


「……飲むわ。あんたの条件」


 アリスは息を吸い込む。


「爆撃機はなし。戦闘攻撃機によるストライクパッケージ。おそらく、ニューポートの東の海上を低空飛行中」


「方位や高度をもっと詳しく言いなさい! こうなったら!」


「高度はおそらく教則通り、目標から百海里以内の距離なら、500〜1000フィートの低高度を飛行中のはず。ウチなら、見かけ上の日の出地点と、ニューポートを一直線で結んだ線上を飛ぶ」


「推測ばかりじゃないの」


 ユキが不満をあらわにすると、アリスはため息をついた。


「整備員と、ニューポート空爆担当部隊パイロットの雑談を聞いただけ。ウチはこれ以上知らない」


「部隊が違う、ということ?」


「そりゃそうよ。ウチは一兵卒でしかないから、作戦の全体なんて知りゃしないわ」


「信用する」


 ユキはアリスに不時着地点を伝える。

 話がひと段落ついた時点で、薄花桜が近づいてきた。


《交渉終了か、ユキ》


 アリスがまた小さく悲鳴を上げる。だが、気にしている暇はない。


「ええ。念のため聞くけど、虐殺を止めるためにあなたは来たのでしょう?」


《基本的に、虐殺を行ったものなら殺してよい、と大綱に定めてある》


 薄花桜うすはなさくらの返答はさながら法律の条文だった。


「敵がこれから虐殺をしようと町にやってきているの。それを防いで欲しいんだけど、できる?」


《可能だ。ユキを助けた時と同じである》


 確かにそうだった。あのテロリストは、ユキにまだ危害を加えていなかった。

 ユキははっとした。

――ユキ。耳をふさいで伏せなさい。


 直後、ヒュンと風を切る鋭い音と、果物がテーブルから落ちた時のような、湿ったどさりという音。

 ユキが振り返ろうとすると、また声がした。


――見ない方がいい。耳を押さえたままこっちにおいで。

 つまり、薄花桜うすはなさくらによるニューポート空爆部隊の迎撃は、可能なのだ。


「やってくれるの?」


《つまり破壊すればよいか》


「……その通りだよ」


《私にそれらは識別不能だ。随伴と指示を請う。飛行可能か?》


「無理。飛べない」


《乗れ、ユキ》


「分かった!」


 キャノピが跳ね上がる。高度がさらに下がる。

 ユキは近くの岩場によじ登り、薄花桜のコックピットの中に足を踏み入れる。

 背後からアリスの悲鳴と足音。


「正気なの? スノーホワイト?! 今までに大藍鬿雀たいらんきじゃくに乗った知的生命体なんて、一つもないのに?!」


「昔乗せてもらったよ、私は!」


 追いすがるアリスを振り返ることもなく、ユキはコックピットに完全に体を滑り込ませる。

 無音でキャノピが降りてくる。

 椅子のような段差がある以外、計器も何もない場所だった。


《行こう、ユキ》


 無音で薄花桜は発進。揺れさえない。

 朝日で金色に染まった海の上を、ユキを乗せた天藍てんらんやじりが獲物に向かって加速していく。

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